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モータードライブ  作者: 藤村ひろと
イズモと女王
8/8

どこかで会ったことあるです?


パーキングに知り合いは誰もいなかった。


みな、それぞれ自宅に戻ったのだろう。今夜は平日、明日は仕事だという人間の方が多いのだ。


パーキングのいつもの場所へ、女王が機体を滑り込ませる。


続いてその横に白いモータサイクル、ガンテツ、イズモと続き、四台はパーキングの路肩へきれいに並んで停まった。


女王がヘルメットを脱ぎ、ガンテツやイズモが話しかけようとする前に、同じくヘルメットを脱いだ白いモータサイクルの女が。



「サクラコさまぁ!」



叫びながらモータサイクルを飛び降りると、たたたっと駆け出して女王ーーーサクラコに抱き着いた。


呆気にとられたイズモとガンテツが目を見開く中、一瞬だけ驚いたあと苦笑を浮かべたサクラコが彼女の髪をなでながら、あやすようにやさしい声をかける。



「やっぱりヒナちゃんだったのね。それどうしたの?」


「新しい子を買ったです」


「相変わらずヒナちゃんは大きいのが好きね」


「パワーは正義ですの」



きゃらきゃらと笑い合う女の子ふたりに圧倒されながら、イズモは小声でガンテツに話しかける。



「女王の知り合いみたいですね。つーか女王ってサクラコって名前だったんだ」


「あれ、イズモ知らなかったのか。俺はなんかの時に聞いた覚えがあるな。忘れてたけど」


「ガンテツさん知ってたんですか。じゃ、あの『ヒナちゃん』って誰です?」


「それは俺も知らん。が、少なくともここで見たことはないな」



男ふたりがボソボソ喋っていると、サクラコがこっちを見て微笑んだ。



「この子はヒナノちゃん。私の……う~んと、そう、妹分みたいな感じ」


「男はヒナの名前、覚えなくていいです。っていうかサクラコさまに近づかないで」


「ヒナちゃん。ふたりは私の友達なのよ。仲良くして?」


「……仕方ないです。ヒナはヒナノって言うです。サクラコさまの妹ですの」



唇を尖らせてそう言うヒナノにガンテツは苦笑いを浮かべ、イズモは驚いて目を見張った。そんな二人に向かってぷうと頬を膨らませると、ヒナノは腕を組んで二人をにらむ。



「人に名乗らせて、自分が名乗らないとは礼儀がなってないです」


「ああ、すまんすまん。俺はガンテツだ。女王とはここで会うだけの関係だから安心してくれ」


「イズモだよ。ヒナノちゃん速いね」


「サクラコさまの妹として、当然のことです」



サクラコと比べるとつつましい胸を張ったヒナノは、イズモを見て小首をかしげた。その動きと共にふわりと揺れるショートカットの黒髪。その下からのぞく黒目がちの大きな瞳にイズモはドキリとする。


妙なしゃべり方とキツい物言いを気にしなければ、間違いなく美少女と言っていいだろう。


と、彼女は小首をかしげたまま、イズモへ声をかけてきた。



「どこかで会ったことあるです?」


「え? い、いや、ないと思うよ。ヒナちゃんみたいに可愛い子だったら覚えてるはずだ」


「へえ、イズモってヒナちゃんみたいなのがタイプだったんだ?」


「ヒナ、男は嫌いですの。サクラコさまがタイプです」



サクラコにからかわれ、ヒナノにぴしゃりと言い切られ、イズモは苦笑するしかない。そんなイズモをフォローするかのように、ガンテツが話題を変えて話しかけた。



「それにしても、ヒナちゃん速かったな。なんでだ? ここは走ったことないだろう?」


「サクラコさまの動画をチェックしてますの。あのギャップは判りませんでしたけど」


「いやいや、動画イメトレだけであの速さって、天才すぎじゃねぇ?」


「普通です。ヒナは西サーキットの150キロワット級レコードホルダーなのです」



皇都にあるふたつのサーキットのうち、テクニカルな東サーキットと比べて高速レイアウトな西サーキット。ヒナノはそこの150キロワット(200馬力超)級のレコードホルダー、つまり「最速」だと言う。



「なるほど、それでか」



イズモとガンテツが()もありなんと同時にうなずき、それを見てサクラコがふわりと笑う。



「サーキットじゃ、私もヒナちゃんには適わないよ」


「嘘です。サクラコさまはサーキットほとんど走らないし、走っても流してるです」


「怖いのよねサーキットって。路面の限界が高いから、慣れると帝都高速に上がれなくなりそうで」


「じゃあ、もうここはやめて、サーキット一本にするです」



キラキラした表情で誘うヒナノに、サクラコは肩をすくめて首を横に振った。



「いやよ、ここが私の居場所だもん。私は速く走りたいんじゃなくて、ここに居たいの」



サクラコの言葉にイズモとガンテツがそろってニヤリと笑う。えー! と唇を尖らせるヒナノには決してわからないし伝わらないだろう感覚を、三人は共有していた。


彼らはライダーではなく、どこまでも夜棲(やすみ)なのだった。




◇◆◇




「ヒナちゃんってプロなの?」


「いいえ。アマチュアですの」


「女の子で一番デカいクラスの最速なんて話題には充分だし、プロの誘いあるだろう?」


「お話は来てますけど、なる気はないです。卒業したらモータサイクルは降りますの」


「そんな、もったいない」



イズモが思わずつぶやくと、ヒナノは肩をすくめる。


その仕草はおそらくサクラコの真似なのだが、長身でボディラインの起伏に富んだサクラコより頭ふたつは低い小柄なヒナノがやると、あまり(サマ)にならない。


と、ヒナノはイズモの顔を(いぶか)しげに見つめる。しばらくそのまま見つめられ、居心地の悪くなったイズモが何かを言おうと口を開こうとした矢先。


彼女は目を大きく見開き、ひゅうっと息を飲んだ。


大きなリアクションに何事かとイズモが驚いていると、ヒナノの瞳からスッと光が消える。


それからプイッと顔を(そむ)けると、サクラコの腕に自分の腕を絡めた。



(なんだ? 怒ったのか? 何に?)



しばらく考えて答えの出なかったイズモは結局、何も言えずに肩をすくめた。と、ちょっと悪くなった空気を払拭(ふっしょく)する様にサクラコがヒナノへ話しかける。



「で、ヒナちゃん。今日はなんで帝都高速に上がってきたの?」


「もちろん、サクラコさまに新しい子を見せにきたです」


「ちゃんと慣らし(運転)したの?」


「西サーキットで全開走行してきたです」



モータサイクル各部の動きをなじませるため、新車のうちはゆっくり走りながら徐々にアタリを付けてゆくのだが、サーキットで全開で行うそれを慣らしというのだろうか?


ふたりの会話を聞きながらイズモは首をひねった。


そうしてしばらく話をしたあと、サクラコが今日の走りを〆る。



「今日は楽しかったわ。ガンテツ、イズモ、ありがとね。ヒナちゃんもお疲れ様」


「おう、気持ちよく走れたわ。んじゃ女王、イズモ、またここで」


「うっす、ガンテツさんお疲れっす! サ、サクラコさんもお道を」



どさくさに紛れてサクラコの名前を呼んだイズモを、ヒナノが半眼でにらみつつ「図々しいです」と突っ込み、イズモはわたわたと慌てる。


ガンテツとサクラコが大きく笑い声をあげた。


と。



「サクラコさま、このあとちょっとよろしいです?」


「私はいいけどヒナちゃん学校でしょ、大丈夫?」


「ほんの少しだけ。相談したいことがあるです」


「ん、わかった。それじゃついて来て。ちょっと行きたかったお店があるの」


「はいです!」



元気に返事したヒナノは、白いモータサイクルにまたがってヘルメットをかぶった。起動フェイズが開始され、グローブを装着している間に発進準備が整う。


サクラコがヒナノを見ると、彼女は元気よくうなずいた。


ガンテツとイズモに片手をあげてあいさつし、サクラコはヒナノを引き連れてパーキングを出てゆく。その後ろ姿を見送ってから、イズモとガンテツは顔を見合わせて苦笑した。



「えらい元気な娘っ子だったな。しかし、腕は大したものだ」


「ええ、速いし面白い子でしたね。元気すぎてちょっと苦手ですけど」


「ははは、イズモはやっぱり女王の方がいいか」


「や、や、やめてくださいよ! ガンテツさんこそ、アカネちゃんとどうなってるんです?」


「うるせえな、放っとけ。つーかもう午前三時だぞ、俺らも帰ろう」



ふたりはゲラゲラ笑ってじゃれあいながら、それぞれのモータサイクルにまたがった。




◇◆◇




週末の宵の口と言う、珍しい時間帯。


イズモは帝都高速のパーキングにいた。普段は平日ばかりなので、週末に上がるのはガンテツと一緒にアカネと出会ったあの時以来だろうか。


もっとも今日はガンテツがいない。


いや、今日に限らず、あれからガンテツが週末に上がることはなくなった。もちろん週末はアカネと過ごしているからだろう。


本人はごにょごにょとごまかすが、ほぼ間違いないとイズモは思っている。


もっとも、だからどうということもなく、むしろアカネとガンテツはお似合いだと思っているくらいだ。


本人を前にしたら全力でからかうのだが。



「う~ん、いくら何でも早く来すぎたか」



約束の時間には、まだ一時間以上ある。


時刻も午後の7時と、イズモが上がる時間ではない。なのになぜと言えばそれも当然で、今日は走りに来たのではなく、サクラコと待ち合わせをしているのだった。


ヒナノと走った数日後。


深夜の高速で会ったサクラコは、話があるから今度の週末に会えないかと聞いてきた。驚きつつもふたつ返事で快諾したイズモは、そのあと夜棲の連中にいいだけ嫉妬され、いじめられたのである。



「ま、そう言う系の話じゃないんだろうな」



と自分に言い聞かせながらも、心の奥底では少し期待している。


サクラコのことは「いいなぁ」とは思っているし、単純に尊敬もしている。


同時に自分とは違う世界の人間なのかなぁと、漠然とした不安も持っている。この場合のそれは、男として彼女の隣に立つのがふさわしいかどうか、などと言う話ではなく……


純粋に「身分」と「家」の問題だ。


アカネが貴族のミツヒコと上手くいかなかったように、そして同じ衆民のガンテツとは上手くいっているように、この世界での「身分」は、やはり恋愛での大きな壁になる。ミツヒコの場合は身分以前に人格の問題が大きかったとも言えるが、それはさておき。


イズモは貴族、それも皇家(こうけ)を除いたこの国の最高位、華家(かけ)の人間である。


でありながら深夜の高速に生きる場所を見出しているが、もちろんそれは例外中の例外。


普通の貴族の口から「モータサイクルが趣味」と言う言葉が出れば、それは当然クローズドサーキット、もしくはツーリングだ。


公道を非合法な速度で非合法に駆ける、などと言うのは間違っても「貴族の趣味」にはならない。


夜な夜な高速を走るサクラコは(確認こそしていないものの)恐らく衆民だろう。であるなら彼女との恋愛関係は望めない、少なくとも自分が望むような「まともな恋愛関係」を持つことは叶わない。


天然皮革のツナギやフルチタンの軽量カウルなど、とんでもない高級品を持つところから見て、彼女はおそらくかなり裕福な家の娘だ。


イズモが貴族でも士家(しけ)ならば、あるいは恋愛から結婚まで届く可能性もある。


しかし華家となれば流石にそれも不可能だ。なぜなら……とそこまで考えて、イズモは。



(妄想が暴走してる。恋愛(そんな)話じゃ無い可能性の方が高いんだぞ)



自分でツッコミを入れつつ苦笑する。が、それでもまたしばらくすると、同じような妄想の迷路に迷い込むのを繰り返した。



「ま、こればっかりは、どうしようもないよなぁ……」



ボヤきつつため息をつくと、ちょうどパーキングにサクラコのモータサイクルが入ってきた。


いつもの天然皮革ツナギではなく、ジーンズに白い合成レザージャケットのラフな格好だ。迷った挙句に同じくジーンズと黒の合成レザーのジャケットを着てきたイズモは、ホッと安堵する。


モータサイクルに乗ったまま片手をあげて挨拶してきたサクラコは、ヘルメットを取らずにバイザーだけ上げ「ついて来て」と短く言う。


イズモはうなずいてヘルメットをかぶった。


モータサイクルのそばに立ったままだったので、起動フェイズはすでに終わっている。


準備ができたのを確認したサクラコは、そのままパーキングを出て走り出した。後ろについたイズモは、いつもよりずっとゆっくり走るサクラコの背中を見つめて口元が緩む。



「サクラコさん、ラフな格好もいいなぁ」



鼻の下が伸びっぱなしだ。


チタン&ブラスカラーのモータサイクルは、イズモを引き連れて高速をしばらく走る。週末の夜の皇都はどこも混んでいるので、郊外へ出るのだろう。


やがて高速を降りると、サクラコは海浜公園の駐車場へ入った。



「マジ? え? マジで?」



イズモのテンションが上がるのも無理はない。週末の海浜公園は有名なデートスポットなのだ。


公園の駐車場でモータサイクルを降りたサクラコは「少し歩くよ」と笑った。


その笑顔に心臓を跳ねさせながら、なんとか平静を取り繕って後ろへ続く。


ほどなく海の見えるベンチに来たところで、サクラコは「ここでいいか」とつぶやくとベンチへ座った。隣に座る距離をどうしようかと悩むイズモ。



「ほれ、座んなよ」



サクラコにぽんぽんとベンチを叩かれ急いで座った位置は、当初の予定よりだいぶん近い。心臓の鼓動はさらにリズムを速め、ほほが火照ってくるのが自分でもわかる。


緊張しながら座ったイズモの顔をのぞき込んで、サクラコが口を開いた。



「で早速なんだけど、話って言うのはさ」



どきん、どきん、どきん。



「ちょっと聞きづらいんだけど……」



どくどくどくどく………



「イズモって、彼女いるの?」


(イズモの脳内にファンファーレが鳴り、全身の毛穴が開いたっ! ってやつだ!)



下らない事を考えながら、イズモは慌てて答えた。



「いません! まるっきし居ませんよ!」


「そうなんだ……よかった」


「ええ、そうですねっ!」


「ふふふ、テキトーに返事しないの!」



サクラコの笑顔に、イズモはほとんど溶けかかっている。



「好きな人は?」


「え、あ、いるようないないような……じゃなくて、います! 目の前に!」



テンパったイズモは、思わず大声で叫んでしまった。ウジウジはっきりしないより、ここは男らしく言い切るべきだと、瞬時に思ったのだ。


一方、言われたサクラコは、一瞬、目を見開いて硬直する。



「え?」


「え?」


「あ、ご、ごめん……いや、そう言うことじゃなくて」


「へ?」



イキナリの告白に驚いたサクラコは、ゆっくりと首を横へ振った。




◇◆◇




長い長い、イズモにとってはとてつもなく長い沈黙のあと。



「まいったなこりゃ。えーと、ごめんイズモ。とりあえず話すから聞いて」


「は、はい」



どうやら勝手が違うと気づいたイズモから、急速に血の気が引いてゆく。


ものすごくバツの悪い顔をしているサクラコを見れば、自分が「フライングして暴走した」のは、もはや疑いようもない。


どんよりと全身が重くなるのを感じながら、イズモはなんとか表情を作った。



「えっとね、こないだ会ったヒナちゃん覚えてるでしょ? ヒナノちゃん」


「はあ、ええまあ」


「あの子は学生なんだけど、来年、卒業するのね」


「ああ、なんかモータサイクルを降りるとかなんとか」



まさかあの子が俺に惚れた? いや、今まさに早まって失敗したばっかで、先走るのはやめろ俺。軽く錯乱状態(パニック)な内心を隠し、なんとか普通に受け答えしようと頑張るイズモ。自然と口数が減る。



「卒業のあとね、あの子、結婚するんだって」


「はあ」


「通ってる学校って言うのも、いわゆるお嬢様学校ってやつでね」


「ああ、なるほど」



つまり彼女は貴族のお嬢様と言うわけかとイズモは納得した。貴族の子女ならば、卒業と同時に結婚と言うのも特に珍しい話ではない。



「で、その結婚の相手なんだけど……」


「はあ」


「……あれ? おかしいな。聞いてない?」


「は? 何がです?」



サクラコは首をかしげながら、何事か考えこむ。


こんな仕草も可愛いなぁ……ああ、でもフられたんだよな、俺……と軽く落ち込みながら答えを待っていると、サクラコは意を決したように表情を引き締めた。



「たぶん近いうちに話が来ると思うけど……」



サクラコの瞳に吸い込まれていたイズモに、超ド級の爆弾が落ちる。



「その相手って、あなたよイズモ」


「はあっ!?」


「ヒナちゃん、あなたに『会ったことがないか?』って聞いてたでしょう? そのあと喋ってるうちに思い出したんだって。結婚相手である華家のお坊っちゃまの顔写真を」


「い、いや、俺まったく知りませんけど?」



慌てるイズモの様子に、サクラコは肩をすくめながら「そうみたいね」とため息をついた。



 

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