ドリンクを買ってもらおうか
パーキングに入ると、休憩施設からもっとも遠い地点へ。
ドリンクの販売機が並んだ場所で、モータサイクルを停める。
休憩施設の入り口にある、防犯カメラを避けるためだ。
すでに見知った顔が、何人か集まっている。ほとんどが、ここで知り合った連中だ。友人や仲間と言うよりは、共犯者と言った方がいいだろうか。
夜に棲むもの、夜棲と呼ばれる者たちである。
夜棲は、「休」や「病」に通じる、いわば蔑称である。深夜、狂った速度で走る彼らを、報道機関が皮肉って呼んだのが最初だ。もちろん、本人たちはひとつも気にしていない。
アカネが二度目にガンテツと会った時、横にいた細身の男、ガンテツにイズモと呼ばれていた男がモータサイクルから降りる。彼はちょっと驚いた表情を見せつつ、集まってる者たちに声を掛けた。
「よう、今日はやけに多いな? もう10人ちかく集まってるじゃん」
「あ、イズモくん! いや、それがさぁ、なんか様子がヘンなんだよ」
「おまえの様子が変なのは、いつものコトじゃね?」
「ちょ、ひどいなぁ。そーじゃなくて、さっき休憩所のトコでさ……」
男の話を聞くうちに、イズモの表情が曇ってゆく。
「そら確かにヘンだな。その女って、誰かの知ってるやつ?」
「あ、俺、知ってるよ。なんか今週になって、毎日来てた女だ」
「へぇ、ナニモノなんだろ? 皇安(皇都安全警邏)かな?」
「月曜から毎日だって? まてよ、最近そんな話を聞いた気がする」
思い当たる節があるという男が、携帯電話を取り出した。彼が話を聞いたと言う友人に連絡を取ると、幸い繋がったようだ。しばらく話したあと、電話を切った表情が険しくなっている。
「ガンテツさん、今日、上がるかな?」
「そういや、今週はまだ見てないな。今日あたり来るんじゃね?」
「イズモくんって、ガンテツさんに連絡ついたっけ?」
「ああ、携帯電話番号は分かるけど、なんで?」
電話の男は険しい表情で、つぶやくように言った。
「その女、ガンテツさんの知り合いらしいんだよ」
「はぁ? その誘拐されたって女が?」
「詳しくは分からないけど、ガンテツさんを探してるって」
「へぇ、それで毎日きてたのか。イズモくん、ガンテツさんに連絡……」
みながそんな風に話し込んでいるうち、イズモはすでに携帯をとりだしていた。
夜棲たちが集まって来るたび、さっきのやり取りが伝えられた。
いつもなら、走るなり休憩するなり、それぞれ好きに行動する。しかし今夜は、ガンテツの知り合いが誘拐されたと聞いて、みな動かない。
別に仲間でも、徒党を組む集団でもない。
だが、彼らには彼らのつながりがあり、それは大切にされる。ここにいるのは全員、法規にそむく言わば犯罪者だ。ひとりのドジで、一斉に検挙されるなんてこともある。大げさに言えば運命共同体と考えていいだろう。
だからこそ身分や家柄、そのほかのナニモノにも左右されない。
彼らは「走ること」ただそれだけを愛し、この時間と空間を共有する。
それが彼らのつながりであり、絆なのだ。
「俺たちの場所で、ふざけたコトはさせない」
シンプルに言ってしまえば、そういうことである。
もちろん、「俺は関係ない」と、そっぽを向くのも自由だ。無関係だと距離を置いたって、それに文句を言う者はいない。好きなヤツ、気に入ってるヤツの、力になるか、やめとくか。
単に、それだけのコトだ。
「連絡が付かない」とイズモが携帯を仕舞った、ちょうどその時。
電磁モータを低くうならせて、モータサイクルが入ってきた。
乗り手の大柄な体躯をみて、みながホッと胸をなでおろす。
「よかった、ガンテツさんが来た」
車列に愛機を滑り込ませたガンテツは、大勢が集まっているのに驚く。
「なんだ? 今日は何かの祭りか、イズモ?」
「ガンテツさん、ちっと厄介なことが起こったみたいです」
「ん? 誰か事故るか、とっ捕まるかしたのか?」
ならば動かなくてはと、ガンテツは眉をひそめた。
イズモは、最初に確認したいことを、ズバっと切り出す。
「こないだの女の人、ガンテツさんの何なんです?」
「がはは、おめ、やめろつったろ。あの女は別に……」
からかわれてるのかと笑いかけて、イズモの真剣さに言葉を呑む。
イズモはガンテツに、誘拐らしい一件の詳細を語り始めた。途中途中で、目撃した若者達の証言が入る。中でも重要だったのが、ひとりが携帯で撮った写真だった。
彼は「珍しい車種だから」と、例のモビルの写真を撮っていた。すると、その運転者が件の誘拐劇を演じたので、その現場を写真に撮ったのである。写真には男二人に連れてゆかれるアカネの姿が映っていた。
「こらぁ、間違いない。あの子だ」
写真に写ったアカネの姿を見るなり、ガンテツはうなり声を上げた。
「で、その子ってガンテツさんと、どんな関係なんです?」
「どんなも、こんなも、なんでもねぇよ」
ガンテツは肩をすくめながら、彼女のといきさつを話す。たった二回、それも偶然会っただけ。交わした言葉もごくわずかでしかない。それを聞いたイズモは、肩をすくめて呆れたように言った。
「なんだ、まるっきし他人じゃないですか」
「まあ、そう言っちまえば、そうなんだが……」
言葉を切って考えていたガンテツは、顔を上げるとにやりと笑った。
「だが、そんなことは関係ねぇだろ?」
「ですね。ココでこんなことされて、黙ってるわけには行きませんね」
ガンテツの返事に、イズモは心から嬉しそうに笑った。
そうなのだ。ガンテツさんってのは、こういう男なのだ。だからこそ俺はこの人が好きで、この人のために動きたいと思うのだ。イズモは笑顔を引っ込めると、皆の視線を意識しながら言葉を放った。
「で、ガンテツさん。どうするか、決めてるんですか?」
「わからん。イズモ、どうすればいい? おまえのプランに従うよ」
くだらないプライドや見栄など、ガンテツは全く持たない。自分の出来ること、出来ないことを知っている。そして、出来ないなら躊躇せず誰かを頼る。それをごく自然にするから、ガンテツの周りには人が集まるのだ。
力でもカリスマでもなく、その「空気」に魅かれて。
「まずは警邏に通報し、確認してみます。動くのはそれからです」
言うが早いか警邏に連絡を入れたイズモは、その場を離れてゆく。もしかしたら皆の知らないツテを使って、裏から話を聞くのかもしれない。それをどうこう言う男は、ここにはひとりもいなかった。
誰にでも、人に見せない姿がある。
あの人には見せても、この人には見せない、それは八方美人とは違う。初見の女性にエロ話をしたり、子供に裏の話をしないのと一緒だ。極端な話、その話を知ることが相手の迷惑になる場合だってあるのだ。
相手に斟酌するのは、礼儀の範疇である。
電話を切ったイズモが、暗い表情でこちらへ戻ってきた。
「思ったよりヤバいかもしれません。いや、誘拐自体ヤバい話ですが」
「どうしたんだ? 警邏も、何もつかめてないのか?」
焦った顔で聞くガンテツに、イズモは首を振った。
「つかめるつかめないじゃなくて、まるっきり動いてません」
「なんだと? 防犯カメラに写っていたんだろう?」
「写ってない、そんな事実はないそうです。で、ちょっとツテを頼りまして」
その情報によると、どうやら上の方から「通達」があったと言うのである。赤いモビルに関して、知らぬ存ぜぬノータッチでいろとのお達しが。話を聞いた全員が、思わず息を呑んだ。
「そんな話って、実際にあるのかよ!」
誰かの言葉に、場の空気が重くなる。
外圧に屈した警邏や防犯が、事件に対して傍観を決め込む。ブックデータのお話ならよくあるが、現実に自分の生きる世界の話だ。みなの心に官憲への疑心が芽生えたとしても、仕方ない話である。
「イズモ! 何か手はないか?」
ガンテツの言葉に、イズモは大きくうなずいた。
「リョウジとゲン。ふたりはそれぞれ環状の内と外を回って、このふざけたモビルを見つけてくれ」
「わかった。確認用にするからモビルの写真を携帯に転送してくれ」
「見つけたら追わずに、その場で連絡だ。行き先がわかりそうなら、それも」
「了解! リョウジ、出るぞ!」
モータサイクルにまたがった二人は、あっという間に走り去ってゆく。
「それから、ガンテツさん! 道路皇団の友人がいましたね?」
「おう、今日は仕事してると思うが?」
「ツナギをつけてください。今日動ける人を、紹介してもらうんでもいい」
「わかった、任せろ!」
ガンテツは胸を叩いて、携帯を取り出した。
そこでようやく、ほっと息を吐き出したイズモは、皆に向かって肩をすくめる。
全員の視線が自分に集まったところで、おもむろに。
「他のみんなは、ちょっと小銭を出してくれ」
首をかしげながら財布を出す面々に、イズモは晴れ晴れと叫んだ。
「じゃ、とりあえず、販売機でドリンクを買ってもらおうか」