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モータードライブ  作者: 藤村ひろと
アカネとガンテツ
4/8

ドリンクを買ってもらおうか

 


パーキングに入ると、休憩施設からもっとも遠い地点へ。


ドリンクの販売機が並んだ場所で、モータサイクルを停める。


休憩施設の入り口にある、防犯カメラを避けるためだ。


すでに見知った顔が、何人か集まっている。ほとんどが、ここで知り合った連中だ。友人や仲間と言うよりは、()()()と言った方がいいだろうか。


夜に()むもの、夜棲やすみと呼ばれる者たちである。


 


夜棲は、「やすみ」や「やすみ」に通じる、いわば蔑称(べっしょう)である。深夜、狂った速度で走る彼らを、報道機関が皮肉って呼んだのが最初だ。もちろん、本人たちはひとつも気にしていない。


アカネが二度目にガンテツと会った時、横にいた細身の男、ガンテツにイズモと呼ばれていた男がモータサイクルから降りる。彼はちょっと驚いた表情を見せつつ、集まってる者たちに声を掛けた。



「よう、今日はやけに多いな? もう10人ちかく集まってるじゃん」


「あ、イズモくん! いや、それがさぁ、なんか様子がヘンなんだよ」


「おまえの様子が変なのは、いつものコトじゃね?」


「ちょ、ひどいなぁ。そーじゃなくて、さっき休憩所のトコでさ……」



男の話を聞くうちに、イズモの表情が曇ってゆく。



「そら確かにヘンだな。その女って、誰かの知ってるやつ?」


「あ、俺、知ってるよ。なんか今週になって、毎日来てた女だ」


「へぇ、ナニモノなんだろ? 皇安(こうあん)(皇都安全警邏(けいら))かな?」


「月曜から毎日だって? まてよ、最近そんな話を聞いた気がする」


 

思い当たる節があるという男が、携帯電話を取り出した。彼が話を聞いたと言う友人に連絡を取ると、幸い繋がったようだ。しばらく話したあと、電話を切った表情がけわしくなっている。



「ガンテツさん、今日、上がるかな?」


「そういや、今週はまだ見てないな。今日あたり来るんじゃね?」


「イズモくんって、ガンテツさんに連絡(ツナギ)ついたっけ?」


「ああ、携帯電話番号(ケーバン)は分かるけど、なんで?」



電話の男は険しい表情で、つぶやくように言った。



「その女、ガンテツさんの知り合いらしいんだよ」


「はぁ? その誘拐されたって女が?」


「詳しくは分からないけど、ガンテツさんを探してるって」


「へぇ、それで毎日きてたのか。イズモくん、ガンテツさんに連絡……」



みながそんな風に話し込んでいるうち、イズモはすでに携帯をとりだしていた。





夜棲たちが集まって来るたび、さっきのやり取りが伝えられた。


いつもなら、走るなり休憩するなり、それぞれ好きに行動する。しかし今夜は、ガンテツの知り合いが誘拐されたと聞いて、みな動かない。


別に仲間でも、徒党を組む集団でもない。


だが、彼らには彼らのつながりがあり、それは大切にされる。ここにいるのは全員、法規にそむく言わば犯罪者だ。ひとりのドジで、一斉に検挙されるなんてこともある。大げさに言えば運命共同体と考えていいだろう。


だからこそ身分や家柄、そのほかのナニモノにも左右されない。


彼らは「走ること」ただそれだけを愛し、この時間と空間を共有する。


それが彼らのつながりであり、きずななのだ。



「俺たちの場所で、ふざけたコトはさせない」



シンプルに言ってしまえば、そういうことである。


もちろん、「俺は関係ない」と、そっぽを向くのも自由だ。無関係だと距離を置いたって、それに文句を言う者はいない。好きなヤツ、気に入ってるヤツの、力になるか、やめとくか。


単に、それだけのコトだ。



「連絡が付かない」とイズモが携帯を仕舞った、ちょうどその時。


電磁モータを低くうならせて、モータサイクルが入ってきた。


乗り手の大柄な体躯をみて、みながホッと胸をなでおろす。



「よかった、ガンテツさんが来た」



車列に愛機を滑り込ませたガンテツは、大勢が集まっているのに驚く。



「なんだ? 今日は何かの祭りか、イズモ?」


「ガンテツさん、ちっと厄介なことが起こったみたいです」


「ん? 誰か事故るか、とっ捕まるかしたのか?」



ならば動かなくてはと、ガンテツは眉をひそめた。


イズモは、最初に確認したいことを、ズバっと切り出す。



「こないだの女の人、ガンテツさんの何なんです?」


「がはは、おめ、やめろつったろ。あの女は別に……」



からかわれてるのかと笑いかけて、イズモの真剣さに言葉を呑む。


イズモはガンテツに、誘拐らしい一件の詳細を語り始めた。途中途中で、目撃した若者達の証言が入る。中でも重要だったのが、ひとりが携帯で撮った写真だった。


彼は「珍しい車種だから」と、例のモビルの写真を撮っていた。すると、その運転者がくだんの誘拐劇を演じたので、その現場を写真に撮ったのである。写真には男二人に連れてゆかれるアカネの姿が映っていた。



「こらぁ、間違いない。あの子だ」



写真に写ったアカネの姿を見るなり、ガンテツはうなり声を上げた。



「で、その子ってガンテツさんと、どんな関係なんです?」


「どんなも、こんなも、なんでもねぇよ」



ガンテツは肩をすくめながら、彼女のといきさつを話す。たった二回、それも偶然会っただけ。交わした言葉もごくわずかでしかない。それを聞いたイズモは、肩をすくめて呆れたように言った。



「なんだ、まるっきし他人じゃないですか」


「まあ、そう言っちまえば、そうなんだが……」



言葉を切って考えていたガンテツは、顔を上げるとにやりと笑った。



「だが、そんなことは関係ねぇだろ?」


「ですね。ココでこんなことされて、黙ってるわけには行きませんね」



ガンテツの返事に、イズモは心から嬉しそうに笑った。


そうなのだ。ガンテツさんってのは、こういう男なのだ。だからこそ俺はこの人が好きで、この人のために動きたいと思うのだ。イズモは笑顔を引っ込めると、皆の視線を意識しながら言葉を放った。



「で、ガンテツさん。どうするか、決めてるんですか?」


「わからん。イズモ、どうすればいい? おまえのプランに従うよ」



くだらないプライドや見栄など、ガンテツは全く持たない。自分の出来ること、出来ないことを知っている。そして、出来ないなら躊躇せず誰かを頼る。それをごく自然にするから、ガンテツの周りには人が集まるのだ。


(ちから)でもカリスマでもなく、その「空気」に魅かれて。



「まずは警邏に通報し、確認してみます。動くのはそれからです」



言うが早いか警邏に連絡を入れたイズモは、その場を離れてゆく。もしかしたら皆の知らないツテを使って、裏から話を聞くのかもしれない。それをどうこう言う男は、ここにはひとりもいなかった。


誰にでも、人に見せない姿がある。


あの人には見せても、この人には見せない、それは八方美人とは違う。初見の女性にエロ話をしたり、子供に裏の話をしないのと一緒だ。極端な話、その話を()()()()()()()()()()()()()場合だってあるのだ。


相手に斟酌しんしゃくするのは、礼儀の範疇はんちゅうである。


電話を切ったイズモが、暗い表情でこちらへ戻ってきた。



「思ったよりヤバいかもしれません。いや、誘拐自体ヤバい話ですが」


「どうしたんだ? 警邏も、何もつかめてないのか?」



焦った顔で聞くガンテツに、イズモは首を振った。



「つかめるつかめないじゃなくて、まるっきり動いてません」


「なんだと? 防犯カメラに写っていたんだろう?」


「写ってない、そんな事実はないそうです。で、ちょっとツテを頼りまして」



その情報によると、どうやら上の方から「通達」があったと言うのである。赤いモビルに関して、知らぬ存ぜぬノータッチでいろとのお達しが。話を聞いた全員が、思わず息を呑んだ。



「そんな話って、実際にあるのかよ!」



誰かの言葉に、場の空気が重くなる。


外圧に屈した警邏や防犯が、事件に対して傍観を決め込む。ブックデータのお話ならよくあるが、現実に自分の生きる世界の話だ。みなの心に官憲への疑心が芽生えたとしても、仕方ない話である。



「イズモ! 何か手はないか?」



ガンテツの言葉に、イズモは大きくうなずいた。



「リョウジとゲン。ふたりはそれぞれ環状の内と外を回って、このふざけたモビルを見つけてくれ」


「わかった。確認用にするからモビルの写真を携帯に転送してくれ」


「見つけたら追わずに、その場で連絡だ。行き先がわかりそうなら、それも」


「了解! リョウジ、出るぞ!」



モータサイクルにまたがった二人は、あっという間に走り去ってゆく。



「それから、ガンテツさん! 道路皇団の友人がいましたね?」


「おう、今日は仕事してると思うが?」


「ツナギをつけてください。今日動ける人を、紹介してもらうんでもいい」


「わかった、任せろ!」



ガンテツは胸を叩いて、携帯を取り出した。


そこでようやく、ほっと息を吐き出したイズモは、皆に向かって肩をすくめる。


全員の視線が自分に集まったところで、おもむろに。



「他のみんなは、ちょっと小銭を出してくれ」



首をかしげながら財布を出す面々に、イズモは晴れ晴れと叫んだ。



「じゃ、とりあえず、販売機でドリンクを買ってもらおうか」




 

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