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モータードライブ  作者: 藤村ひろと
アカネとガンテツ
1/8

どんなスピードで走ってんだろ

モータサイクルが好きな人と、そうでもない人へ

 

ホテルへ向かう道すがら、アカネはぼんやりと外を眺める。


運転席のミツヒコは、渋滞が気に入らないのか、むっつりと押し黙っている。


サイドウインドウ越しには、繁華街の喧騒と光。

 

仕事終わりに待ち合わせて食事をし、夜の街で遊ぶ。そしてホテルで愛し合う、いつもの週末。少し退屈で平凡だけれど、やさしくおだやかな幸せ。


飽きた、なんて言ったらバチが当たるだろう。


刺激的な日々にはあこがれるけれど、本当にそんな毎日はきっと疲れる。なんの不満も不安もないけれど、だからこそ、少しの倦怠。悩みって程のものでさえない、ちょっとしたわがまま。


反対側に目をやり、彼の横顔を見るともなく眺める。


週末の繁華街には、アカネたちと同じように二人の時間を過ごそうと言うのだろう、オートモビルが長い列を作っている。街灯やネオンサインが(きら)びやかに(いろど)る中を、テールランプの川が流れてゆくようだ。


と、渋滞にしかめっ面だったミツヒコが、ふいにこっちを向いて微笑んだ。


うん、まあ幸せな人生なんだろうな。

 

と。 



ばしゅっ!


 

彼の横顔の向こう、サイドウインドウ越しに、ものすごい勢いで影が走る。風切音が聞こえるほどの速度差に、ふたりともビクっと肩をすくめた。


驚かされたことで頭にきたのだろう、ミツヒコは不快そうに顔をしかめる。

 


「あっぶねぇなぁ、モータサイクルかよ」

 


二列に並んで渋滞するモビルの間を、モータサイクルが抜けていったのだ。


ミツヒコの言葉でようやく、アカネは影の正体を理解できた。そのくらい、あっという間に見えなくなったのだ。

 


「速いねぇ、モータサイクルって。転んだら死んじゃいそう」


「死んじまえばいいんだ。あんなもん乗ってるやつは、どうせろくでもない連中だ」


「また、そんなこと言って……乗ったことあるの?」


「ないよ、あんな危ないもの。普通の頭があったら乗らないさ」

 


やがて渋滞が流れ出し、ミツヒコはオートモビルを高速へ向ける。繁華街のホテルはどこも満杯だから、少し郊外のホテルへ向かうのだ。ふたりとも親と住んでいるので、お互いの家へ行くわけにはゆかない。

 

途中、トイレに行きたいと言うミツヒコが、パーキングエリアにモビルを入れる。


アカネも降りて、夜の生ぬるい風に吹かれていた。


週末の夜だけに、たくさんのモビルが停まっている。

 

その一角に、モータサイクルが数台、剣呑な連中とともに並んでた。みな、全身を黒い服に包んで、自動販売機の前で話し込んでいる。時折、げらげらと大きな笑い声がして、見た感じ少し怖い。


 

「ほらな、ガラの悪い連中だろう? ろくなもんじゃないよ」


 

トイレから戻ってきたミツヒコが、声をひそめるようにしてそう言い、アカネがそれに答えようとした矢先。


低い地鳴りのような声が、後ろから聞こえてきた。


 

「悪かったな、ガラ悪くて」


 

驚いて振り返ったふたりの目の前に、同じく黒尽くめの大男が立っていた。気勢を呑まれて言葉を発せないミツヒコを、大男が感情のこもらない瞳で見つめている。アカネの心臓がドクドク言い出し、冷や汗が背中を伝う。


 

「い、いや、あの……」


 

しどろもどろで答えるミツヒコに、大男は突然、ニカっと笑顔を見せた。


 

「いや、カラむつもりはねぇんだ。ちょっと聞こえちまったからさ」


 

笑うと愛嬌のある顔でそう言うと、答えは待たずきびすを返す。ふたりに背を向け、大男はモータサイクルの並ぶ自販機の方へ歩き出した。


しばらくその背中を眺めていたふたりは、ようやく我に返る。


 

「い、行こう」


「う、うん……」


 

あわてて肩を抱いたミツヒコに促され、ふたりはオートモビルへ向かう。


運転者が近づいたことで自動的にロックが解除されたモビルは、すぐに起動フェイズを終える。液晶画面がスタンバイ状態になったモビルのアクセルを踏むとミツヒコはすぐに走り出した。

 

モーターの低いうなり声と共に、モビルは滑らかに加速してゆく。


公定速度に達してメインモニタに『速度超過です』と警告が表示されたところで、ミツヒコは安心したようなため息をつきながらアクセルを抜いた。

 

そこでようやく、アカネもためていた息を吐き出す。


 

「ああ、びっくりした。怖い人だったねぇ」


「ふん、カッコだけさ。どうせ負け組の貧乏人だよ」


 

驚かされたことと、醜態(少なくとも彼は醜態と感じていた)を見せてしまったことで、ミツヒコは機嫌が悪い。


(そんな虚勢を張らないで、素直に気持ちを言ってくれればいいのに)


そう思いはするものの、口に出せばもっと機嫌が悪くなることはわかっている。

 

アカネは黙ったまま、フロントグラス越しに夜の高速を見つめていた。

 

 

 

◇◆◇




「どうして、信じてくれないの!」


「どうして、疑われるようなことをするんだ!」

 


ケンカは、どこまで行っても平行線だった。


お互い、相手に非があると思うから、なかなか妥協を口に出来ない。

 

彼を気遣って何かを黙っていると、その沈黙の理由を問いただされる。言えば怒ることはわかっているから、なかなか口に出せない。するとミツヒコは勝手に勘違いをして暴走し、愛情がなくなったなどと言い出す。

 

挙句の果てに「浮気だ」などと言われれば、さすがに黙ってはいられない。

 

あなたを思って言うのだ。素直に心を開いて欲しい。


そんなアカネの言葉をミツヒコは「俺が虚勢を張ってると言いたいのか」あるいは「小さなプライドだとでも言いたいのか」と曲解する。子供がすねてヘソを曲げているのと、本質的に変わらない。

 

誰かに軽く見られること、下に見られることを、彼は何より嫌っている。それは普段なら可愛らしい強がりと感じられたが、今はただただ不愉快でしかない。お互い相手の言葉が信じられず、裏の意味があるように聞こえてしまう。


「素直になって」と口にするアカネも、すでに素直ではなくなっていた。

 

いまさら自我を引っ込めて素直になるには、アカネもミツヒコも若すぎた。ふたりとも大人だとは言え、まだ二十代の前半なのである。アカネは自分でも意識しないまま、決定的な言葉を投げつけてしまった。

 


「男らしくない!」

 


あとは、売り言葉に買い言葉。


言葉の刃は、相手と自分自身を傷つけて。


アカネはミツヒコの元を飛び出した。

 

 

 

◇◆◇




ミツヒコと別れたことは、いずれ起こるべくして起こったことなのだろう。

 

お互いの思いをぶつけあうことで、見えなかった部分が見えてきた。笑顔で見つめ合ってるだけでは、気づかなかったことに気づけた。結果がどうあれ、それは悪いことじゃなかったはずだ。

 

あの大男と出会ったことは、きっかけでしかない。

 

最初の兆しはあのときに芽生えたかも知れないが、いずれ時間の問題だったはず。それは解っているから、あの大男に含むものはない。しかし、確かにきっかけではあるから、なんとなく気になってしまう。

 

アカネの気持ちを言葉にすれば、そんなところだったろうか。

 

とは言え、あくまでそれだけのこと。わざわざ会いに行こうと思うほど惹かれた訳ではない。例のパーキングに寄ったのは、本当にただの偶然だ。その証拠に、ほんのさっきまで、存在さえ忘れていたのだから。

 

父親のオートモビルを借りて、夜のドライブを楽しんだ帰り道。


パーキングの休憩所で、コーヒーを飲んでいると、外が騒がしくなった。なんだろうと休憩所を出たところで、アカネは思わず足を止める。

 

パーキングの奥に、数台のモータサイクルが集まっていた。


 

「今日は、ひとりなのかい?」


 

驚きつつも、予感を持って振り返ると。


やはり、そこには例の大男が立っていた。


横には友人だろうか、スラっとした細身の若い男が並んでいる。


 

「え、ええ。ひとりです……あ、今晩は」


「あはは、コンバンワ。こないだは悪かったね」


「いえ、そんな……悪いのはこっちですから」


「まあ、彼氏の言うことも、解らなくはないけどね」


 

ニカっと笑う大男につられ、思わずアカネも微笑んでいた。


厳密に言えば、この大男にもミツヒコと別れた原因の一端はある。だが、そんなことを言う気もなくなるほど、男の笑顔は屈託がなかった。

 


「ひとりでドライブかい?」


「ええ、なんとなく家にいる気になれなくて」


「なるほどね。まあでも、そろそろ帰った方がいい」

 


首をかしげて続きの言葉を待つアカネに、男はすこし厳しい表情で答えた。

 


「これからは、俺たちの時間だ。危ないからね」


「あなたたちの時間? あなたはいったい……」


「ははっ、まあ首を突っ込まないほうが無難な連中だよ」

 


そう言って厳しかった表情を緩めると、大男は若者と一緒に歩き出した。


のそりと歩いてゆく大きな背中へ並んで、若者がからかいの声を掛けている。

 


「ガンテツさんの知り合いですか? あ、もしかして昔の彼女?」


「ぎゃははは! あんな若い娘がか? そんなんじゃねぇよバカタレ」


「ガンテツさん、隅に置けないっすねぇ」


「違げぇつってんだろ、イズモ。一般人だから巻き込むなよ?」

 


じゃれあいながら歩いてゆく後ろ姿を見つめながら。


アカネは思わず、クスっと笑ってしまった。


こわもてのイメージが、あっという間に崩れ去る。

 


「なぁんだ。いい人たちじゃん」

 


アカネは笑いながら、父親に借りたモビルの元へ向かう。ドアを開けて運転席に座ると、メインモニタが明るく光りだした。女性を模したやわらかい電子音声が、起動の合図を告げる。

 


「起動フェイズが終了しました。交通法規に従って走行してください」

 


アクセルを踏んで走り出し、パーキングを出る。


好きなクラシック音楽を聴きながら、夜の高速を走り出すと。


バックモニタに、ポツポツと光点が浮かび上がった。

 


「あ、もしかして……」

 


思った瞬間。

 


バシュ! バシュ! バシュン!


 

数台のモータサイクルが、アカネのモビルを追い越していった。


その中の一台が、ひょいと左手を上げてアイサツしてゆく。


真っ黒な幅広い背中は、あの大男のものだ。

 


「なによ、ちょっとカッコいいじゃん」

 


もういちどクスっと笑ってから。


アカネはちょっとだけアクセルを踏んだ。


すぐにメインモニタへ、速度警告表示が出る。

 


「うわぁ、どんなスピードで走ってるんだろ、あいつら」

 


肩をすくめてアクセルを抜き、警告表示が消えたところで、モビルの鼻先を自宅方面へと向ける。なんだか楽しくなって、アカネは微笑みながら空を見上げた。

 

フロントウインドウの向こうに、天幕ドームの内壁が浮かび上がる。

 

皇都をスッポリ包む軽金属でできた巨大な半球状の天幕は、人々に<ドーム>と呼ばれる。中に住む者を閉じ込める子宮であり、荒れ果てた『外郭世界』から守ってくれる外壁だ。人々は子宮の中で安心しつつも、閉塞した世界にため息をつく。

 

ドームを好む者はあまりいない。


もちろん、アカネもそのひとりだ。

 


「ちぇ、楽しい気分がだいなしっ!」

 


せっかくの楽しい気分を損なわれて、アカネは肩をすくめて、大きくため息をつく。


それから天幕の内壁に向かって、大きく舌を出して見せた。

 

彼と別れて、ちょうど一週間目の夜のことだった。


 

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