008 《発見不可》
「「……見つからない」」
わたしはクラスメイトであり、この学園で初めてできた友人エレミーさんと学食にいた。
ここは実力が反映が全てだが、順位によって席が区切られていたり、購入できる食事が分かれるなどということはない。
例えば奨学金。
一定の順位に達せば、給付という形で受け取れる。
わたしなどは、その奨学金で今こうやって食事することができているわけで。
下位の人たちは、パン1つ買うにしたって自分で稼がなくてはいけない。
「……もう上位100人は洗ったのになぁ」
エレミーさんは食後のアイスコーヒーを飲みながら、感情を吐露する。
感情というかは、調査結果の惨状にというべきか。
「性別、聖剣の型、髪の色、身長、その他もろもろで調べて、まーさか見つからないとは。本当に実在するんだよねレイン?」
「もちろん」
「乙女的妄想が生み出した幻覚とかじゃないもんね?」
「違います。わたしはそこまで残念な人ではありません」
わたしが学園初日で見たはずの、あの人の剣の煌めき。
だが彼女の言ったとおり、1週間以上使ってもそれらしき人物は発見できなかった。
「疑わしきひと数人にも直接アタックしたし……」
「全部ハズレでしたが」
「教師や周りに聞いても情報はなし……」
「得られませんでしたね」
「はぁ……。どうするレイン? これは完全に手詰まりだよ」
エレミーさんはお手上げのポーズ。
わたしも改めてこの一件を考察する。
(入学試験の結果、わたしは学園で暫定【50位】に順位付けされている。そしてあの男の人の実力はわたしより確実に上。普通に考えれば【49位】以上の誰かということになる……)
至極当たり前の帰結だと、誰しもが考えるはずだ。
しかし――見つからない。
手がかりの1つや2つも発見できればいいのだが、影も形も噂もないのだ。
「わたしは本当に幽霊でも見ていたんでしょうか……」
「さぁてね。ただレインの話通りの【一振り】を放つなら、万が一ランキングが200位台でも誰かが知っているはず。でも聞き込みしたけど先生たちですら知らない」
「……ミステリーですね」
「マジでそれだよー。もう大穴狙ってさ、その人、実は超下位層でくすぶってるとかない?
いっそ私たちの探していた男は【最下位】でした――みたいな?」
ここまで探してもダメ、思考放棄してしまうのも仕方ないが、
「シンプルに。実力があるのに、この学園でわざわざ下位に甘んじるメリットあります?」
「まーったくないね」
住処も待遇も悪くなる。
仕事だって順位ごとに受けられるモノが違い、報酬金額だって変わる。
大前提として、ここは〝英雄〟を目指す場所なわけで――。
「わたしの探す人はとても凄いんです。凄いの凄いなんです。最下位などと呼ぶのは侮辱になりましょう。失礼です。第一に――」
「あぁ……またその人自慢が始まった……」
うんざりした顔をするエレミーさん。
まぁ1週間以上、同じようなことを言っていますからね。
「――見つけたぜぇレイン・レイブンズ」
突然、聞き覚えのない声の男がわたしを呼ぶ。
乱れた頭髪、乱れた格好、乱れた口調。
――あぁ、見た覚えはあった。
「なにかご用でしょうか」
学園初日、1年生に絡んでいた3人組を覚えているだろうか?
リーダー格の男はいないものの、彼の手下っぽい者が2人そこにいた。
いや2人――だけではない。
(……囲まれた)
四方八方、見た目だけで彼らの仲間と理解できる。
端的に表すに、わたしとエレミーさんは不良の大群に包囲されていた。
「実は先週からな、オレの大事な大事なダチが消息不明になっちゃったのよ。覚えてるか? 細剣型の聖剣を持っていた男さ」
「消息不明……」
「色々と考えてみたが、仇討ち……いや、仕返しに遭ったんじゃないかと疑ってなぁ」
「…………」
言わんとすることは分かった。
つまりわたしが、彼のお友達を抹消した犯人と疑われているわけだ。
ここ最近の一悶着あった生徒、それでいて一定の実力がある人物を考えここに至ったと見える。
「わたしは何もしていませんし、何も知りません。他をあたってください」
「言い訳は後で聞くからよ。とりあえずちとツラ貸せ、ついでにお前の可愛いお友達もだ」
「……え、私?」
「聞く耳を持つ必要はないですよエレミーさん」
どうやら言葉だけでは退かないらしい。
拒否を示したからか、彼らは既に剣を抜く寸前だ。
(できる限り校則は遵守したいですが――)
まさか自己防衛権を放棄するはずもない。
校則を守って死にましたなど、末代までの恥となる。
だからわたしも――剣柄に手を掛ける。
「気の強い1年だ。いかに主席様とはいえ、この人数を相手に勝ち目があるか?」
「勝ち目あるなしではありません。勝ち目は自らの手で生み出すんですよ」
「っは。上等――お前ら剣を抜け!」
わたしより先行して、周囲から刀剣と鞘が擦れる金属音。
無関係な人たちは戦いを悟り、すぐに近くから離れていった。
あまつさえ観覧をしている。
(校則で私闘は禁じられているものの、彼らが以前言ったとおりそこまで守られてはいないらしいですし、やはり皆さん慣れてますね)
郷に入っては郷に従え。
ここは修羅の学び舎、言葉ではなく剣で筋を通す。
「ぶっ殺さないようにな! お前ら――やれッ!」
動けないエレミーさんを背に抱えての戦闘。
既に男たちは剣を片手に動き出した。
抵抗しなければものの数秒で床に伏すことになるだろう。
手加減はなし。わたしも剣を抜く、いや抜きかけたその時だった――
「貴様らああぁああああぁぁぁぁぁ――ッ!」
突然。
わたしの前に、目の前に、緑色の巨人が降ってきた。
ものすごく大きな着地音を立てて、床に大きなヒビを入れて。
「目覚めよ聖剣イラ! 正義の名の下に悪を断罪す――ッッッ!!!」
巨人とわたしが称したのは、とても、とても大きな男だった。
身長は2メートル級、手にも腰にも剣はない。
だがその代わり――全身を『緑一色の鎧』で隙間なく覆っていた。
「正・義・執・行!」
殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。
四方八方から迫る不良たちを、その鉄拳を持ってして沈める。
沈めて鎮める? いいやこれはもう――。
「風紀を乱すことは許さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
不良たちは殴られた威力を殺しきれず、窓を突き破り、星の如く吹き飛んでいく。
鈍い着地音の次は、ガラスの割れる音が響き響く。
たった数秒だった。
わたしに【聖剣】を向けた男たちは、【聖拳】によって打ち砕かれたのである。
「うわぁ……」
あまりに圧倒的、ゴクリと息を呑んでしまう。
「まったく、いつまで経ってもバカな連中だ。そして――大丈夫か1年生」
「あ、はい」
「剣を抜いた音がしたので飛んで来た。どうせいつも通りあのバカ共が、問題を起こしているのだと悟ってな」
抜いた音って……聞こえた瞬間には、もう動けていた?
どれだけのスピードで移動を――
「きゃ、神聖機武装も、同時起動させて……」
「神聖機武装? あぁ、我が纏っているのはまだ剣だ」
「え!? 展開していないんですか!?」
「無論。我は【甲冑】型聖剣の使い手、これが通常モードだ」
はっはっはと笑う……先輩、たぶん先輩だ。
こんな強者が1年生にいるわけがない。
それにしても【甲冑】の聖剣とは、なかなかに珍しいモノだ。
あれ、そういえば『円卓十二聖』の中に、鎧の、しかも風紀委員で――
「――よぉ緑の。またアタシの舎弟を可愛がってくれてみたいなぁ」
突然、今度は女の声だ。
ドスの効いた声音、彼女の格好もまた不良スタイル。
派手なスニーカー、短いスカート、緩めたネクタイ、上はブレザーではなく【虎】が刺繍された真っ赤な上着を羽織っている。
ショートの金髪はどこか赤を帯びているようにも。
だが一番目につくのは――背負った【大鎌】だ。
全長2メートルはあろうか、絵本に出てくる死神のモノに引けを取らない。
「やってくれたな風紀委員統括――いいや、【四席】ガーランド」
やっぱりだ。
わたしたちを助けてくれたこの人は、円卓の1人だった。
なら【四席】相手に、不敵な笑みを浮かべているのは――
「貴様こそ。部下というなら面倒を見ろ。それが円卓の、【八席】としての最低限の役目だろう――リーナ・ティガーズ」
対峙するは【四席】と【八席】。
両者から放たれる殺気はわたしたちと別格、それが聖力と混ざって、まさに神話大戦の具現化と言わんばかり。
正直――動けない。
「風紀がどうとかこうとか、ムカつくんだよなァ」
「我とて業を煮やしていたのは同じ。ここで一度灸を添えておこうか」
12席の円卓に名を連ねた、強者の中の強者。
選ばれし者の戦いが今ここに――