007 《聖剣殺し》
学園長に呼び出された後、オレはすぐに帰る――帰りたかったが、色々と手続きがあってすぐに部屋を出ることはできなかった。
再三になるがオレは【学園最下位】という、ある意味で最も恐ろしい存在になったわけだ。
ここは実力がものを言う。
実力に応じて、住処も割り当てられる。
やる気がないとはいえ、1年の時は一応試合に出ていたが――
(その時でさえ700位台だったから、大して良いところに住んではいなかっけど……)
ただ新学期からはもはや『え、そんな場所があるんですか?』と聞き返すような住処への転居を命じられた。
まぁ構わない。
卒業まで残り2年。
細々と暮らして、さっさとここから去る予定なのだから。
「――師匠もなんでオレをこんな所に」
学園長の言葉を反芻する。
本当に師は、オレに学園生活――青春を謳歌してほしいなどと考えていたのか。
「――それにしたって、ここの生徒たらしめる【あの聖剣】も既に失ったし、元々多くなかった【聖力】さえアイツとの戦いで全て失った」
パッとしない生徒から、もはや空気のような生徒へ。
認定試験を受けなかったのは、もちろん『居なかった』ことや『無関心』が理由となる。
ただそれとは別問題で、オレは聖力――聖剣を操る力を消失してしまったのだ。
つまり聖剣使いとしての【資格】がない。
そして対価なしに戦えない状況で、どうやって試験を受けろというんだ?
目の前に退治すべき【神】がいない以上、力を使う気も余力もない。
「――厄介な力だ」
強力無比な力を得た。
しかし燃費やら時機を計るのが難しい。
一昔前にあった【直接高炉式聖剣】みたいだ。
「――それ以上文句を言ったら殺す? これは文句じゃなくて事実だろ? 自分で使い勝手が悪いって認識ないのかよ……ッイタタタ! 噛むな噛むな!」
ご立腹だ。
ただ対価を払う以上は同等、文句の1つを言う権利はある。
あるが……。
「――悪かった。悪かったよ。だから拗ねるなって。使い勝手は悪いと言ったけど、嫌いだなんて一言も言ってないだろ? あぁ、オレはお前のことを誰よりも認めているし、愛して……るかは、そうだな、誰よりも愛してるとも」
後半の言葉は強制され――失礼、自分の意思だ。本当だぞ。
「――とにかく今日は殺るつもりなんだ。相手に途中で、力を使われたら厄介だからな、協力してくれ」
と、こんな会話を繰り広げていたが、現在の説明をしていなかった。
オレは例の如くアーサーズ聖剣学園にいる。
ただ時刻は22時すぎ、生徒の姿はない。
ここは全寮制、既に生徒はみな部屋にいるだろう――大抵は。
「――見つけた」
短い金髪、耳にピアス、制服の胸元を開け、低く履いたズボンにはチェーンがぶら下がっている。
教科書通り、お手本のような不良(下っ端)がそこにいた。
大抵の中に彼らは入るまい。むしろ夜行性だろ?
「――ただ、見覚えがあるな」
数日前、始業日に登校している時……だったか。
あのハリケーンのような1年に追いかけられる最初のキッカケ。
「――口がすべった1年に絡んでた奴か」
ほらリーダー格の、短い金髪の男がいただろう?
覚えてない?
まぁ覚えてないならそれでもいい。
どうせ――
「こんばんは」
オレは施設の屋根上から、彼の目の前に飛び降りる。
そして黙っているのもあれなので、一応挨拶をした。
「な――なんだ、お前っ!」
突然空から人が降ってくれば、誰しもそういう反応をするだろう。
ただ優れた剣士であるなら、すぐに剣に手を取り警戒をする。
「夜にこんな人目のつかない所で1人ウロウロと。やっぱり不良っていうのは、真っ暗な時間に出てきちゃう性なのか?」
「あ、あぁん!? 何が言いたい!?」
「今日は仲間はいない? 24時間つるんでるものだと思ってたけど」
「んなわけあるか! 気色悪りぃだろ!」
……気色悪い、な。
コイツの言うことはもっともだ。
「そ、それで、俺になにか用でもあるのか!?」
「用というか……上でぼーっとしてたら、1人でいるアンタを見つけてさ」
「?」
「それでまぁ――殺そうかなと」
「――!」
男は今度こそ、右手を腰に差した細剣に掛ける。
左手は胸のあたりに。
すぐさま武装を展開しに掛かるが――。
「――稲妻よ神秘を解け」
それよりも先に放たれる光の剣閃。
直線に飛翔した〝電撃〟が男の武具を穿つ。
「な、なんだその剣は――!?」
男は電撃に撃たれたことよりも、オレの握った剣に釘つけになっていた。
だが流石に1年2年学園と通っていただけのことはある。
すぐに意識を切り替え、剣を抜くが――。
「く、くそッ! どうして……!」
「剣の能力が発動しないだろ?」
「……っ!」
「あの電撃を浴びた時点で、アンタの剣は死んだよ」
そして剣が〝無効化〟されると理解するや、男は背を向けて走り出す。
――が、逃亡を許すわけもない。
また剣を振るい、電撃を放ち、首から下を硬直させる。
血管に過剰に流れた電流が身体の動きを――っと、ようは電気ショックだ。
「あ、っが……」
「さて、それじゃあ少しだけ会話に付き合ってくれないか?」
静かに、ゆっくり接近しながら、オレは彼に言葉を幾つか投げかけた。
命は助かりたいのだろう。
男は身体が動けないのにも関わらず、必死に言葉を返してくれた。
「なるほど」
時間にして5分強ぐらい。
ただ――愉快ではなかった。
もともとオレと彼では、性格上喋っていて馬が合うわけでもない。
「時間を取らせたな。終わりにしよう」
「待て! 待ってくれ! 全部喋っただろ!? し、死にたく――」
横一閃。
剣は軌跡を描き、男の首を切断した。
頭と身体が分断、ゴンッと頭部が地面に落ち、2~3回転がった後に静止した。
「……はぁ、死体の処理もしないとな」
外でなら地面に埋めるなり、木っ端微塵にするなり、放置していても魔獣が食べてくれる。
しかし人の多い、こういう内地での隠蔽は丁寧にやる必要がある。
一番面倒なのは飛び散った血の処理だろうか。
彼の名は聞いたが、オレは結局名乗らなかった。
では改めて、オレは2年A組所属、ランキング【872位】。
名をグレイ・ロズウェルという。
そうそう数日前のことだが、学園長にお前が噂の犯人か?と疑われた。
原文そのままに。そこで彼女はこう問うた。
『あらゆる聖剣を殺す者――グレイ、お前が『聖剣殺し』じゃあないよな?』
――と。
そこで自分は違いますとハッキリ答えた。
事実オレは『聖剣殺し』ではないのだから。
「オレは――『刀剣殺し』だ」
かつてはなかった、彼女が混ざった故の狂気で凄惨な笑みを浮かべて。
聖剣だけではない、魔剣ですらオレは殺せる。
ありとあらゆる剣を〝無効化〟させるのだ。
学園長の【問いかけ】がもう少し範囲の広いものであれば、オレは『イエス』と答えざるを得なかっただろう。自分が犯人と認めざるを得なかっただろう。
「――嘘はついてないぜ」