006 《呼び出し》
『2年A組所属。グレイ・ロズウェル。学園長室に出頭せよ』
始業日に遅刻し、担任やらリザに絡まれた今日。
復活したアイズ先生に1枚の用紙を渡された。
そこには学園長からの、この偉そうな一文が書かれていたというわけ。
(実際に偉いんだから、偉そうな口調で言われるのは、当然といえば当然か?)
なにせ現代で、最も地位の高い聖剣使い――『剣聖』である。
まだ30代前半だが、既に魔王単独撃破の逸話が幾つもあるぐらい。
そんなおっかない人から、夕方に、こうして呼び出しを受けたわけだが……。
「――入れ」
学園長室の、無駄に重厚な扉を数回ノック。
すぐに返事は来た。
「……失礼します」
踏み入れたそこは、広い面積の割に物数が少ないシンプルな内装。
中央に応接用の机と椅子が。
奥にクラシックなデスクと、ここの主である――
「久方ぶりだな。グレイ」
「……どーも、学園長」
真っ白な髪と、真っ白な瞳、真っ白な肌を持つ。
絶世の美女とはまさに彼女のこと。
容姿は未だ20代前半で通じるだろう。
それでいて聖人らしい優しさ、そして剣聖らしい鋭さを放つ。
数ヶ月ぶりに再会したものの、やはりこの人に変わりはなかった。
「ここには我々以外の誰もいない。ふふ、これまで通り名前で呼んでくれていいぞ」
「いや学園長でいいで――」
「呼べ」
「いやぁ、ずっとエヴァさんと名前で呼びたかったんです。照れていただけなんですよ」
「そうかそうか。照れていたのなら仕方ないな」
だから殺気で脅すの止めてください。
これまでもそうやって、無理矢理に名前で呼ばせているのだ。
「お前がようやっと顔を出したというのでな、すぐに出頭命令を出させてもらった」
「もう少し優しい言い方をして欲しかったですね」
「優しく言ったらお前は来ないだろう?」
「……まぁ。でもうちの担任なんか、オレの成績関係のことだと思ってブルブル震えてましたよ」
教え子が【最下位】になったのだ。
トップである学園長から(物理的)ペナルティがあるのではと。
減給をくらって、婚期だけでなく給料も逃すのではと嘆いてもいた。
「最下位の件もなぁ。こんなことを私が言ってもなんだが、【仕事】で居なかったのだから仕方がないよな」
彼女の言う通り、オレは空白の4ヶ月をとある仕事に費やしていた。
この都市に帰還できたのも、実は今日だったりする。
だから直帰ならぬ――直登校したわけだ。
「追々々試験をやるかと手紙で聞いても、お前はやらんと言うし」
「ま、もはやこんな身体じゃまともに表に出たくないですね。それに良い機会でした。この学園にいるのも、あくまで師匠の遺言だからに過ぎませんし」
「……」
オレの言い分に、学園長は複雑そうな表情をする。
「……遺言か。確かに、私の親友であり、お前の師であるアイツの言葉でお前はここにいる。そこに本質的な意味は内包されていないのだろうさ」
だが、と学園長は言葉を続けた。
「アイツはお前に、楽しい、人並みの学生生活を送って欲しかったんだと思うぞ」
「さぁ。どうでしょう」
「親友の私が言うんだ。お前のことも手紙で度々聞いていた。だからアイツの想いを汲み取るならば――」
「おい」
オレは声を上げた。
上げたというよりはぶつけたというべきか。
「エヴァ・エンリフィールド。アンタはオレの師匠じゃあない。憶測と思い込みで勝手なことを言ってくれるなよ。オレが師から最期にもらったのは『アーサーズ聖剣学園に通いなさい』――この一言だけだ」
相手は剣聖だ。
たとえ緊急事態だろうと、聖剣を持つ者が、彼女にそんな乱雑な口をきくものではない。
――が、あくまでそれは、聖剣を持つ者に限る。
「……私を諭すか、良い度胸だ。覚悟はできているのか?」
「ああ。今のオレは、むしろアンタが退治しなきゃいけないような存在だしな」
場合によっては、すぐに敵同士になる身分を互いに持つ。
「来いよ剣聖――お前も、お前の【聖剣】も、跡形なく殺してやる」
肉片どころか髪の1本も残さずに――
「……私を殺す、と?」
「そうだ。そしてこれは警告でなく宣告だ。覆しようのない事実だ。たとえオレがどんなに追い込まれようとも、たとえ首を刎ねられようとも、五臓六腑を刻まれようとも、剣殺しの【権能】は必ずアンタを殺す」
睨み合いが――続く。
呼び方を強要された時以上の殺気を向けられるが、意に返さず。
さっき臆してやったのは、馴れ合いにすぎず。
剣柄に手を掛けた意思こそだけは、違わず。
「……はぁ、やめだやめ! もうやめよう!」
先に沈黙を破ったのは彼女の方だった。
両手を挙げ、戦意がないことを示す。
それに応じ、オレも臨戦態勢を解いた。
「悪かったよ。アイツの言葉は確かにそれだけなんだろう。私がお前とアイツのことに口を出すというのも可笑しい話だ。ただ、この学園の長ではあるからな、ついかまいたくなるのさ」
「そうですか」
「私としてはお前と仲良くしたいんだ。許してくれ」
「こっちも悪かったです。オレだって学園長と仲良くなりたいですよ」
「え、ホントか!?」
「冗談です」
「なんだ冗談か――って、おい! どういうことだ!」
一転。
充満していた殺気は霧のように消え、緩やかな時間が流れ出す。
「まったく。お前はアイツのこと言われるとすぐ怒るからな。普段フラフラ~っと生きているくせに、そこだけは感情的だ」
師匠ネタ、敵に逆手に取られないように気をつけろと忠告される。
「にしても久しぶりにヒヤッとした。以前にはない、今のお前の大胆な言動と殺気……少なからず〝融合〟の影響が表に出ているわけだ。報告は簡単に受けていたが本当に……」
「ええ、本当にここにいます」
「天国と地獄に君臨せし、ありとあらゆる刀剣武具を滅殺する大神か――よくもまぁ生き残ったものだよグレイ。私がたとえ遭遇していたとしても……」
「オレだって死にましたよ。文字通り死んでここにいるんです」
そして運良く――今がある。
自身が神の情報を教えたということで、学園長は少し後ろめたさもあるらしい。
しかし彼女はここから動けない。
なにより、仕事だ仕事だと言っているが、師の意思を継ぎ【神】と戦うと決めたのは自分だ。
誰かに命じられて戦地に出向いたわけではない。
「まさか神名がそんなビッグネームだとは思わなかったし。流石に音信不通の期間が長すぎた。死んだと思って気が気じゃなかった――っと、煙草吸うか?」
緊縛も解け一息つきたいのだろう、紙巻きの煙草を口にくわえる。
こう見えてもヘヴィースモーカーなのだ、彼女。
「じゃ、1本だけ」
差し出されるソレを口にくわえる。
その瞬間。金属の擦れるような音がし、煙草の先端に火がつく。
剣を高速で擦り合わせ、火種を生み出したのだ。
「相変わらす剣筋速すぎですね……」
「アイツとどっちが速い?」
「師匠」
「ッチ、かわいげのない」
本来なら年齢上、オレは喫煙できない。
ただこの場には2人だけ、誰も咎める者はいないので、堂々と紫煙を吐く。
といってもオレはたまに嗜む程度だが。
「この春からだ」
深く煙を吸い込みながら、学園長はゆっくり語る。
「何者かにうちの生徒が襲われている。死者は出ていないがみな重体だ。そして等しく聖剣を奪われている」
「聖剣が奪われる? 盗賊まがいの連中ってことですか?」
「目的は不明だ。ただ奪われた、いや狙われた者たちが所持していた聖剣は全て【神造聖剣】と共通している」
【聖剣】とは【聖なる武具】のこと。
しかし聖なる武具でも、大きく2つの種類に分けることができる。
1つ目が【人造聖剣】。
職人が鍛錬によって生み出した聖剣だ。
市場にも普通に並ぶし、【金】と【資格】があれば誰でも買える。
オレが飾りとして腰にさしてるのも【人造聖剣】だ、安売りで買った。
2つ目が【神造聖剣】。
神様が奇跡によって生み出した聖剣だ。
入手方法は――天命を待つ。
一定の年齢になると、突然目の前に現れるらしい。不思議だろ?
もしくはダンジョンの最奥に封印されているパターンもあるらしい。命がけで探検をすれば自力で手に入るかもだ。
「まだ噂程度にとどまっているが、被害が広がる前にそろそろ駆逐せねばならない」
「あぁ、そういえばクラスの奴が言ってたな。確か……」
「聖剣殺し、と呼ばれている」
「……」
「犯行を考えるにおそらく学園内部に潜んでいるはず。少なくとも私はそう睨んでいる」
なんでも事件を目撃した生徒がいるらしい。
その人の話だと『聖剣がなぜか起動していなかった』とか。
聖剣を聖剣として機能させない力。
それが実在すれば、いいや、実在すると判明すれば、全ての聖剣使いにとっての脅威となる。
「ならオレは――」
「待て」
ソイツを調べて、発見して、倒す。
それも形式上は仕事(依頼)としてやるつもりだった。
しかし学園長から待ったが掛けられる。
「さっきも言ったが、その敵はこの学園の内部にいるはずだ。そして――聖剣を無効化しうる力を持っている可能性がある」
「……なにが言いたいんです?」
「言いたいというか確認だ。あらゆる聖剣を殺す者――グレイ、お前が『聖剣殺し』じゃあないよな?」
今日の今日まで、ずっと姿を消していた自分。
ここまでの旅路は、学園長にさえ簡単にしか報告していない。
そして事件の性質上、オレがやり玉に上げられるのも当然といえば当然。
不満そうな顔をしたり、憤ることもしない。
前にも言った。オレは他人になんと思われようが構わないのだ。
だが犯人と疑われているのならハッキリ答えなくては。
オレはちょうど終わった煙草を宙に放り――斬った。
床に火種が移らないよう、瞬間で細切れにしてみせた。
「エヴァさん」
「――オレは『聖剣殺し』じゃありませんよ」