005 《トモダチ》
「……失礼しました」
一応の挨拶を口にし、『生徒指導室』と書かれた教室の扉を閉める。
そこがどんな場所なのかは、教室名で察するはずだ。
なぜこんな場所にいたのか?
それは、わたし――レイン・レイブンズが、登校初日から無断欠席をしたからに他ならない。
正確には、ある剣士を執念深く追跡していたら、いつのまにか授業終了時刻になっていた。
大遅刻だと気づき、自分の教室に行ってみれば、ちょうど初日のガイダンス?オリエンテーション?が終わった所だった。
自分で言うのもなんだが、学年主席が一発目でサボる。
どういうことかと、さきほどまで担任に詰問されていたというわけだ。
(詰問……というほど、堅苦しいものではなかったですけど)
少し緊張はしたが、担任の対応はだいぶ緩いものだったと思う。
怒られるにしたって随分と優しいものだったので――
『てっきり厳しく処罰されるものだと覚悟していました』
『ま、天才って奴はたいてい頭が可笑しいからね。なのにレイブンズちゃんは礼儀正しいイメージだったから少し首を傾げてたんだけど……見事に初日ボイコットをキメてくれて、先生はむしろ腑に落ちた?安心した?くらいだ』
『……それはわたしをある程度の〝変人〟と認定したってことですか?』
『まだそこまでは言ってないよ。ただ遅刻や無断欠席しようが、キツく注意をすることはない――ここは実力が全ての場所なのだからね』
……そんな会話をして、現在に至る。
咎められることはなかったけれど、自分の中で、厳格な学園というイメージがたった1日でガラガラと音を立てて崩れていく。
(先生の話だと、今日は学園での注意や、施設の案内、自己紹介くらいしかやらなかったから、特に重要なことはない……と仰っていたけど)
3年間を共に過ごすクラスメイトと顔合わせぐらいはしたかった。
わたしとて、友人の1人や2人はやはり欲しいのだから。
「……教室、行ってみますか」
もう放課後だ。行ったところで誰もいない。
ただなんとなく、特に理由もなくそんな考えに至った。
要塞とも称させる巨大な校舎だが、道に迷うこともなく1年A組に辿り付く。
なんの気もなしに、躊躇なく扉を開けたが――
「あ」
教室には先客がいた。
自分と同い歳くらいの女生徒である。
ショートに纏まった黒寄りの赤髪が、夕日によく反射していた。
ただ不意を突かれたもので、本能的に固まってしまう。
それもつかの間、窓辺に座った女生徒の方が声を掛けてきた。
「……もしかして、レイン・レイブンズさん?」
「は、はい。そうです」
敬語で答えたのは、硬直のせいもあったが癖でもある。
わたしは誰にでも敬語で接する人間だ。
「うわぁ。入学式で遠目から見ても可愛いって分かったけど、間近で見るとこれは格別ものだ。同じ女でも恨むどころか羨んじゃう」
「えっと……」
「あ、ごめんごめん。私はエレミー・ルークス。あなたと同じ1年A組の生徒で――」
「あなたの隣席を務めるニンゲンだよ」
※
「あっはっはっはっはっはっはっは!」
「そ、そんなに笑わないでください……!」
エレミーさんにストレートな挨拶をもらった後、わたしは彼女の隣……わたしの席だという場所に腰を降ろした。
それから会話を始めたわけで。
まずエレミーさんから『どうして今日は欠席したの?』という、疑問を頂いた。
わたしは、サボりではないと第一に宣言した上で。
簡単に登校中のことを説明し『その男を追いかけていたら』と伝えた。
すると彼女は爆笑。爆笑の爆笑の爆笑である。
「そこまでおかしい話ですか……?」
わたしの追跡理由は全て口にはしていないものの、自らの信念と夢に基づいたものだった。
確かに振り払われ、加えて欠席もしてしまったが、とても真剣な一件なので笑われたのは少しショックだ。
「ごめんごめん。嘲笑する気はないんだよ。たださ――」
「?」
「レインの話を聞くに、ようは登校中にその男の人のこと〝一目惚れ〟しちゃったってわけでしょ?」
「え――」
言われてフリーズする。
一目惚れ――
「それで、もう好き好き大好き超愛してる状態になって、面と向かって告白をしようと追いかけるだなんて。いやぁこんな絵に描いたような乙女を、私は生まれて初めて見たよ」
「ち――違います! 別に、わたしは告白なんてする気はありません! それと惚れたといってもあくまで〝剣〟にです!」
「ホントかー? レインが説明している時、完全に乙女の顔だったぞー?」
「~~っ!」
だから自分のさっきの笑いは、嘲笑ではなく、恋に焦がれるわたしを羨んでのものだったと釈明される。
それは勘違いだと訂正したが、エレミーさんは『はいはい、分かった分かった』と一応の了解?を示した。
絶対分かってないでしょう……!
「でも初日からそんなエピソードがあったわけかぁ。なんだか波瀾万丈だねぇ」
「……まさか学業を疎かにしてまで、わたしが、わたしのためを思って行動するとは考えていなくて。初めてのことですし。……自分自身でも驚いてます」
「それが恋なんじゃないの?」
「だ、だからッ……!」
「はっはっは。からかいすぎたかな。でもその男の人には会いたいんだよね?」
「……はい。絶対に会います」
断言する。
このまま引き下がる自分ではない。
「なら――私も協力するよ」
エレミーさんは柔和な、だけど力が籠もった瞳をわたしに向ける。
「きょ、協力?」
「追いかけっこ……安易に言えば実力では負けたんでしょ? だとしたら、その人を見つけ出すには別の方法を考えなくちゃいけない。だとしたら〝情報戦〟が一番有効だよ」
「情報戦……」
「スパイやるわけでもなし、情報戦なんてカッコつけて言っただけだけど。ようは教師や生徒に聞き込みしたり、資料とかランキングデータを調べたりね」
確かに、あと10回20回追いかけても、捕まえられる気はまったくしない。
自分もそうするつもりではあったが、彼女の言う通り、地道に調べていくしかないだろう。
「だったら人手は多いに越したことないでしょ? ま、私を含めたところでレインとたった2人なんだけどさ」
一緒に調べるよと、彼女はそう言葉を紡いだ。
「なんで……ですか?」
わたしは聞いた。
どうして会ったばかりの自分に、そんな事を申し出てくれるのかと。
エレミーさんは不思議そうな表情を浮かべながらも、さらっと答えた。
「なんでって、私たちもうトモダチじゃん」
それだけ。たったそれだけのこと。
これ以外の、以上も以下の理由もない。
「エレミーさん……」
「ん、なにかおかしい?」
「……いや、ただ、嬉しくて」
「そう? まぁでも期待はしすぎないでね。私だってこの学園に来たばかりなんだから」
「はい。でも頼もしいです。よろしくお願いします」
下げた頭を上げると、彼女はニカッと人のよさそうな笑みを浮かべていた。
オマケと言わんばかりにサムズアップもして。
「それじゃあレイン、とりあえず明日から調べていこうと思うけど……」
「手がかり、ですね」
「そそ。流石に全校生徒数が約900人、男子に絞っても500人近くいるからね」
分かっていることを改めて教えて欲しいと、エレミーさんは言った。
「髪色は濃いめのグレー。身長は170半ばほど。【長剣】型の聖剣を所持していました」
「聖剣の【装飾】に特徴あった?」
「いえ……聖剣については何も分からないです」
強いて言えば、特徴がないのが特徴だったような。
強力な聖剣となると、近寄るだけで鋭さや重圧が伝わってくる。
あの人の聖剣自体にはなにも感じなかったし、極端に言ってしまえば、レベルの低い鍛治師が造った粗悪品のようでさえ――。
「でもその人、主席のレインを余裕で巻けちゃうぐらい実力ある人なんでしょ? だとしたらそれに見合ったレベルの高い聖剣を持つよね」
「……そうなんです。まだこの学園全体の実力を測れてませんけど、あの人の腕は『円卓十二聖』か、それに匹敵するものかと」
「ふーむ。ただ円卓十二聖の中で【長剣】型の聖剣を使うのは、【一席】である『生徒会長』だけだから……」
「あ、そうなんですか? 詳しいですねエレミーさん」
わたしはまだ12人全員を把握していない。
ただ生徒会長は、入学式で登壇していたので顔は知っている。
自分が探している人ではないと、確信は持てる。
「あはは。円卓十二聖はうちの花形だからね。入学する前に色々調べたんだ」
「なるほど。ただそうするとあの人は円卓の中にはいませんね」
「うん。でもレインがそこまで認めるなら、その人は間違いなく【ランキング100位】圏内に入っているはず。最下位グループはまずありえない」
「そうですね。あの人の実力で800位台判定なら、わたしなど最下位確定です」
この学園において【最下位】は【落ちこぼれ】の象徴とされる。
だからといって、わたしは差別も侮蔑もする気もない。
ただあえて、1人の【剣士】として冷徹に言ってしまえば。
戦地において、そんな人に背中を預ける、いや肩を並べることすらわたしは嫌だ。
そして何かを学ぶこともないだろう。
「では上位100人を、性別や髪色、聖剣の型で絞っていくのが無難ですかね」
「うん! 徹底的に洗いだそう!」
きっと見つかるよ!とエレミーさんは言ってくれる。
その言葉も、協力してくれることも嬉しい。
ただそれ以上に、学園での初めての友達がこの人で良かったと、心の底から思った。
「エレミーさん。本当にありがとうございます」
「気にしないでって。…………こんなピュアな乙女の恋路がどうなるのか、それ自体もふつーに気になるし」
「ん、なんて言いました?」
「レインの恋が実るといーなって」
「~~っ! だから恋じゃないですってば!」
「えー。顔真っ赤にして言われても説得力が――って、なんで聖剣を握ってるの!?」
「……解けない勘違いは、剣を持って解くしかないでしょう」
「め、目がガチだ! ごめんごめんごめん! 謝る! 謝りますから――!」
こうして、わたしは人探しという当面の目的を持った。
そして――エレミー・ルークスという友人も得たのだった。