003 《一刀両断》
4月3日――
東方の国から寄贈されたというサクラの木々が、満開に咲き誇っている。
まるでわたしたち新入生を出迎えてくれているみたいだ。
「ようやく……」
自分が住まう女子寮は敷地内にあるので、あえて一旦外に出て『アーサーズ聖剣学園』の正門をくぐる。
一昨日の入学式の際も、この大通りは歩いたばかりだけれど、やはり最初の1日だ。
願掛け……というわけではないが、1つの区切りとして。
「ねぇあの黒い髪の娘……」
「あ、入学式で代表してた人じゃん」
「噂の麒麟児だろ? あんな細い身体でそこまで強いんかね」
「可愛いよな~。おれ声掛けちゃおうかな~」
「歴代新入生最強。規格外って聞いてるぜ。確か名前は――」
ヒソヒソと重なる薄い会話。
直接声を掛けてくる者はいない。
言いたいことがあるのなら、面と向かって言ってくれればいいのに。
(おそらく発言の多くは、自分と同じく1年生でしょうが)
わたしは入学式で祝辞を述べたので、彼らは一方的にこちらの顔を知っているのだ。
対して面識がない、視線やら気を向けてこないのが先輩方ということだろうか?
(――そもそも2、3年生はどこか空気が違う)
談笑したり、欠伸したり、フラフラと歩いたり。
隙はあるにはあるが、迂闊に攻められない雰囲気がある。
(これが円卓十二聖の先輩方となればどうなるのか……)
この学園は完全実力主義。
全生徒が【順位】をつけられ、それに見合った住処や物品が支給される。
そして上位12名は、学園の代名詞でもある『円卓十二聖』として君臨することになる。
「12人――」
わたしには【夢】がある。
それは生徒全員を倒し、この学園の頂点に立つことである。
立たなくてはいけない理由が、わたしの剣にはあるのだ――。
「おい1年、てめぇ面白いこと言ってんなぁ」
――む。
隠すべき夢ではないが、まさか心層を読まれたかと警戒した。
ただ心配は杞憂らしい。
男の声はわたしに向けられたものではないようだ。
「――あ、あの、その」
「――声が小せえぞ。まさか怖じ気づいたとか言わないよな?」
どうやら1年生に上級生たちが絡んでいるようだった。
周囲もなんだなんだと足を止め、彼らを囲む。
「……あの上級生【八席】の手下だってよ」
「……そうなのか?」
「……あぁ、学園の荒くれ者はたいてい彼女の派閥に入るんだって」
すぐ傍にいた人たちの会話が耳に入る。
(円卓十二聖の八席。彼女の通り名は確か――『魂狩り』でしたか?)
【大鎌】型の聖剣の使い手だとか。
野次馬たちの話を聞くに、八席は『姐さん』やら『番長』やらと呼ばれ恐れられているらしい。
番長、女性なのに……?
「おらどうしたよ!? 黙ってねぇでなんとか言えや!」
「――ッひ」
短く金髪を整えた大柄な男が、ドスの効いた声で脅す。
腰には顔に似合わず【細剣】型の聖剣が差されている。
(制服の内側にも【短剣】型の聖剣を仕込んでいるみたい……)
【聖剣】というと、かつては【聖なる剣】を意味する単語だった。
ただ現代において。
聖剣とは【聖なる剣】【聖なる槍】【聖なる刀】【聖なる鎌】など様々なものを指す。
つまり【聖剣】=【聖なる武具】という意味になるわけだ。
だから聖剣と言っても、一概に剣の形をしているということはない。
(……しかし誰も助けないんですね)
さっきまで踊っていた心境が、段々とグレーに、いや赤く変わっていく。
観ているだけの人たちに、怒りが湧いてきたのだ。
どうして上級生に絡まれたのか理由は分からない。
それでも――多数で弱者を囲うのは、正しくない。
聖剣使いとは英雄となる者。正義のシンボルとなる者。
そう、わたしを救ってくれた……あの人のように。
ならばこそ、騎士道精神は重んじるべきであり――
「もうそれぐらいでいいんじゃないですか?」
わたしは躊躇うことなく声を掛けた。
正直者がバカを見るなどとは思わない。
なにか見るとすれば、それは本来は見たくもない人の醜い性である。
「なんだお前……」
「なんだはわたしの台詞です。校則では敷地内において私的な戦闘は認められていません」
ちゃんと生徒手帳にも記載されている。
ただ彼らはすぐに首を傾げた。
「ンなこと守るのは風紀委員ぐらいなもんだぜ」
「あってないようなルールだ。覚えとけお嬢ちゃん」
ニヤついた笑みと共に、その正論は通るが通らないと言われる。
だが後ろの男がなにか気づいたらしい、態度を変える。
「あ、コイツ……」
「知ってんのか?」
「今年の新入生主席っすよ。なんでも学園創設以来の破格の天才っつう――」
「1年A組所属。レイン・レイブンズです」
本人がいるんです。他人に名乗ってもらう必要はありません。
「おもしれぇ。良い度胸してるぜ。つっても肝心のソッチは鉄板だけどな」
「――!」
「おいおい怒んなよ。軽い挨拶だぜ?」
……下劣だ。
わたしだって好きでこんなに小さいわけでは――あ、べ、別に気にしていませんよ。
むしろ戦闘において大きい胸は邪魔。
つまりこの体型すら1つの武器、むしろ胸を張って誇ります。
そもそも胸の話とか、そ、そういうのは好きな人と――って、今はどうでもいい!
「さて、天才っつーのはどんなもんか――」
短髪の男が柄に手を掛ける。
彼らにしてみれば、虐げる対象がわたしに変わっただけのこと。
(……状況は1対3。不利なのは間違いない。この短髪の人が細剣、後ろの2人が短剣と長剣、前衛を対処してから後ろの2人を処理すれば……)
だが上級生相手に――それができるか?
自分に自信はあれど、そんな疑念がふっと湧いてくる。
人に囲まれてフィールドも狭い。剣だけで対処するのは難しい。
打開策として神聖機武装を出せば――。
(いいや、きっとこの人たちも武装を出すことになってしまう。となると本当に死人が出かねません)
そもそも剣を鞘から抜けばその時点で、もう――。
本気を出してはいけないと分かってる。お互い退けないとも分かってる。自分に謝る道理がないとも分かっている。
わたしが最後の最後で迷った、その時だった。
「――え」
自然と声が出た。ほんとんど無意識だった。
視界の中を、突如として細い光線が通り過ぎていったのである。
そのスピードは瞬間だとか、コンマ何秒だとか、そんなありきたりな表現では足りない――言うなれば神速、神の如き速さだった。
――今のは、なんだ?
「な、か、身体が動かねぇ――!」
目の前の男たちの言葉で、わたしは現実へと戻る。
わたしは動いていない。だが男たちが動けない。彼らは何か攻撃を受けたのでは? それは幻覚とも思えた、あの光線のせいではないか――?
「違う――あれは剣の閃めき、光閃だ」
思い返せば剣を振ったように、右上から左下へ光は通り過ぎていったような。
証拠もないし、本当に見えたかは怪しい、だが自身の〝直感〟が告げる。
あれはわたしと同じ――【長剣】型の聖剣による〝斬撃〟であると。
「お、お前、一体なにを――」
「ちょっと黙ってください!」
もはや不良たちの相手をしている場合ではない。
探せ。探せ。探せ。探せ。
あれほどの、誰も気づけない、誰も追いつけない、神がかり的な一撃を放った剣士を!
「あ――」
一段と騒がしく囲む群衆の中、1人だけ姿勢を変え校舎へと向かう男がいた。
顔は見えない。
だが黒灰色の髪と、わたしと同じ【長剣】型の聖剣を腰に差しているのは窺えた。
「――!」
わたしは現場を置き去りにし、一気に走り出した。
人をかき分け、声を張れるだけ張って、必死になってその男に『待ってください』と嘆願した。
しかし止まってはくれない。
彼はすぐに傍の裏道に入り、姿をくらます。
「なら追いかけるまで――っ!」
だがすぐに思い知る。追跡は簡単ではないと。
「……っ速い!」
追いつくどころか、切り離されないようについていくのがやっと。
相手に聖力や聖剣を使っている様子はない。
つまり地の力にとてつもなく大きな差がある――
(もしかしたらこの人は円卓十二聖の1人なのかもしれない……!)
先輩の胸を借りるつもりで聖剣を放ったが、ことごとく躱される。
まるで手で雲を掴もうとしているみたいだ。
どれだけ駆けたか、建物が幾つも立つコーナーを同じく曲がった――ところで、
「い、いない?」
このコーナーを曲がった先は一本道だ。
周囲は高い建造物が並んでおり、飛び越えるにしたって、なにかしら力を使わなければ不可能だろう。
そして一帯に、聖剣や聖力を行使した痕跡はない。
「……ここで立ち止まってたって、なにも解決しない」
止まった足と思考に喝を入れる。
きっとわたしが追っていた人物は【怪物】だ。
おそらくランキングも十二聖、もしくはそれに追随するレベルだろう。
「でもやっと見つけた、わたしと同じ【長剣】型の使い手」
正確には――自分より遙か高みにいる長剣の使い手。
それにさっきの神がかり的一撃を見て、
「……惚れるな、というのは無理でしょう」
顔も知らぬ男の人。わたしは――あなたがいい。
きっと放ったであろう、あなたの【一太刀】に魅せられてしまった。
会って色々なことを聞きたい。学びたい。教わりたい。
更なる高みへ、至るために――。
「――契約をここに。聖剣ラグナロク!」
剣柄に触り、聖剣の加護を受ける。
どんな手段を使ってでも会うんだ。会いたいのだ。
更にギアを上げて、見えなくなった彼を追う。
拍子にスカートがめくれる。
が、どうせ誰も見ていないでしょう。
いつもは気にするそんな大事も――今は些細なこと。
「絶対に見つけ出します――!」