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002 《春らしい》

 4月3日――

 極東から贈られたという、春の木々が薄紅色(ピンク)の花を大きく咲かせる。

 まるで自然までもが(、、、、、、)、新入生たちを笑顔で迎えているようだ。


「――はぁ――はぁ――!」


 含蓄(がんちく)ある言い方をしたな。

 なにせオレは新入生――ようは後輩たちを歓迎する気など更々ないからだ。

 正確には『無関心』といったところ。


 関わるつもりは一切ない。

 それ以前に、オレ如きに関わって(、、、、)こられる(、、、、)などとは毛ほども考えていなかったわけで――。


「待ってください! そこの黒灰色(ダークグレー)の髪の人! なんで逃げるんですか!」

「――っ!」


 なのに始業当日、オレは登校と同時に追いかけられていた。

 相手は新入生の1人。さっき一瞥しただけだが黒髪の綺麗な女の子だった。


「――っく、止まらないというのなら!」


 オレがいま出せるだけのトップスピードでの疾走。

 1年のくせに、よくここまで付いてこれたというものだ。

 だが健闘もここまでらしい。

 ようやく諦めて――


「聖剣よ!」

「――は!?」


 少女はまさかの攻撃を開始。

 真横を剣撃が通過し、建物の一部を破壊した。

 直撃していればかすり傷では済まない――死ぬぞ!

 

 っく、なんで……。

 

「なんでオレが初日からこんな思いをしなくちゃいけないんだ――ッ!」


     ※


 オレが少女に追いかけられ(殺されかけ)たのは、10分ほど前の出来事のせい。

 それまでは、普通に、平和に登校していたわけである。

 とりあえず回想といこう。

 時はオレが安心して歩いていたときに巻き戻る――



「ねむ……」


 仕事明けで寝不足のせい、迫る眠気に耐えながらオレは歩いていた。

 そして『アーサーズ聖剣学園』と書かれた正門をくぐる。

 

 ここは皇都に立地する学び舎だ。

 どんな学園かというと――


「いやぁ俺さ、入試でA判定だったんだよねー」

「すっご。まじで?」

「でもクラス分けって実力別じゃなくて混合だっていうだろ? あーあ、剣の腕が鈍っちまったらどうしよう」


 少し前を歩く男2人が……いや内の1人が腰に差した【聖剣】をチラつかせながら、自慢だか愚痴だか分からないことを言っている。


 っと話を戻そう、ここがどんな学園か?だったな。

 簡潔に、一言で表すなのなら、全員が聖剣を持って戦う場所だ。


 ここは戦場。常に臨戦体勢。

 右を見ても左を見ても、誰もが聖剣を携えて登校しているだろ?

 校則として『聖剣の常時携帯』が義務づけ(、、、、)られている(、、、、、)んだ。

 

(……でも1年生は判別しやすいな)


 三学年共通で、軍服を改造して生まれたという白ブレザーに身を包むものの、言動と雰囲気を見れば1年か否かはだいたい分かる。


 ちなみに一昨日に1年生たちは入学式を終えたらしい。

 今日は午後からではあるものの、2年3年(オレたち)と同様に登校を始めている。

 

(まぁ初日だしオリエンテーションってとこか)

 

 この学園は名門だがおっかないことで有名だ。

 新入生の内は、最初の授業等で教えられる【注意】をよく聞いて――


「おい1年、てめぇ面白いこと言ってんなぁ」


 ……ン、どうやら遅かったみたいだな。

 

「ひゃひゃひゃ。腕が鈍っちまうだって?」

「だったら入学祝いだ。先輩として手ほどきしてやるよ」


 A判定をもらってクラス編成に批判をぶつける新入生君は足を止める、目の前に3人の男が立ちはだかったからだ。

 ブレザーを乱して着る格好から不良という印象――不良、となれば『円卓十二聖アーサーズ』が1人【八席】を務めるヤンキー女の派閥の者だろう。


 ようは下っ端ヤンキーに目をつけられてしまったというわけだ。

 リーダー格だろう短い金髪の男が前に出てガンを飛ばす。


「あ、あの、その」

「声が小せえぞ。まさか怖じ気づいたとか言わないよな?」


 注意その1。

 この学園で発言する時はよく考えてからするべし。

 どんな理由で喧嘩や決闘をふっかけられるか分からないからな。


「お、喧嘩か」「……朝っぱらからよくやるわね」「そのうち教務課(マスターズ)か風紀委員が出張ってくるだろうさ」「まーた八席派閥の連中か……」


 起きた一悶着、周りの者たちもつい足を止めて彼らに見入る。

 だが誰も助けない。

 困惑しているのは1年ぐらいで、上級生(オレ)たちにとっては見慣れた光景だ。

 

(突然上級生3人に囲まれたら、そりゃ萎縮するよな――)


 この時代、聖剣を使うからといってソイツが聖人とは限らない。

 不良もいるし、変態もいるし、守銭奴もいるし、自堕落なヤツもいる。


 ここで助けてやれる人物は、世間で言う『正義』を少なからず持つ者だろう。

 弱き者を助けるのは、力を持つ者の宿命だと信じてな。


 だが正直者はバカを見るし早死にするんだ。

 見て見ぬふりをして教室に向かうのが最善なんだ。

 なら、オレは――



「もうそれぐらいでいいんじゃないですか?」



 美しく透き通った声だった。

 観衆の塊から抜けだし、3人の男と相対するは1人の少女。

 オレより前に、彼らの近くに立っているので顔は見えない。

 ただセミロングに整えられた漆黒の髪は堂々と風になびいていた。


「なんだお前……」

「なんだはわたしの台詞です。校則では敷地内において私的な戦闘は認められていません」

 

 あってないようなルールを、生真面目に唱える少女。

 風紀委員……にしては見覚えがない。腕章もしていない。

 まぁボッチな学園生活をしているので、知り合い自体少ないんだけども……。


「あ、コイツ……」

「知ってんのか?」

「今年の新入生主席っすよ。なんでも学園創設以来の破格の天才っつう――」


 短髪の男(ガン飛ばしてたリーダーな)の疑念に、後ろにいたヤンキーの1人が答える。

 だが答えきる前に――


「1年A組所属。レイン・レイブンズです」


 まったく臆すこともなく、高らかに名乗りを上げる。

 オレはその名に聞き覚えはないが――


(どうやら結構な有名人みたいだな。新入生主席、ね……)


 周りの空気が少し変わる。

 具体的には上級生たちの目つきが鋭くなったのだ。

 噂の麒麟児、興味が湧かないという方がおかしい。


「おもしれぇ。今年の1年総代ってことか」


 短髪の男は口角を上げながら、手を剣柄に掛ける、相手はもちろんレインという少女。

 3対1なら勝ち目があると思っているだろうか。


「はぁ……」


 ――くだらない。

 

 オレは彼らから視線を外した。身体も元の進路に戻る。

 そして停止していた両脚を再び働かせる。

 未だ見続ける周りと違って彼女にも喧嘩にも興味はない。

 たった1人の彼女に加勢する理由も――ない。


 さっさと教室に着いて、1秒でも多く睡眠を取るべきなのだ。

 なのだが――。


「……稲妻よ(Blitz)空を(kann)奔れ(laufen)

 

 あの人に似た(、、、、、)、その愚直な正義に今回だけ敬意を払おう。

 彼女の顔を見ることもなく、静かに立ち去る間際――オレは【剣】を抜いた。

 腰につけた飾りではなく、この身に眠る真なる剣で。


「主席だがなんだか知らねーが覚悟し――ん、あぁ?」


 短髪の男が口を噤む、というかは動かなくなる。

 剣柄に手を当てたまま硬直してしまったのだ。


「おいおいどうし――あ、あれ!?」

「身体が動かねぇ! ど、どうなってる!」


 放った剣閃は迅雷が如し。

 加えてこの人工密集地帯、オレが振るった【一太刀】は誰にも気づかれることなく彼らを斬り終えた。


「……注意その2は、剣を抜くならば命を懸けろってとこか」


 オレはまったくもって嬉しくないが、せっかくの新学期だ。

 こんな日に誰かが血を流すこともないだろうさ――。


     ※


 そしてオレは自分の力を秘匿したまま、見事にあの場所を脱したわけである。

 順当に行けばこのまま校舎内に直行――だったのだが、


「――待ってください!」


 あの透き通った声だ。レインという少女のものだろう。

 不思議と背中ごしでも聞き分けられた。


「ちょっと、ちょっと待ってください! 待ってくださいってば!」


 ……一体誰に静止を命じているのだろう?

 放った稲妻は不良に直撃させた。まだ硬直は解けていないはずだ。

 

「だから、そこの黒灰色(ダーク・グレー)の髪をした――」


 ――オレは駆けだした。全力で駆けだした。

 なぜって?

 声と彼女の気配が急速でこちらに接近し始めているからである。


「な、なんで逃げ――」

 

 これは1つの情報だが、ここの生徒のうち5割が金髪系統。オレのような黒髪系統は全校では2割~3割といったところ。

 確率的にもオレが標的にされている可能性は高い。


(なんでだ!? あの【一振り】がまさか見えたなんて言うんじゃないだろうな!?)


 あの状況下かつ初見で見抜かれるなど、絶対にありえない。

 それこそ円卓十二聖(アーサーズ)であっても――。

 

 だが彼女――レインという少女は執念深く追いかけてくる。

 目立つのを避けるためすぐ裏道やカーブを行くが……。


「柄にもなく善行したってのに、なんでオレが初日からこんな思いを――っ!」


 で、冒頭に戻ってくるわけだ。

 後ろの少女は静止を呼びかけ――同時に聖剣を放ってくる。

 粉砕された建造物から砂塵が舞い、身体に降りかかる。

 

「待って――あなた――さっき――!」

「ッ!」


 っく、撒けない。

 だが負けて降参というわけにもいかないだろう。

 このまま正体不明の男として消えるのだ――!


(ッチ、寝不足でフラフラだってのに、また(、、)対価を払うしか――)


 コイツからは逃げれない。

 オレは研究棟が点在するエリアへ、そしてここだと決めた建物のコーナーを回り――。


「……あ、あれ?」


 間もなく追いかけていた少女もコーナーを曲がった。

 しかし抜けた声と共に足を止める。

 そこには――誰もいなかったのである。


「い、いない? 聖力(カムイ)で加速された? それとも聖剣の能力で転移された? ……でもそんな気配は」


 色々と頭を働かせるが答えは出ない。


「でも逃げ道は直進しかない。とにかく追いかけて――」


 少女は聖剣を解放し、両脚を強化して弾丸のように飛んでいく。

 影も形もない、オレという存在を求めて。


「……ったく、スカート舞い上がってパンツ見えてるぞ。台風(ハリケーン)みたいな1年だな」


 小さくなる少女の背と水色のパンツを――オレは上から、いや横から(、、、)見届けた。

 両脚に電流を流し、磁場を変動、建物の壁に張り付いたのである。

 張り付く……というかは、壁に対し垂直で立っているというべきか。

 視界は90度に傾いている。


「まさか完全に見破ったとは思えないが……。まぁ顔は見せてないし、この聖剣(かざり)も別のモノに変えておこう。生徒も多いし特定は不可能なはずだ」


 人気(ひとけ)のない場所を逃げていた。目撃者は少ない。

 万が一遅刻名簿を調べられても、今日は春休み明けで休みや遅刻者も多い。

 それに――。


「いくらなんでも、自分を巻いた男が【学園最下位(トップワースト)】だとは考えまい」


 彼女が実力者であればなおさら。

 しかし凄まじい勢いだった。殺されかけたぞ。

 別にオレが喧嘩をふっかけたわけでもあるま――


「……いや、最初に剣を抜いたのはオレだったか」


 剣を抜くは命を懸けろ。

 どうやら自覚が足りないのは自分の方だったようだ。

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