025 《潜入計画》
これまで19時更新でしたが、これからはもう少し遅い時間になりそうです。
カジノ潜入から5日が経過。
オレとレインは、情報収集の傍ら労働に励んでいた。
謹慎中に何をやっているんだという話だが、仕事をしたいのだから致し方ない。
なので依頼主から報酬はもらえるが、単位には認定されないという側面もある。
オレは単位など気にしないが、優等生であり、優等生であり続けたいレインにとってはジレンマともなろう。
まぁ謹慎を命じられているのに、闇カジノでバニーとして働いている時点で、優等生などとは呼べないのかもしれないが。
「わたしは真面目に生きたいだけですよ」
「それが優等生ってことなんだ」
「そうですかねぇ……。それとできた料理を運ぶので机の上のモノ片付けてください。あと軽く拭いて欲しいです」
「はいはい」
時刻は正午すぎ。
場所はオレとレインが住まう寮のリビングである。
談話室と呼ぶかとも迷ったが結局はリビングで確定した。
「しかしあのレインが料理上手だとは驚きだ」
「……あの、とはどういう意味ですか?」
「いやさ、レインみたいな真面目キャラって、意外と料理だけはできないみたいな、メシマズ設定多いイメージだったからさ」
「それは先輩が勝手に決めた設定です。真面目キャラのかた全員に謝ってください」
彼女がここに越してきてから数日、レインがメシを毎日毎食つくっている。
しかも当初は食材費を全額自腹で出していた(金欠だが今はすこーしだけオレも出している)。
それはひとえに『先輩の食生活を見過ごせないから!』と言っていたが、どうやら熱意は本物だったらしい。
ここまで健康的な生活を送っているのはいつぶりだろうか。
「さて。いただきましょうか」
「いつも悪いな」
「そこはいつもありがとうと言うべきです」
「……ありがとうございます」
机の上には、店で出されてもおかしくないクオリティの料理がずらっと並ぶ。
これまでの経験からして、味についても申し分ない。
ただ後輩に食わしてもらっているとは先輩としてこれ如何に。
第三者からしたらオレは【ヒモ男】というやつにカテゴライズされるのだろうか?
しかし彼女は彼女自身がやりたくてやっているのだ。
オレがやれと命じたり、やってくれと頼んだわけではない。
ならば誰がこの先輩を責められようか、いいや誰もいるまい。
「……先輩、手が止まってますけど食べないんですか?」
「むろん食べるとも。食材にもお前にも、そして世界に感謝しながらな」
「最後だけえらく大仰ですね……」
正直しょうもない会話を挟んで食事を開始。
しょうもないとは言ったが、それのお陰で会話のテンポもだいぶ良くなってきたのも事実。
ただ未だに嘘や騙し、からかいには免疫がついていない様子。
いつまで純粋でいられるかと、早くダークサイドに落ちないかなと気になっている今日この頃だ。
「なぁレイン」
「なんですか?」
「プロポーズしていい?」
「プロ――っ、ッ、な、なに言うんですかいきなり!」
「失礼。プロローグだ」
「もっと意味分かりません! これからなにが始まるというんですか!」
「お前とオレのイチャラブ同棲生活」
「それはもう始まってま――あ」
「……へぇ、イチャラブ同棲生活してるつもりだったんだ」
「~~っ!」
可愛い後輩だ。
こんなに騙しがいが……間違えた、からかいたくなってしまう人間と出会ったのは初めてのもので。
「いつもありがとなレイン」
「……なんでここでお礼……どうせテキトーに言ってるくせに……」
「全ては愛の裏返しなんだぜ」
「カッコよく言ったって納得はしませんから!」
さて戯言はこれぐらいにして。
そろそろ本題へ、つまり本当のプロローグを始めなくてはいけない。
「クライアントから調査の続報が来た」
「裏取引についてですね」
食事の手を若干緩めながら、【仕事】についてのブリーフィングだ。
レインも落ち着きを取りも戻し、真剣に話を聞く。
「ああ。日時は明後日と確定。時刻は24時丁度と見ていい」
「取引をする人たちの正体については?」
「依然として不明だ」
「つまり当日明らかになるというわけですか……」
「変装をしている可能性もあるけどな。最優先すべきは身柄の確保より【神具】の回収だ」
できる限り穏便には済ませたいが――
「回収というより奪取と呼ばれる行為をすることになるだろう。プランとしては取引現場、つまり【VIPルーム】でブツがまず本当に【神具】かどうか確認をする」
「確認は先輩ができるんですよね?」
「そうだ。方法は教えられないがある程度近づけば断定できる。もしそれが【神具】でなかったとしたらその時点で撤退、今回の仕事はハズレということで幕引きだ。しかし――」
万が一、ブツが本物であったのなら。
「そこから本当のお仕事が始まるわけですね……」
レインは大きな瞳を細め、ひとりでに頷く。
これまでの潜入を経て、闇カジノの施設構造、警備配置、セキュリティ等の把握は済んでいる。
もちろんオレも働きはしたが、予想以上にレインが頑張ってくれたお陰でスムーズに情報の収集ができた。
「今のところ判明しているのは、あの施設は地上1階、地下2階建てということ」
食べ終わった皿をどけ、白紙を置き施設の図を描いていく。
これから総括に入るのだ。
「地上がご存じの通りカジノフロア、オレやレインがいま働いている場所だ。そして地下1階がいわゆる【VIPルーム】にあたる。そして――」
「地下2階が【保管庫】でしたよね?」
「どうやら【懲罰房】も併設しているようだけどな。まぁそっちはいいだろう。で、【VIPルーム】は当初、個室かなと思ってたんだが――」
どうやらホテルにあるような【ロビー】様式らしい。
椅子と机が幾つか設置されていて、賭けをするというより談話が中心のようだ。
ただ時たまVIPたちだけで高レートの勝負をしたりすることもあるとか。
「ちなみに大抵の料理は注文すれば出てくるらしい。数々の珍料理も取りそろえている充実のレパートリーだ。作り手が一流だけあってほとんどがディナーを食べていくらしい」
「へ、へぇ。そうなんですかと言う他ないですけど……」
レインは反応に困っているようだ。
普通に考えればこんな情報いらないものな。
「しかしだ。さっきも言ったが中はロビーに近い造りだ。場合によっては結構な人が【VIPルーム】にいるということになる。いかに日付と時間が分かっていても、顔や素性を知らない人物をその中からピンポイントで探すのは大変じゃあないか?」
「確かに……ど、どうするんですか?」
「お前ならどうする?」
オレは打開策を考えてはいるが、果たして彼女はどんな策を考えるのが。
もしかしたらレインの方が、良いアイデアを出す可能性もある。
「……先輩は近づくだけで【神具】の有無が分かるんですよね?」
「そうだ」
「では……VIPっぽく変装したグレイ先輩が、部屋中を歩き回るとか?」
「…………」
「だ、ダメですかね?」
「いや、レインの割になんか普通だなと思って」
「それは褒めているんですか!? 貶しているんですか!?」
無難なアイデアだ。
面白くない。
「ただ現実的に変装は難しい。【VIPルーム】に入るためには2つの関門を突破する必要がある。まずは1つはレインが見つけてくれた……」
「地上のやつですね。地下へのエレベーターに繋がる唯一の通路」
「あれは古典的なことに人によるチェックだ。配置されているベテランの警備相手に、コミュニケーションを取る必要がある。そこで変装したVIPとしてどこまで振る舞えるか」
時間があれば変装も完璧に仕上げられるが、今回は時間が少ない。
なりきるのは難しい。
「もし地下に行けたとしても、【VIPルーム】に入るには、直前でこれまた守衛によるチェックと、加えてセキュリティーコードによる認証が必要となるらしい」
「ダブルロックというわけですね」
「機械を突破するのはともかく、また人間による確認があるってのは面倒いよなぁ」
実際にやるとなると相当に骨が折れる。
しかも変装となれば、部屋を行き来する最中も演技を続行する必要がある。
「レインの策は色々と難易度が高い。よって今回では使えないだろう」
「……間違いないです。ではどうするんですか?」
「お前のやつを普通だなんて言った手前、あまり大きくは言えないんだが――【盗聴】だ」
「盗聴……?」
「あそこのキッチンで働いてるやつらの会話を少し聞いたんだが、どうにもVIPが相手ということで随分と気を遣っているらしい。よくレストランなんか、テーブルに調味料やらナプキンを置きっぱなしにしているだろ? 不足したらその場で補充をする。でも此処の場合どうやら全席1日ごと下げるようなんだ」
「毎日わざわざ下げて、見えないところで補充をしている……ということですか?」
「その通り。まさにVIP対応」
大衆レストランなどとは配慮が違うというわけだ。
それに意味があるのかは、大衆なオレには判別つかないが。
「そこで取引前日に、席に置かれるであろう調味料たちにこの盗聴器を仕掛ける」
ポケットがら取り出したのは平たい円柱。
直径は1センチ、厚さは5ミリ程度の代物。
「リストから結構な数を買ってきた。サイズが小さいだけあって、盗聴をするにはそれなりに接近する必要があるが、隠れられるポジションは把握してる。レインの言う部屋をウロウロするよりか幾分もマシだろう」
「そんなものが……。やはり情報屋さんというのは、そういう物を使って日夜データを集めているですね……」
「アイツの場合はほとんどエロ目的だけどな」
「…………」
そんな軽蔑するような目を向けるな。
少なくともオレはそんな風に使わない。
「レインは見せてくれと頼めば見せてくれるもんな」
「な、なにをですか……?」
「さて、今日の夜が楽しみだ」
「ま、待ってください! 勝手に話を進められては……じゅ、準備とか……」
今日の夜は、カジノで仕事だろうに。
なにを妄想しているのやらこの乙女は。
「話を戻すぞ。【神具】の存在を感じたら、盗聴を開始、取引する人物たちがどこの席にいるかを見つける。今回仕込む機材はそれぞれ信号が異なるよう設定されているから、端末で位置情報が正確に伝達されるというわけだ」
「傍聴対策は?」
「完璧……とまでは言わないが、あったとしてもすぐに割り出されるほど簡単なコードじゃない。心配はしなくていいだろう」
だが相手の特定ができたところから、仕事は本番を迎える。
「取引されるブツは、直接【手渡し】されるか、もしくは【保管庫】に入れられているかだ」
【神具】というのはとんでもなく希少であるが、経験則でいえばサイズ自体は小さく、重量も大人であれば片手もしくは両手で持てるものばかりだ。
手渡しすることも十分可能。
もしくはこのカジノに設けられた荷物預かり所――【保管庫】に一時的に預けられていることだろう。
「万が一、とっても大きな【神具】だったらどうするんですか?」
「絶対にないとは言えないけれど、そんなサイズじゃ都心でこっそり取引する意味なくないか? 人目や運ぶことを考えたら、普通に人がいない山奥とかでいいだろ」
「……その通りでした」
しっかりしてくれやレインちゃんよ。
気を隠すなら森の中と言うように、ここで取引するのことが都合の良いことだから、もしくは相応の事情があってこそ闇カジノでの裏取引だろう。
「もし【VIPルーム】で直接渡したのなら、その受け取ったヤツが地上に出た時――ようは帰り際を闇討ちする」
「闇討ち……」
「だがもし会話を盗聴する中で【保管庫】にまだあると判明したのなら、オレたちが先回りしてブツを回収だ」
「前者も相当に酷いですが、後者だとしてもだいぶ急ぐ必要がありそうですね。あ、そういえば地下に【神具】があったとしても、それが本物か確認できるのですか?」
「できるよ。というかザックリとしか確認はできない。だからそれが地下1階にあるのか、地下2階にあるのかまではオレに判別つかないわけ」
案外ザルなサーチ能力である。
まぁ【神具】以外でも、【聖力】や【魔力】のサーチなんかもできるので、ザルかどうかは状況による。
役立つ時はとても役立つのだ。
「先輩はこれまで地下に行ってからの話をしていましたが、本当の第一段階、【VIPルーム】に至るまでの潜入ルートは既に見いだしているんですよね?」
「もちろんだ。正面突破なんて絶対しない」
どうやって下に降るかも、どうやって【保管庫】に先回りするかも決まっている。
それとここで忘れてはいけないのは【通信機】の存在だ。
従業員には位置情報を伝達されてしまう【通信機】の着用が義務づけられている。もし勝手に外したり、おかしな動きを見せれば、その時点で上に気づかれ、【VIP】たちにも知らされるかもしれない。警戒されてブツを隠されたくはない。
「インカムがある都合上、潜入ルートの下見はできなかったけれど、そこはなんとかなるだろう」
「一番の問題はわたしの方ですね……」
「結局制限時間は変わりないか?」
「はい。今日まで色々と試行錯誤はしましたが、やはり持って【20分】といったところでしょうか。すいません……」
「謝ることない。上出来だよ」
本番当日、オレたちが自由に動き回る時間は長くない。
タイムリミットは――20分。
それまでに仕事を完遂できなければ……。
「目標が【神具】でなかったら、わたしたちはすぐ撤退できて万々歳ですが……」
「そう平和に終われるかねぇ……」
「やっぱりそう思います?」
「やっぱりそう思うよ」
嫌な予感というか、この後輩と一緒にいて物事が平穏に進むとはどうしてか思えない。
それはレインも一緒だろう。
この先輩と一緒にいて物事が――以下同文だ。
「レイン」
「なんですか?」
「オレ、この仕事が無事に終わったらお前にプロポーズするよ」
「あからさまなフラグ建てるのやめてください」
「あれ、さっきみたいに驚かないの?」
「このタイミングで言われれば流石に冗談だと分かります」
……だそうだ。
溜息をつきながらあしらわれてしまった。
この後も明後日に向け、綿密に計画を練っていく。
全ては【20分】という長くも短い時間に向けて。
黄金と欲望が渦巻く場所で、オレたちの戦いは静かに始まろうとしていた。