001 《唯一無二》
「――敵影確認、今回は上級魔族ですか。しかも狂化状態」
「――ん、ああ」
「――気の抜けた返事……戦闘ですよ? しっかりしてください先輩」
三日月の見える、深い夜。
暗い森の中、【魔族】の姿を尾根から見通す形で視認した。
視界には【標的】の他に黒灰色の毛先も映り込んでくる。
(邪魔だな。そろそろ髪切らないと――)
ただ上の空な返答にやる気のなさを感じたか、生真面目な後輩が隣から舌鋒を飛ばしてくる。
……ついでにそのコパルトブルーの瞳で睨んでもくる。
「はいはい、しっかりやります」
と、オレは遅ばせながらのやる気アピール。
それを聞くと彼女は漆黒の髪を流し、再び視線を【敵】へと戻した。
「まったく。この特別課題を失敗したら、わたしも先輩も単位をもらえません。学内ランキングだって降格なんですからね?」
「単位ねぇ……」
「加えて報酬金も受け取れません。まだ貧乏食生活を送りますか? わたしはもう嫌です」
「……それには同意」
後輩――もとい同居人でもある彼女の言い分に納得。
この討伐は課題の一環ではあるが、ドジをすれば一巻の終わり。
生活という意味でも。生死という意味でも――
「お前の言う通り、聞いてたよりか敵は手強そうだ――いけるか?」
「愚問です。わたしはいずれ『円卓十二聖』入りする聖剣使いです。あの程度の楽勝の楽勝です」
「……流石は神童、自信たっぷり」
「わたしは先輩の自信のなさにガッカリです。先輩ならもっと――」
『円卓十二聖』とは、うちの学園のランキングトップ12人の総称。
英雄に最も近い存在とされ……ま、ようは『怪物』ってことだ。
確かに後輩にはソコに至れるだけの才能がある。
才能だけなら――オレなんて軽く越えるぐらいに。
「……お喋りはもういいだろ、そろそろ仕掛けよう」
「ですね。準備――入りますか?」
お互い金属鎧――【神聖機武装】をまだ起動していない。
むろん彼女の場合は詠唱をすれば、子を起こす母の如くすぐ【鎧】は現れるだろう。
――だが、オレは違う。
対価。代償。生贄。供物。
そういった見返りを、【ヤツ】の起動には必要とする。
「するぞ?」
「い、いちいち確認しなくても大丈夫です」
何度もしたことではあるが一応許可を得て――彼女の唇をふさぐ。
天上の武具を使うため。この戦いに勝つため。
自分に体重を預けてくる彼女の肩を抱き、浅くそして深くキスを交わし、互いの唾液で唇を濡らす。
舌が蠢き、唾液が交わる音がする。鍵となる力が流れ込んでくる。
「……あ」
敵の力量を鑑みるに、これだけもらえれば十分というところで唇を自ら離す。
オレがすっと身体を離すと、彼女はどこか名残惜しそうに応じた。
「今回はこれぐらいで。いつも悪いな」
「き、気にしないでください。わたしが……好きでやってることですから。か、代わりに帰った後も稽古つけてもらいますからね! 死合です! 約束ですよっ!?」
「せめて試合にしてくれ……」
いつもクール?な後輩だが、この時だけは年相応の少女に。
この状態を見れるだけでも、自分はだいぶラッキーな男なのだろう。
「それで……どうですか?」
まだ頬を赤く染めたまま、対価の是非を問うてくる。
オレも自分の中に潜む【ヤツ】に問う。
「対価はこれで良いってさ……ただ、あと3分寝かしてくれだと」
「もう。先輩みたいなこと言いますね」
「オレは寝起きいいぞ。一緒にするな」
「へー。ならなんで、わたしが毎日起こしてあげているんでしょうか?」
「……」
「やっぱり似てますよ。先輩と彼女」
つまり『先輩は自堕落な人です』とコイツは言いたいのだ。
それは違う!と論破してやろうと思ったが、仕方ない、今回は勘弁してやろう。
別に逃げたわけではない。論争という無駄な時間を費やしたくないからだ。
「ではわたしが先行しましょう――契約をここに」
まだ幼さが残るものの綺麗な顔立ち、強い力を感じさせる青眼がスッと細められる。
腰に差していた【聖剣】を抜き、左手で胸を押さえる。
「――鋼の乙女に祝福を。誉れある騎士に喝采を」
詠唱を紡ぐと、剣身からは【蒼い焔】が発現。
焔はそのまま彼女の右腕を飲み込んでゆく。
「レイン・レイブンズの名の下に。起動――聖剣ラグナロク!」
肩まで延びた【蒼き焔】は【蒼き鋼】へと姿を変える。
薄い層が重なり、白色の紋章がひとりでに刻まれ、鎧として形を成していく。傍から見れば変身だ。
最後にはガチンと音を立てレインの右腕に装着された。
これが全ての聖剣に備わった能力の1つ――【神聖機武装】だ。
「――身体接続」
腕に浮き上がる幾つもの術陣、青碧の聖力が吹き荒れ、神造兵器の降臨を告げる。
相変わらず見事な鎧武装だが……。
「レイン、武装は右腕だけじゃなくてちゃんと――」
「まずは部分武装で攻めてみますね」
「いやだから――」
「行きますッ!」
先輩の静止は聞かず、レインは尾根から深い谷へ一気に降下。
溜息をつきつつ、オレも数秒遅れでスタートを切る。
『A――コRO――SUアアAAAA――!』
膨れ上がるレインの聖力に、狂化中の魔族も気づく。
するとなにも無かった敵の右手に、禍々しい剣が現れる。
(ま、上級魔族だけあって当然【魔剣】は持ってるよな――)
自分がもうすぐ地に足をつける――時にはもうレインは走り出していた。
彼女は聖剣片手に闇の中を、青い流星の如く突き進む。
向かってくる敵との衝突には数秒あれば十分だった。
「滅します!」
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
力任せに、縦横無尽に振るわれる黒い魔剣。
強大な暴力に風が引き裂かれ、高い木々がドミノのように地に倒れた。
風のつんざく音色が夜に響く。
「ラグナロク、下位機動――!」
右腕を包む鎧から歯車がかみ合うような音。
すると焔がレインの幻影を生み出し、的を散らした。
彼女は錯乱したその瞬間、コンマ数秒の間を逃さず――
「蒼焔よ咲き乱れ!」
右目、人中、喉元、心臓、左前腕、左腹部、右大腿、左大腿――
穿ち切り裂くこと八撃。
傷口からは焔が吹き追い打ちをかける。
瞬間でこれだけの連撃を浴びせた。
しかし、敵が握った【魔剣】を手放させるには至らない。
『KアIHOウ!』
「――っ狂化状態で!?」
魔族の纏った殺気の質が変わる。
どうやら魔剣の能力【上位魔導】を使うつもりらしい。
例にならい強大な一撃が放たれるとレインも覚悟、つい一歩後退してしまう。
それが――。
「命取りだ」
落雷。
白い稲妻が突如として到来、魔族の身体を貫いた。
駆け巡る電流の波、いかに強靱な魔族といえどその身体を完全に硬直させる。
「電撃――っ先輩!」
「待たせた。ようやく【ヤツ】も目覚めたみたいだ」
顔を上げるレイン、近づくオレにパッと表情をほころばせる。
血なまぐさい戦場には不釣り合いな笑顔だ。
『A――Aア――AA?』
「横槍で悪いな。ただ大事な後輩なもんで」
最期まで後輩の面倒みると決めたのだ。
大切な後輩だから。同居人だから。そして――相棒だから。
「全能を殺す唯一の剣」
同刻【ヤツ】を呼ぶ最中、オレは考えた。
――『最強』とは一体なんだろう?
反則的な力を持って、自分にとっての悪を蹴散らせる者のことか?
大した努力もせず、偶然に能力を持ったとしても、ソイツが強ければ最強なのか?
沢山のものが〝欠けた〟人間では『最強』になれないのか?
「幾星霜、幾歳生ける神を、聖剣を、魔剣を、その全てをオレは殺す」
最も強いの意味を、今も探している。
「契約だ。グレイ・ロズウェルの名のもとに――」
人間は【聖剣】しか使うことができない。
魔族は【魔剣】しか使うことができない。
自分は――どちらでもない。
「起動――仕事だ、起きろ神剣」
彼女の名前を静かに告げる。眩い光が全身を包む。
グレイ・ロズウェルは、この世界で唯一の【神の剣】を使う存在だ。
古今東西、ありとあらゆる刀剣を滅殺する剣を持つことから。
周りはオレを――『刀剣殺し』と呼ぶ。