ハーメルンの笛吹き男1
白雪姫とハクアは国境の近くにたどり着きました。
「どうしよう、兵隊さんが待ち伏せしているわ。これじゃ国境を越えられない・・・」
「そうだね。このまま行っても捕まってしまうだけ・・・。とりあえずしばらく様子を見ようよ。きっと見張りの交代とか食事の時間とか隙が生じる時間があるはずだよ」
そして2人は丸2日の間様子を見ました。
「これといった隙が無い・・・。もう食料もないし・・・・。ハクア、どうしよう」
「ほら、このマッチで森を燃やして、兵隊がそれに気を取られている間に強行突破っていうのは?冬だから山火事が起こってしまっても不思議じゃないはず・・・・」
「ダメだわ。そんなことをしてしまったら、この森がなくなってしまうかもしれない。そうしたら獣もいなくなって、狩人さんが暮らしていけなくなるわ。勿論、木こりにも影響がでるだろうし、この国の人が困ることになるわ」
2人がそうしてどのようにして国境を超えるかを相談していたときです。森の奥から陽気な笛の音色が聞こえてきました。
「もしかして追っ手?早く隠れないと・・・。って白雪、どこ行くの!」
隠れようとするハクアに対して、白雪姫は音色のするほうに自分から向かっていったのです。ハクアは止めよう手を掴みましたが、振りほどかれました。何かに憑りつかれてしまったかのようにハクアのことを無視して白雪姫は音色の方に進んで行きました。
「待って!行っちゃダメ!!しらゆきっ!!」
結局、白雪姫を追いかける形でハクアも笛の音色のほうに向かっていました。遠くに何やら行列が見えてきました。やっぱりだ、捕まってしまうとハクアは思いました。ですがさらに近づくとその行列が可笑しいことに気が付きました。大人の男を先頭にして、子どもたちがそのあとをついているのです。そして白雪姫たちはとうとうその男の前に来てしまいました。
「こんな山奥に女の子がいるなんて驚きだ!2人ともどうしてこんなところにいるんだい、素直に話してごらん?」
その男は笛を吹くのを止めてとても優しい口調で話しかけてきました。ハクアはまず追っ手でなかったことに安心しつつ、こう言いました。
「え、えっと、森で迷っていただけで、なんでもないですよ。ほら白雪、早くいこ」
「白雪。今、白雪と言ったかね。もしかして・・・君たちが街で噂になっていた白雪姫たちなのかい?」
しまった。名前を口にしてしまうなんて。ごめん白雪。ハクアは心でそう反芻しながら、白雪姫と男の間に割って入りました。
「おっと。そんなに警戒しないでおくれよ。僕は悪い人じゃないし、君たちを捕まえて王妃からお金を貰おうなんて思ってないよ」
「そんなの信じられないわ。その後ろの子どもたちは何?その変な笛も何なの?白雪姫もその変な笛の音色でここに誘い出されたわ」
「この笛の音色が聞かないなんて君は勇気のある子なんだね。この笛は勇気を引き出す笛さ。自分でも気づかないうちに抑圧してしまっている気持ちを解放したり、したくても恐怖でしなかったことを出来るようにする勇気を引き出す笛なのさ。縁があってこの子たちにこの笛を使うはめになってしまってね。この子たちはこれから聖地奪還のための聖戦に行くところなのさ」
「聖戦?」
「そう。僕たちの大切な場所が他国にずっと支配されていてね。巡礼が出来るからってそれを我慢してきたんだけど、ついにその巡礼すら出来なくなる、それどころか攻めてきたんだよ。この子たちはその攻められている国を助けるために一肌脱ぐってわけさ」
「白雪もそれに行きたいって思ってるってこと?」
「それは違うと思うよ。これはただの勘だけど。気になるなら本人に聞いてみるかい?この笛を使えば本当の思っていることを話す勇気を引き出せるよ」
ハクアが黙って頷くと、男がまた笛を吹き始めました。先ほどの音色とはどこか違った音色です。少しすると、白雪姫もそして後ろに並んでいる子どもたちも口々に何かを言い始めました。ハクアは白雪姫の言葉を聞き逃すことのないように、耳をそばだてました。
「私は悪い子だわ。小人たちの仇も取らないで逃げているなんて。戦わなくちゃ。きっとこのままでは私の大切な国は悲惨なことになってしまうわ。あの王妃をどうにかしなくちゃ。逃げてはいけないわ。戦うのよ私。ハクアにもしっかりと言うのよ。逃げずに戦いましょうって。でも怖い。たまらなく怖い。何も出来ずにあの王妃に殺されてしまうのかと思うと何も出来なくなってしまう。勇気が、立ち向かう勇気が欲しいわ。負けてしまっても、小人たちが笑顔で迎えてくれるような私になる勇気が欲しい」
男は笛を吹くのを止めると言いました。
「なるほど。あの王妃に立ち向かいたいっていうのが白雪姫の勇気がなくて出来ないことなわけだ。でもその勇気は必要なのかね。僕には疑問だ。死にいくようなことをする勇気を君は必要だと思うかい?」
「必要だわ。いや他の人たちは知らないけれど、私には必要だし、実際、必要だったわ。白雪はどうか分からないけれど・・・・。けど、白雪が本当にそれがしたいと望むなら私は手助けをしたい」
ハクアは男の問いにはっきりと返しました。しばらくの間男のハクアは睨みあうように見つめあっていました。ですが男が口角をつり上げて言いました。
「君も白雪姫と死に向かうっていうのかい。それも既にその勇気が引き出されているなんて・・・。君の心は子どもじゃないよ。まるで・・・・そうだなぁ、何回かの逆境を乗り越えて死んだ人間の心のようだよ。この笛が効かない子に出会うなんて5,6年ぶりだし、君のことが気に入ったから僕も手伝ってあげるよ」
ハクアは男の言葉に色々な意味で驚きながら、今の状況について話しだしました。
「なるほど。兵隊のせいで国境を超えられないと。だけどそれなら問題はないよ。僕たちはこれから国境を超えるからね。着いてくるといいよ。問題はそのあとのほうだね。どうやってあの王妃と戦うかってことだよ」
「待って。どうやって国境を超えるの?通行手形か何かを持っているの?」
「そんなの持っているわけないじゃないか。この笛を使うのさ。兵隊の見逃す勇気を引き出すのさ」
「なんて・・・・・都合が良い笛・・。やっぱり貴方のことを信用できないわ。兵隊のところまで連れていって私たちのことを引き渡すかもしれないし、私みたいに笛にかからない人がいたら殺されてしまうかもしれない」
「君は本当に用心深いんだね。でもそうしていると何も出来ないよ。君は思ったより勇敢ではないのかな」
「よく言うでしょ。勇敢と無謀は違うとか。貴方の言葉をそのまま信じることは勇敢なことではきっとないわ」
「僕には、王妃に立ち向かうなんてこと無謀だと思うけどね。その無謀を成し遂げるには、僕の言葉くらい信じる器がないとダメじゃないかな」
2人がいがみ合って数分が経つと、白雪姫が男に合ってから初めて口を開きました。
「あれ?私は何をやっているの?」
2人が事の成り行きを白雪姫に説明をし終えると、白雪姫は言いました。
「ハクア、このままここにいるわけには行かないわ。この人を信じましょう。あと国境を越えたら頼れる人が私にはいるわ。あそこには私の王子様がいるもの」




