8. 人気者も楽じゃない
「あのっ! よかったら、これ、使ってください!」
そう言って、突然声をかけてきた子は、なにやら草らしきものが入っている革袋を手渡してきた。
「薬草だ」とリルハがつぶやく。名も知らない少女は、なんかはにかみながら言葉を続ける。
「ぼ、冒険者にとって、怪我は命に関わります! 薬草さえあれば、ある程度の傷は直せるので、その……がんばってください!」
「あっ……ありがとうございます……」
親切な人もいたもんだ。しみじみ感動していると。
「……じゃあ私も! これ毒消し草ね! 森に行くときは毒粉を撒き散らす蛾がいるから注意してね!」
「じゃああたしもこれ! スタミナが持続するポーション! 逃げる時に使って!」
「あたいもあたいも! これ、お古の投げナイフなんだけど、まだ使えるから!」
「あの、盾がないならこちらの『魔除けの盾』使ってください!」
「これ! 敏捷補正がかかるバンダナ! 余ってるからあげる! 余ってたから!」
「アンタ腹は減ってない!? 干し肉持っていきな!」
――なんだなんだなんだ!!!???
俺を中心に女性たちが物を恵んでくださるぞ!? まさか「女神の寵児」がフル発揮されちゃってます!?
あっという間に両手がいろんなもので塞がる。すぐに受付嬢さんがアイテムポーチを持ってきてくれたけど、薬に装備、食料に、時々お金らしきものが、お賽銭のごとく投げ込まれていく。よく見たらすぐそこの売店に駆け込んで買ったもの投げ込んでる人もいるぞ!?
一方のリルハもなんだかてんやわんやになっている。
「あっ! あの! みんな落ち着いて! コージィくんさすがに混乱してる!」
「っていうかリルハァ! こんないい男どこで拾ってきたのよォ!!」
「えっ!? いやその、『静謐』の奥で」
「そんなメルヘンがあるかァ! でもありそうね! ある!」
「リルハァ! アンタとは親友だけどこのミスティックボーイの独占は許さないわよ! 独占禁止ィ!」
次第にキャットファイトじみてきたぞ。あぁ、やめて。俺のために喧嘩しないで!!
混迷を極めまくった中、ふと、数人が俺に急接近してくる。
「えぇっとーぉ、コージィくん、だっけぇ? よかったら、お姉さんといっしょに、パーティ組まない?」
「まだどこ冒険するかも決めてないんでしょ! あたいと行こうぜ! バッチリいろいろ教えてあげるから!」
「あァァァーッ!! ダメェーーー! その子はあたしと組むのよォーッ!!」
眼前にて始まる女の戦い。景品は俺か。この俺か!?
「あっ、あの! その件はあとで話しましょうって!」
「ダメよォー! アタシといっしょに! 来てェー!!!」
発狂じみた声を上げる魔法使いのような格好をした女の人が手を伸ばし。
俺の、右手をがっしりと掴んで。
――この人痴漢です!!
ぐさり、と胸の奥底がえぐられるような響き。
握られてる。動けない。全部この女の思うままにされてしまう――
「ああああああああああああああ!!!!!」
目の前が真っ白になり、掴まれた右手を強引に振り払う。
そのまま、脇目もふらずに、ギルド詰所の出口めがけて走り出す。
「っ!? コージィくん!?」
遠くからリルハの呼ぶ声が聞こえたが、それも無視して、ただひたすら、走り続けた。
――足元が線路に見えなくなるまで、一目散に。