32. ギルドに帰るまでがダンジョン探索です
力を使い果たして気を失ったリルハを地面に横たえ、さっきまでナグルファルがいた場所を見る。
黒一色の巨体は影も形もない。花びらのように舞い散る光の欠片だけが、ヤツがいたことを儚く示している。
しかし、よく見ると、なにやら黒く光る水晶玉のようなものが落ちている。
「……ドロップアイテムかなにかか?」
モンスターを狩ればモンスターの素材が手に入るのは定番の流れだ。ドラゴンならレアな宝玉が落ちるだろうか。
……なんとなく、そんなイージーな気はしないけれども。
ゆっくりと、恐る恐る黒い宝玉に近づいてみると。
『――なぜだ、力はオレの方が上のはずだったのに』
宝玉が、しゃべった。脳に直接語りかけてくるわけではない。宝玉から声が発せられている。
もはや驚くようなことではない。ナグルファルの声だった。
「悪いが2対1だった。大人気なかったよ」
倒してしまったからか、不思議と恐れはなかった。
軽くあしらうように「ナグルファルだったもの」に話し返す。宝玉から、苦虫を噛み潰すような、悔しさに満ちた声が聞こえてくる。
『憐れむな……いつもそうだ……結局オレは前世からみじめなのか……』
「……お前、いったいどうやって死んだんだ」
『フッ、しょうもなさすぎて笑うぞ』
「……俺も十分しょうもないさ」
『ぬかせッ!!』
ナグルファルだったものが一喝する。なぜだろう。顔は見えないのに、今にも泣きそうに感じられた。
「痴漢に間違われて、冤罪を逃れるために逃げ出したら――階段から転げ落ちて死んだなどッ! それに勝るみじめな最期なんて――」
「――同じだ」
「えっ」
あまりにも、意外すぎる言葉だった。
痴漢。冤罪。そして、事故死。
俺にしか縁のないことだと思っていた。俺にしか降り掛かっていない不幸だと思っていた。
……この黒竜になってしまった、かつて俺と同じ、現代人だったヤツも、同じだった。
痴漢冤罪。それは、全ての通勤電車族の男に降りかかる、天災なのだ。
「俺も痴漢の冤罪をふっかけられた。そして、訴えられまいと線路に逃げたら、そのまま別の電車に轢かれてオジャンさ」
「……なんてこった。同じ最期なのに、来世で辿る結末が、こんなにもちがうとは」
思えば、俺とナグルファルは、同類なのだろう。
同じ最期に、同じ転生の運命を辿り。
なのに――こうして向き合う俺たちは、ずいぶんと対照的だ。
「ひどい話だ。お前は女に愛されまくって生き残り、オレは独りで朽ちるか」
存在そのものが「強大」を意味するチートなナグルファルは、「女神の寵児」は規格外の「愛される」チートとは、まるで異なるだろう。
ただ、ひたすらに強大で、恐れられるべきもの――彼の傍らに、リルハのような存在はいたのだろうか。
「ずっと独りか、お前」
「竜に転生したんだ。竜が人と交わることなどありえないだろう」
それもそうだ、と思った時、ふと妙案が浮かんだ。
「……サイズによるんじゃないかな、それ」
竜にもいろいろある。少なくとも、俺がフィクションで見てきた以上は。
巨大で、強靭な、比類なき怪物としてのドラゴンと。
小さく、愛らしい、マスコットとしてのドラゴン。
奇しくも、脳裏には、膨大な魔法のライブラリから見つけた、うってつけの魔法があった。
* * *
「……うっ、うーん……」
気を失っていたリルハが目を覚ます。
ぱちくりと周囲を見回し、ほどなくして、抱きかかえている俺と目が合う。
「あれ、コージィくん、いったいなんで……」
そこまで口にしたところで、顔が一瞬で真っ赤になる。
いま自分が置かれている状況に気づいたのだろう。リスのようにわたわたとし始める。
……目が覚めたらお姫様抱っこされていたら、さすがに慌てるよな。
「あ、あわわ、あわわわわわ!!」
「どうどう、落ち着いて落ち着いて」
「えっ、あっ、あややっ、おっ、おろして! おろして! 大丈夫だから!」
「まぁまぁ。かなり消耗してたし、しばらく目は覚まさなかったし……休憩だと思って、さ?」
「うっ……うぅ……」
ものすごく恥ずかしそうにしながらも、リルハはお姫様抱っこを受け入れたのか、俺の腕の中でおとなしくなる。
ぎゅうっと縮こまる姿からは、さっきまでの無双ぶりを感じさせない。恥じらう等身大の女の子だ。
「……そういえば、ここ」
「ん? あぁ、あの……部屋から、上がってきたんだ。たまたまいじってみたら、動いちゃってさ。もうすぐ、みんなのいるところに戻れるよ」
より正確には、「ある協力者」に動かしてもらったのだけれども、そのへんは説明しないことにした。
軽く目配せすると、その協力者も、ちょうどリルハの頭の後ろで首を縦に振った。
「……倒したん、だよね」
リルハが、天井をぼうっとみながらつぶやく。
まだ、信じられないといった表情。だけども、ヤツを倒したのは、紛れもなく彼女だ。
「あぁ、俺達の勝ちだ。君のおかげだ。ありがとう、リルハ」
すでに赤かったリルハの顔がさらに真っ赤になる。林檎のように赤い、はにかむ表情を浮かべている。
愛らしかったが、彼女がいなければ、今ごろ俺は死んでいたかもしれない。彼女にただただ感謝しているのは、まぎれもない事実だ。
しばらくは、リルハは嬉しそうな顔のままお姫様抱っこされていた。が、ふと、俺の肩を飛び回っている存在に気づく。
「……コージィくん。これ、いったい……」
「ん? あぁ、こいつか?」
それは、あのナグルファルのように黒いけど、とても小さく、子犬ほどの仔竜。
「……実は、さ……」
事前に考えてあった「ウソ」を、リルハに告げる。
心底驚いたような、だけども自分の事のように、彼女はうれしそうに笑った。
「――いいと思う! わたしからも、みんなに相談してみる!」
……彼女にウソをついたのは気が引けるけど、嘘も方便、ということわざもある。
――俺と同じ末路を辿った同類だ。できることなら、俺のような幸せを得てほしい――これも、偽らざる本音だった。




