31. 女神の加護
「いくぜ――リルハッ!」
親愛を消費し、新たに獲得したスキルを起動する。
《「女神の加護」発動。対象:リルハ》
起動ログの発生とともに、リルハの体が、輝かんばかりの光に包まれる。
「な――――ッ?」
突然の異変を前に、ナグルファルが困惑の声を上げる。
異変は見た目だけではない。膨大な魔力が、リルハの体に染み渡り、そして彼女自身の身体から放出し始めるのを、たしかに感じる。
そしてなにより、本人がそれを強く感じている。
「……すごい。すごいよ! コージィくん!」
驚きと、喜びに包まれた、まぶしいまでの笑顔が、自信に満ちた視線を黒竜に向ける。
「さぁーー見せてあげるっ!」
瞬間。
白い少女騎士の体が消え。
ザンッ、と刃が鳴り響き。
ナグルファルの左腕が、地面へと落下した。
「は――――?」
素っ頓狂な声を上げるナグルファル。なにが起きたかもわからぬような、これまで聞いたことのないマヌケなトーン。
その直後、今度は左の翼が、中ほどから断ち切られる。
さらに左首側面が、左足首が、右脇腹が。
閃光が一つ瞬くたびに、漆黒の巨躯から、鮮血が噴出していく。
「GAAAAAAAAAA!! この――小娘がァァァ!!!」
突然の想像もつかない反撃に、黒竜は憤怒の声を上げる。
残された右腕と巨大な尾を振り回すも、彼女の体は止まりもしない。
だが、俺の眼は、その姿を追うことができる。
筋力、体力、瞬発力、魔力、全てが10倍近くにまで増幅した身体は、地面を蹴るだけで音速に近い速度を発揮。仮に攻撃が直撃しても、「無敵」状態によって攻撃自体がなかったことにされていく。
蝶のように舞い、蜂のように刺す――そんな彼女の戦闘スタイルが、極限まで強化され、竜の強靭な体を切り刻んでいく。
「おおおおおのれえええええええ!!!!!」
咆哮とともに、ナグルファルの頭上に無数の魔法陣が出現。
天井を覆うほどの数の魔法陣が、禍々しく紅く輝き、攻撃魔法の発動準備を整えていく。
リルハごと周囲をぶっ壊す気だろう――それが絶好のスキだ。
「――爆ぜなッ!!」
ヤツの魔法発動より先に、俺の詠唱が完了する。
黒竜の周囲を取り囲むように出現する、青白い稲光の群れ。
ギョッ、とひん剥かれる紅の瞳――悪いが、気づくのが遅い。
上から、下から、右から、左から、蒼の稲妻が、逃げ場のない一斉砲撃を描く!
「GGGYYYYYYYAAAAAAAAAA!!!!!!」
ナグルファルの全身が弾ける。
黒い鱗は陶器が砕けるように飛び散り、下より現れた皮膚、リルハによってもたらされた裂傷は、鮮血を沸騰させながら焦げ付いていく。
やがて、鱗の大半が破壊され、目に見える皮膚が真っ黒に焼けただれた巨大な体は、至る所から赤黒い血を噴き出しながら、腹ばいに地面へ倒れていく。
満身創痍のナグルファルの前に、リルハは鮮やかに着地する。
傷一つない姿は、まばゆい桜色のオーラを身にまとっていた。
華々しくも凛々しい騎士を包む、神々しくも朗らかな光は、「聖女」という言葉を真っ先に連想させる。
「……もう終わりだよ。あなたには、これ以上戦う力はない」
毅然と言い放つリルハ。だが、瀕死の身でありながら、真紅の瞳には、未だに怒りが灯る。
「――――――なめ――るな――ニン――ゲン――ッ!!」
牙と牙の間から血があふれ出るのも厭わず、竜は吼える。
横たわる体の真上に出現する、百を超える火球。
この期に及んで、まだこれだけの力が残されているとは。その力と執念には、敵ながら感心させられる。
「だったら、わたしも手加減しない……」
そう告げると、リルハは右手の剣を眼前に掲げる。
祈りを捧げるように、静かに言葉が紡がれる。
「我が剣技、その秘奥をお見せしよう――!」
彼女を包む光が、より一層強まる。
剣が高々と掲げられ、まばゆく輝く星のように、刀身が輝く。
「桜花・秘剣ーー百花閃乱!!」
優雅な、演舞のような横一文字斬り。
空を切る刃。その軌跡から、桜色の光が、巨大な刃の形状で放たれる。
その桜色の光刃が、宙空で分裂し、同じ大きさのまま、十以上の光刃へと変容。
さらにそれらが分裂し――無数の光刃が、ナグルファルと火球を、まとめて斬り裂く。
さらにリルハは、舞うように剣を振り続ける。
一閃ごとに放たれる、光刃の桜吹雪。千、いや万を超える、見とれるほど美しい、光の斬撃。
黒竜の首が。
黒竜の腕が。
黒竜の翼が。
黒竜の腹が。
黒竜の尾が。
無数の火球たちとともに、斬撃の奔流へと飲まれていく。
断末魔は響かない。
魔王竜・ナグルファルは、桜色の光の中へ消えていった。
* * *
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ナグルファルが消し飛んだ後、リルハの体から、「女神の加護」の光が立ち上っていく。
湯気のように上へと流れていくオーラの残滓。やがて彼女から「女神の加護」が抜けきると、肩がさらに上下を始める。
「……コージィ……くん……みて……た……?」
息も絶え絶えになりながら、こちらを振り返る。
額から汗を垂れ流しつつも、清々しい笑顔が、惜しげもなく、こちらに向けられる。
「あぁ。最高だったぜ、リルハ」
正直な気持ちを彼女に告げる。紛れもなく、彼女は最高にかっこよく、そして美しかった。
「…………ぅん……」
満足気にニコッ、と笑うと、最後の力を使い果たしたように、倒れ始める。
傍に駆け寄り、大一番を終えたリルハの体を抱きとめる。
放心したような、だけども安心したような、そんな笑みが浮かんでいる。
「……本当にお疲れ様」
軽く、やわらかな体が、この上なく頼もしく、愛おしく感じられた。




