表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/36

29. いずこより来たれり、黒翼の王

 最高に空気の読めないタイミングで、長かったエレベーターは終着点に到着した。

 リルハとともに眉をひそめながら、突如壁に開いた長方形の「出口」へと一歩を踏み出す。


「……マジ、か」


 出口の向こう側は、ただただ広大な空間だった。

 白一色の空間。あの、神さまが現れた空間を連想させるけど、決してここは異空間ではない。地下の岩盤を、見事なドーム状に切り抜いた「大空洞」だ。

 見上げればおよそ3フロア分の高さはあろうか。だだっ広い空間にはなにも配置されておらず、「なにもかもが白い」という点を除けば、野球ドームにも似ているなと感じる。

 

 その、意図的なまでに人工的な場所に――ヤツはいた。

 黒曜石のような鱗に、鋭い真紅の瞳。

 切り落としたはずの両腕は、何事もなかったように生え変わっており、全身に与えた傷という傷も、まるで見当たらない。

 あの夜、この目に焼き付いた、漆黒の巨体。

 討伐対象の黒竜は、あたかもボスモンスターのごとき風格で、そこに鎮座していた。


 反射的に腰の剣に手をかけ――抜刀を思いとどまる。


「なんか、小さく、なったか?」


 直感的に抱いた疑問を口にすると、剣山のような牙が生えそろった竜の口が開き、


「――左様」


 言葉を、発した。


「……はっ?」


 聞き間違いではない。だが、どう考えても、聞き間違いにしか思えなかった。

 あの夜、激昂したヤツは、「言葉っぽい鳴き声」なら、たしかに発した。

 だが、いま眼前に立つ黒竜は、はっきりと、流暢な「言葉」を発した。

 ……俺の頭がおかしくなったか?


「――マヌケ面め。だが無理もあるまい。オレも今さっき、言語機能をここまで復帰させたばかりだ。3日もかかったのは想定外だったがな」


 おかしくなったわけじゃなさそうだ。隣のリルハも、「竜が人の言葉しゃべってる」と、ぽかーんとした顔をしてつぶやいている。


「……復帰させた、っていうのはどういうことだ? 『獲得した』ではなくって?」


「言葉通りだ。もともと有していた機能を手放し、そして取り戻したまでのこと。完全な徒労よ。貴様さえいなければ、わざわざ人語を話すだけの知性も必要なかったものを」


「もともと……? なのに、わざと手放した?」


「言葉とは人間が持つべき機能。獣には扱えぬ『過剰』な機能だ。故に、言葉を話すためには身体を人の側へ近づける必要がある。そのために竜としての力を削ぎ、結果として身体が小型化するだけのこと――無論、その逆もまた、然り」


「……だからあの時はそのまんま竜みてーな言動だったわけか」


 知性と引き換えに得られる、凶悪なまでの破壊力を誇る巨体。

 ただそこを歩くだけでなにもかも蹂躙できるなら、たしかに「考える必要性」すらなくなってくる。

 「巨獣に敵なし」ということだろう。怪獣映画でも見れば、誰でも理解できることだ。

 そして浮かぶ疑問。俺よりも先に、リルハが口にする。


「……それで、なんでその逆をやろうと思ったんですか?」


「ほう、あの時殺したはずだったが、やはりそこの男が蘇生させたか」


「質問に答えてください。わたしがいまここにいることとは関係ないはずで――」


「あるとも。そこまでの魔法を使える人間を相手に、獣では勝てない。それだけのことだ」


 つまるところ、あれだけの魔法を行使した、俺を危険視した末の行動、ってことか。

 黒竜の目を見る。獰猛さが減った代わりに、より鋭利な敵意が、俺に向けて注がれている。


「……そんなに俺が怖いってか?」


 軽い挑発を投げかける。真紅の瞳が燃えたぎるように怒る――と思っていたが、その目は思慮するように細められた。


「違うな。『焦り』、そして純粋な『対抗意識』だ――『同類』よ」


「……同類?」


「コージィ、とか言ったな。貴様を殺す前に、一つだけ問うておこう――」


 同類、という異質な言葉。その真意を正す前に、黒竜は、予想だにしなかった問いを投げかけてきた。



「――貴様、都道府県でいうと、出身はどこだ?」



「――――――ん?」


 頭から漂白剤をぶっかけられたような感覚に陥る。


 はて。俺はいよいよ本格的に頭がおかしくなったか。

 目の前には「人語を話す竜」。まぁこの時点で自分の狂気を疑う。

 だが、隣には、いよいよ両目に「?」を躍らせるリルハがいる。きっとリルハも聞こえている。今さっきのヤツの言葉を。

 ……「都道府県」なる単語を。


「……コージィくん、その、言ってること、わかる? 『トドウフケン』って……」


 どうする。説明するか。いや、これまでの俺の経緯並に説明できない。そもそも行政区画の概念、この世界にあるのか。そういや。


「……すまん、リルハ。ちょっとだけ、ついていけない会話をヤツとするから、見守っていてくれ」


 逡巡の末、説明を諦めた俺は、行儀よく答えを待っている黒竜に向けて告げる。


「埼玉県だ」


「ッカァーーーーー埼玉か、埼玉か……」


 うなだれた。黒竜がたしかにうなだれた。「埼玉」を連呼しながら。

 悔しそう。見るからに悔しそう。悩ましげに両目閉じちゃってるもん。

 これアンブッシュできるんじゃない? あまりにしょうもないからやらないけど。


 ……その反応を見て、否応にもこの黒竜の「正体」を察してしまう。


「……そういうお前はどこ出身だ」


「栃木県」


「あぁ~~~……」


 わかった。うなだれた理由がわかった。首都との距離だ。絶対そう。群馬県出身の同僚も同じリアクションしたことある。


 ただただひたすらに無念な表情を浮かべていた黒竜だったが、ほどなくして、元の殺気立った竜の顔へと戻る。

 口元には溢れ出す紫炎。視線に込められた殺意も、より一層強まる。


「……同じ転生者である時点で見過ごせないと思ったが、まさか、まさか同じ関東の中でも、一番気に喰わん県の人間とは! なおさら、生かしておけんな」

 

「待て待て待て! そんな小規模な理由で俺に殺意向けるワケ!?」


「戯け。大元の殺意に薪をくべただけの話よ。まぁ――東京の人間だったら、すでにお前を殺していたがな」


「……そこまで『同郷』の存在がお嫌いかね、黒竜さんよ」


 さすがに、都道府県レベルの争いには嫌気が指してくるので、この流れでもっともヤツが気に食わないであろう言葉をぶつける。

 案の定――真紅の瞳は、燃えたぎるマグマのように、爛々と輝きだす。


「無論だ。『最強の竜』として転生したのだ。この世界にオレより強い存在がいることなど、許しがたい冗談よ。ましてや『最強の人間』として、あそこまでデタラメな能力を振るわれては――なりふり構ってなどいられまい」


 そこまで告げると、栃木より転生せし黒竜は、巨大な咆哮を上げる。

 ドーム状の大空洞を遍く震わせる、大音量の雄叫び。室内であるせいか、音はさらに反響し、反射された音圧の渦が、台風の如き暴風を生み出す。

 かろうじて踏みとどまり、見失わないようその巨体に視線を注ぎ続ける。


 そして、異様な光景が姿を現す。

 魔法陣だ。黒竜の身体を囲むように、3つの小さな魔法陣が回転し、それらが直線で結ばれ正三角形を描き、1つの大きな魔法陣を構築している。

 その姿は、ドラゴンというより、魔王。


「――我が名は魔王竜・ナグルファル! 竜の身にして魔導を支配せし存在! 魔導に関してはこちらの方が先達であることを、思い知れ!」


 魔法陣が禍々しく紅く輝き、黒竜――ナグルファルの頭上に、無数の火球が出現する。

 それら全てが、一斉にこちら目掛けて放たれる。さながら、流星群のように。

 ……数えるのもバカバカしい個数。当然だが、避けられるわけなどない。


「――上等!!」


 脳内から最上位の風魔法を探し当て、間髪をいれず呪文を詠唱する。

 俺とリルハを包み込むように吹き荒れる、風の城壁。

 雪崩のように降り注ぐ火球の雨が、吹き荒れる風に巻き込まれる。

 膨大な数の火球は、暴風をもってしても消しきれず、呼び出した烈風の渦は、瞬く間に火柱となって霧散する。


「フン、防ぎきるか。ますます腹立たしい!」


 生え変わった両腕を指揮者のように振り上げると、ナグルファルの足元で、魔法陣がさらに回転する。


「生憎、物覚えだけはとてつもなく優れた身体なんでね!!」


 これ以上ヤツに魔法を撃たせるわけにはいかない。

 剣を引き抜き、竜の魔導師と距離を詰めるべく、ありったけの早さで駆け出す。



 悪いが、腕が立つのは魔法だけじゃない。なんでもありの「女神の寵児」の真髄、見せてやるよ。



「……ねぇ! 結局どういうことなのっ!!」


 そして少し遅れて、リルハも怒りながら追いついてきた。ぶっちゃけ俺もわからん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ