27. なにもないスペースを探索する時間を数えろ
「……さて、この中だが」
エルダースライムの巨人を一蹴し、俺とリルハは、目的の大穴の中へと足を踏み入れる。
駆け寄ってきた他のメンバーには、後方の監視をお願いしている。
湖底はともかく、この穴からあのスライムが飛び出さない、とは限らない。速攻で対処できるメンバーが先行すべき、という判断だ。
なお、湖底を走っていた紋様は、スライムを全滅させた途端、発光がおさまっている。
やはり一連のスライム召喚は、一種の防御機構だったのかもしれない。とすると、この奥は。
「……なんかドキドキするね」
「あんなことあったしな。ゆっくり進もう……」
そうして、穴の中へ一歩ずつ進んでいく。後ろから妙なヤジが聞こえる気がするが、聞かなかったことにしよう。
大穴は想像以上に巨大だ。ともすれば、「静謐の洞窟」の入口ほどの高さはある。
奥へ進むごとに暗くなっていき、数分歩くだけで入口からの光も届かなくなり、なにも見えなくなる。リルハが剣の先に灯した、探索用の照明魔法だけが頼りだ。
正真正銘の洞窟探検。ある意味、こちらに来てから初めての、冒険者らしい探検かもしれない。
内心、少しだけワクワクしているのだが、リルハの表情は打って変わって険しい。
「……なにか妙か? リルハ」
「……うん。なんか変だな。入口からして、自然にできた洞窟だと思ってたんだけど――ちょっと人工的すぎる」
「人工的?」
「普通さ、洞窟だったら、天井や足元が、多少はデコボコしてると思うの。だけどここ、足元はタイルを敷いたように真っ平ら。天井なんて……きれいなトンネルすぎる。こんなきれいなアーチは自然物ではできない」
言われてみれば、たしかに「洞窟」というより「トンネル」といった方が自然な構造だ。そもそも、素材からして、整形された石材のようだった。
ともすれば、几帳面すぎるほど。
……この奥に石像とか置かれた大広間が出てきても、不思議ではない。
と、思っているうちに、トンネルが終わりを告げる。
たどり着いたのは、大広間と言うには小さすぎる、円形の小部屋だった。
それも恐ろしいほど精巧な正円。まるで湖と設計者が同じかと思うほど。
「……思ってたより狭いかも。遺跡、というにはちょっとしょぼいかも……」
肩を落とすリルハ。やはり期待していたのだろうか。世紀の大発見とか。
「とはいえ、ここにあのスライムが集まろうとしていたのはたしかだ。リルハ、なにか不自然なものとかないか?」
「うーん、この部屋自体」
「あまりにもざっくりだな!?」
「そりゃそうだよぉ。こんな人工的で、かつこじんまり、ってなると、古代人の神殿というより……魔術師の隠れ家だもん」
「隠れ家? 魔術師って、そんなもの作るのか?」
「力があって、かつ人目にふれちゃマズい研究をしている場合に多いかな。でもこんな狭い場所でできることなんてあるかなぁ」
見渡す限り、せいぜい篭って本でも読むくらいの用途以外思いつかない。
そのくらい、狭い。生活も難しそうだ。大学時代、よく遊びに行った友人の下宿が四畳半だったが、体感ではそれよりも狭い。
このサイズ感、なにかに近い。こう、部屋ではないけど、人が「入って」、なにかをするための……
「……エレベーター?」
ふと、口をついて出てくる、近しい存在。無論、リルハは目に「?」を浮かべている。
魔術師のエレベーター……ロマンがある。そして、この世界ならあり得る。
となれば、スイッチがあるはずだ。ボタンはどこだ。
再び見渡す限り、そんなものは見当たらない。そもそも円形だ。円形のエレベーターには入ったことがない。
「……待てよ? スイッチが壁にあるとは限らないぞ? そもそもボタン式か? レバー式って可能性は……」
「コージィくん……なにしてるの……」
挙動不審に見えるのだろう。リルハの目が徐々に呆れたものになっていく。
それでも探索をやめられない。怪しい部屋があったらくまなく探してしまうタチだ。そのせいでゲームのプレイ時間が無駄に伸びることがザラにある。
「ん……?」
ふと、床に妙な紋様が刻まれていることに気づく。
少し暗がりだったせいで気づかなかったのか。部屋の中心に、コインほどのサイズで、なにやら魔法陣めいた紋様が刻まれている。
――とても、とても怪しい。
「ねぇコージィくん、さっきからどうしたの……?」
「いや、その、なんかここに変な魔法陣が」
「変な魔法陣……?」
怪訝そうな顔を浮かべているリルハに指し示すため、その魔法陣を人差し指で触れる。
その瞬間だった。
部屋全体が、青白い光につつまれる。
「ぬおぉっ!?」
「うわあっ!? まぶしいっ!!」
強烈な閃光で目がくらみ、思わず二人揃ってしゃがみこんでしまう。
一体なにが起きたのか。だが、この感覚にはおぼえがある。
ほんのついさっき、湖底へ踏み込んだ時と、全く同じ展開だ。
続いて、部屋全体がきしむような音を立てる。
またスライムか――身構えた途端、ふと、おかしなことに気づく。
「……天井……高くなってないか……?」
ゴゴゴゴ、という音を立てながら、上へ上へと上がっていく天井。
部屋が伸びているのか。それとも俺が、不思議の国のアリスよろしく小さくなっているのか。
……その答えが「床が下へ降りている」だと気づくのは、真上へと上がっていく部屋の入口を、どう見ても飛び上がれない位置にあることを悟ってからだった。
間違いなく、これは魔術師のエレベーターなのだろう。
ところで、上へ行くボタンは、どこにあるんですかね?




