25. やつらは無限再生のスライム軍勢
湖から、栓を抜いた浴槽のように水が消える。……それならまだ「大地の異変」で済まそう。
水の消えた湖底に、あぶない古代遺跡めいた光る紋様が現れる。……それはどう説明する?
「なんてこったい……」
リルハも口をあんぐりと開けて、思わずおかしな口調になる始末。
衝撃の展開に言葉を失うパーティ一同に対し、突如現れた「湖底の紋様」は、まるで招くように光を発し続けている。
ぼわーん、という効果音でも似合いそうな淡い光。さながらチョウチンアンコウだ。
「……とりあえず降りてみなーい? なんかちょうどよさそうな坂もあるしー」
淵に一番近いところにいた大剣使いの女性が、こちらに向けて尋ねている。
見やれば、なるほど、たしかに人が2人ほど通れる「なだらかな坂」のようになっている箇所が、一箇所だけある。
他がほとんど垂直でタライのようなのに、まるで入口のように坂が設けられた、湖。
……もはや湖ではないだろう、これ。完全に遺跡か古代遺跡かヤバい遺跡だ。
「うーん……リルハ、これどう思う」
「どうと言われても……こんなもの見たことし……かといって安全なようにも……」
「だよなぁ……」
いかに危険と隣り合わせな冒険稼業とはいえ、目に見えた地雷へ飛び込むのは、さすがに避けるべきだろう。命あっての物種だ。
「ちょっと作戦立てるべきだな。みんな少しだけ待――っておいいいい!?」
号令をかけようとした時には、すでに遅し。前衛組がゾロゾロと坂を降りている。
意気揚々と武器を振り回して歩いていらっしゃる。みんな! もうちょっと警戒心!
そして他の方もにぎやかについていく。みんな!! もうちょっと!! 警戒心!!
「……まぁ、降りちゃったものはしょうがないん……じゃないかなぁ……」
呆れ半分な笑顔のリルハも、ランチボックスをポーチへ押し込みながら歩き始める。あぁ、素晴らしきサンドイッチが。
「……まぁ……なんとかなるか、なぁ……」
若干不安だが、チームの勢いを削ぐというのもあまりよろしくはない。
人数はいるし、なにより俺のスペックがある。多少のトラブルはなんとかなるだろう。
そうして、意を決して坂の入り口へ向かい始めた――その時だった。
「えっ――?」
突如、湖底を奔る紋様が、より一層の光を放ち始める。
思わず目を閉じるほどにまぶしい光量。視界がふさがれる中で、聴覚がさらなる異変に気づく。
(……水が、流れる音?)
まさか、降りてきた人間をまとめて土佐衛門にするトラップだったか。
まずい、引き返せ――そう叫ぼうとした直後、予想だにしない光景を目の当たりにする。
まばゆく輝く紋様から。
水が重力に逆らって「立ち上り」始めて。
まるでスライムのようにぐにょぐにょと形を変えて。
まるで――ヒトのような姿を。
次から次へと、紋様から現れる「ヒトの形をした液体」たちを見て、リルハが血相を変える。
「これ――まさか、エルダースライムじゃ!?」
「それ、スライムの一種?」
「一種、というか……むしろ原典っていうか……」
エルダースライムと呼ばれるモンスターらしき存在は、湧き水のようにさらに数を増やしていく。
湖底を埋め尽くすかのごとく現れたその数は、数十ではくだらない。100体か、あるいは200体か――
「いまこの世界に野生で存在するスライムに、あぁいったやつらはいないの。もっと古い時代、魔力がそこかしこにあった時代の『野生のスライム』が、あれ。いまは高位の召喚士でもなければ喚び出せないんだけど……!」
「……あんなに呼びさせるもの?」
「ぜったい、ありえない」
力強く、リルハは断言した。
ありえるはずのない、数多のエルダースライム。「腕」の形はあたかも剣を握る剣士のよう。
顔こそ見当たらないが、にじりよる姿からは、安穏な気配は感じられない。
――間違いなく、敵対者を排そうとしている!
「――構えろッ!」
俺が皆に告げるや否や、各所で戦端が開かれる。
前衛組の対応は早い。エルダースライムたちが集まるより先に接近、ある者は袈裟斬りに、ある者は頭部を貫き、その液体でできた身体を破壊する。
数こそ多いが、動きは遅い。各個撃破で、1つずつ仕留められていく。
「よし、これなら――」
「いや……後衛の人、『撃破したスライム』に気をつけて!」
突如、リルハから謎の警告が。
首を傾げている間もなく、異変は飛び散ったスライムたちの破片に起きる。
……ゆっくりと集まっている。
水滴のような破片は徐々に大きくなっていき、再び元の人形をかたどる。
多少サイズが小さくなっている気がするが、斬られる以前の姿を取り戻している。
「えっ!?」
「うそっ、どういうこと!?」
「再生!? 再生しちゃうわけ!?」
異変に気づいた前衛たちがどよめき始める。
倒したはずのエルダースライムたち。飛び込んだ前衛を挟み撃ちにする位置へ復元される姿は、嫌なボス戦のルーティンを連想させる。
……そうだ。こいつら、まさにボス戦みたいな厄介な特性だ。つまるところ、この湖底自体が――
「……エルダースライムは復元能力を有している。その身体を構成する『水』を、根こそぎ消滅させなければ、倒せない」
後衛の一人が放った雷撃魔法で再び撃破されるスライムを見て、リルハは苦虫を噛み潰したような顔で語る。
雷撃で蒸発したスライムの破片はたしかに再生しないようだ。だが、残された破片は、それでもあらたな個体を再生させていく。
「……キリがないじゃないか」
近接攻撃と、弓矢による射撃で身体を破壊し、破片が集合するまでに魔法で焼き殺す。
パーティの冒険者たちは徐々にコツをつかみ、着実にエルダースライムを撃破していく
――が、それでも遅々として、だ。このままでは、ジリ貧になって押し負ける。
威勢こそいいが、あと1時間、もってくれれば御の字だろう。
どうする。
極めた魔法を振るえば、間違いなく一掃できる。
だが、規模を抑えなければ、みんなを巻き添えにしてしまう可能性がある。かといって、後衛職が使う程度の魔法に抑えたら、「後衛が一人増えた」だけだ。ジリ貧になる可能性がぬぐえない。
より高威力の魔法を、限定範囲に振るうには。
――方法はいくつかある。その中で、最も高速かつ、「あること」が可能そうな方法。
「……よし」
腰から提げていた、新装備「銀の直剣」を鞘から引き抜く。
密かにもらっていた、黒竜討伐の報酬で新調した、威力に優れ、「魔法伝導に長けている」という隠れ特性を持つ、高級装備。
刀身と同じく銀でしつらえた柄には、ピンポイントに豪奢なレリーフ。鉄の剣よりも見栄えがよく、駆け出し冒険者憧れの装備、市場調査No.1。
グリップを強く握りしめ、体内で渦巻く魔力を注ぎ込む。
「……リルハ、俺のやろうとしてること、マネできるか?」
同じく抜刀しているリルハが、きょとんとした顔を一瞬だけ向ける。
――魔力伝導、完了。刀身を伝う魔力に向け、ルーンの呪文を唱える。
青白い稲光が、銀の刃を奔る。
あの黒竜めがけて放った、古代の雷撃召喚魔法――それを刃の上へ展開する。
蒼電の剣を掲げ、前衛目掛けて駆け出す。
突然の大将の突撃に、困惑する人たち。その視線をよそに、エルダースライムたちの前へ踊り出る。
敵の襲来に反応し、3体のスライムが接近し、水の剣が振るわれる。
――それよりも先に、こちらの剣を一閃する!
「はあぁぁっ!!」
剣閃の跡を、蒼の稲妻が駆け抜ける。
その瞬間、俺を囲んでいたエルダースライムの体が、一瞬で爆散。破片となって地面へ落ちる間もなく、大気中へ霧散していく。
「――魔法剣攻撃!?」
前衛の一人が、驚きの声を上げる。
その威力にか、あるいは、魔法を剣へ局所的に展開する技量にか。
どちらにせよ、これほどの一撃は、チートを使える俺にしか振るえまい。
だが――それに追従する一撃なら。
俺の右隣で、桜色の電撃が跳ねる。
鮮やかな回転斬り。まるで踊るように一回転した瞬間、5体ほどうごめいていたエルダースライムが、たちまち蒸発していく。
桜雷と水飛沫が舞い散る中に、純白の騎士は、凛々しくそこに立っていた。
「――その威力ほどじゃないなら、ある程度は!」
電撃をまとわせた細剣を一振りさせながら、リルハは、自信満々の表情を見せてくれる。
この子ならば、俺の本気にだって、ついてこれるはずだ。
「皆はこいつらを『破片』にし続けるだけでいい! あとは――俺とリルハで蹴散らす!」
再び雷撃を刀身へ奔らせながら、俺は40名のパーティに向けて叫ぶ。
――さぁて、攻略開始といこうか。




