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2. 生まれたままの姿で始めましょう

肌寒い風が顔に吹き付け、目を覚ました。


「おっ……着いたか、これ……」


 行き倒れのように倒れていた身体を起こす。生前の友だった肩こりとか胃痛はまるでない。本当に生まれ変わったようだ。

 あたりを見回すと、どうも俺が目覚めたのは洞窟の中のようだ。

 目の前には地底湖のようなものが広がっている。薄暗くはなく、馬鹿みたいに天井が高く、かすかに光が差し込むところも見える。地下深く、ということはないみたいだ。


「にしたって洞窟って。ガイドもなしに放り込む場所じゃねーだろ」


 地図もなしにダンジョンの奥底から地上へ這い上がるのは楽じゃないだろう。

 とはいえ、痴漢冤罪から逃げ切るよりかは、ずっと気が楽だ。


 さて、神さまはこう言っていた。「容姿は美男子にしてやろう」と。

 お世辞にも前世はイケメンとは言い難い微妙な顔だったわけだが、それをどうビフォーアフターしてくれちゃったのか。

 そして幸運なことに、すぐそこにでかい鏡がある。

 ちょっと冷えてきた身体をさすりながら、地底湖に近づく。透明度バツグンな天然の鏡を覗き込んでみると。


「……おぉ……!」


 思わず息を呑む。水面からこちらを見返しているのは、銀髪が異様にハマってる精緻な顔つきの白人。

 ちょっと幼めな感じはするが、いやいやどうして。RPGのキャラクターを現実に出力したような美少年になってしまっている。俺が。

 神さまありがとう。この身体、すでに最高です。

 が、同時に見過ごせない問題も発見してしまった。


「……なんで素っ裸なんだ?」

 

 服はおろか下着も未装備。文字通り生まれたままの姿だ。どうりで寒いわけである。

 あっ、そうか。生まれ直してるから服なんて着てるわけないってか。なるほどな! もうちょい気を利かせてくれ。


「まぁこれ以上の贅沢もないしな……な~に、服代わりの布っきれとか草くらい、そのへんにでも転がって――」


 と、後ろを振り返ってみると。


「グルルルル……」


 ザ・飢えた獣的な唸り声。ザ・猛獣めいた鋭い牙。

 どこからどう見ても狼のようななにかが立っている。全長? 2メートルくらい? うん、これはどう見ても。


「た……食べないでくださ~い……な~んて……」


「グルルルァァ!!」


 命乞いむなしく狼のようななにかが跳躍。こちら目掛けて飛びかかってくる!


「うおおおおお!! 死ぬううううう!!」


 我が二度目の人生、まさかの数分足らずで終了。

 走馬灯が見えかけたその時。


「――はぁぁぁああっ!!」


 眼前に現れた影が、巨大な狼を斬り払う。

 甲高い鳴き声を上げて狼が後退。猫のように着地したものの、胸元からは血が滴り落ちている。


「キミ! 大丈夫!?」


 女の子だった。籠手に覆われた右手に剣を持つ姿は、さながら騎士。


「あっ……はい、なんとか……」


「そこから動かないでね。すぐに倒しちゃうからっ!」


 それだけ言うと、彼女は狼へ向けて踏み込んだ。

 弾丸のような速さ。線路へ向けて走り出した俺など及ばないほど見事な疾走。

 臨戦態勢を取っていた狼も、咆哮を上げ、少女へ飛びかかる。

 2メートル近くある狼と比べて、あの子は小柄。見るからに取って食われてしまうサイズ比。

 だが。


「――桜花・錐絶!」


 右手の剣を突き出すと同時に、桜の花びらのようなエフェクトが舞う。

 瞬間、凶暴な巨体に5つの風穴が開く。

 糸が切れたように、狼は背中から地面へと落下する。わずかに数回、胴体が脈動したものの、それきり動かなくなった。

 文字通りの瞬殺だ。


「……ふぅ」


 軽く血を振り払った剣を鞘に収めると、俺の命の恩人はこちらにスタスタと歩いてくる。


「はぐれのグレイウルフでたすかったぁ……群れだったら守りきれなかったかも……」


 肩の力が抜けたのか、凛とした騎士に見えた姿は、気がつけばあどけない女の子のものに変わっていた。

 ……よくよく見るとすごいかわいい。反射的に生唾を飲んでしまう。

 ウェーブがかった長めのブロンド。栗色の瞳に、長くつややかなまつげ。

 籠手以外の鎧は身につけておらず、少し丈の短い白いドレスは、どこかのお姫様ようにも見える。

 そして、布地に覆われた胸元は、それはもう、とにかく、豊満。豊満でいらっしゃる。

 グラドルもビキニを破り捨てて逃げ出すサイズ。ふわんふわんってゆれてるんですけど。


 なんだかムラムラしてきた。いやいや。ここで手を出しては前世の身の潔白を証明できない。

 とにかく、命を助けてもらったことを感謝しなくては。抜けてしまった腰を立て直し、ゆっくり立ち上がる。


「た、助けていただいてありがとうございます!」


「そんな、気にしないで。魔物に襲われている人がいたら、たすけるのは当然でしょ?」


 ニコッと微笑む顔がまぶしい。聖女だ。聖女がいらっしゃる。


「ところで、キミ、どうしてこんなところに? 手ぶらで来れるような場所じゃないんだけ――」


 ふと、聖女ちゃんの顔がフリーズする。数秒後、茹でたタコのように真っ赤になり、両手で顔を覆ってしまう。


「あ、あわ、あわわわわ……!」


 おや? これもしや? 一目惚れ? もしや神さまからいただいた? モテてモテてしまうチートの類?


「あっ、あのっ! そのっ! た、たしかに! ここ、み、みずうみ、あるけど! けどっ! そのっ! 服! お洋服!!」


 ……肝心なことを忘れていた。

 今の俺は、生まれたばかりのネイキッド。

 愚息を隠すものなどなにもなく。よくよく見やれば愚息は長槍にフォームチェンジ。

 「私はあなたに欲情しています」というサインを、ピュアそうな女の子にショウダウン。



 拝啓、神さま。俺は異世界にて、痴漢容疑者から、露出魔へとジョブチェンジしてしまいました。

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