19. 獄炎は突然に(3)
無我夢中で、ただひたすら「防ぐ」ことに専念し、どれほど時間が経ったか。
5回目の「桜花・錐絶」が撃たれ、比較的柔らかい、左手の付け根に大穴が開く。
「ダメ押しぃっ!!」
噴出する血をよそに、リルハは続けざまに傷口目がけて刺突。
抉れた肉片が飛び散り、竜が初めて、痛々しい叫びを上げる。
だが、すぐさまその声色は怒りに変わる。
「GAAAAAAAAAARRRRRRRRRAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」
波濤のごとき紫炎が放たれ、すんでのところで左右別々の方角へ回避する。
ブレスは背後に建つ武器屋に直撃。
燃え上がる間もなく真っ二つに焼き切られ、燃え上がる破片が左右の道具屋に降り注ぎ、あっという間に延焼を始める。
気がつけば、地面も、建物も、木々も、なにもかもが燃え上がっている。火炎地獄の原風景。
……息をするだけで喉が焼け付きそうだ。こんな中で戦い続けていたら、いずれ自滅する。
「リルハー! いったんここから離れ――」
竜を挟んで反対側にいるリルハへ声をかけようとした、その時だった。
「――おかあさぁーっ! おかあさあああーっ!!」
幼い、女の子の泣き叫ぶ声。
母を探すその声には聞き覚えがある。
ついさっき、竜に遭遇する前に聞こえた声だ。
血の気が引くのを感じる。こんな場で放置なんてできない。いったいどこに――
突如、竜の顔が一点を注視する。
俺でもなく。リルハでもなく。
さっきのブレスによって延焼した建物から出てきた、小さな女の子に。
にわかに傷だらけの尾が、蛇のようにしなり始める。
「――あぶないっ!!」
攻撃の予兆を察知したリルハが、女の子のもとへ駆け出す。
鞭のように尾が振るわれ、眼前に砂塵と火炎が舞い上がる。
これまで以上に鋭い風圧が刃となって、とっさに構えた右腕に裂傷をもたらす。
「リルハッ! 待てっ!」
なにをしようとしたか察し、声がうわずるほど叫ぶ。
だが彼女は止まらない。あろうことか、剣も鞘におさめ、泣き叫ぶ少女をかばうように抱きしめ。
――ズドンッ、という鈍い音。ぐちゃり、という生々しい音。
竜の尾に薙ぎ払われたリルハの体は、サッカーボールのように、真横へ吹き飛ばされる。
叫び声すら聞こえることなく、その姿は建物を突き抜けていった。
「――――――は?」
なにが起きたかわからなかった。いや、理解しようとしたくなかった。
自分の最期に、自分の体から聞こえてきた音が、耳に入った事実を、信じたくなかった。
悠々と尾を引き戻し、竜は首をこちらに向ける。
――連れは潰した。お前もすぐ殺してやる。
そういわんかのごとき殺意。あるいは、捕食者としての、絶対的な自信か。
爛々と真紅の瞳を光らせ、黒竜は再びブレス射出体制へ。
狙いはもちろん、いまだ立ち続ける俺。
「――クッソォォォッ!!」
前転でブレスの射程外へ逃れ、起き上がるや否や、俺は駆け出していた。
リルハが飛ばされた方角は街の南方。入口近くの厩舎が並んでいた場所だ。
一心不乱に走る。だが、その進行方向に、黒竜はあざ笑うかのように二足歩行でにじり寄り、立ちふさがる。
そのふざけた動きを見て、沸点を超える。
剣を投げ捨て、ポーチから銀の短剣を引き抜く。
「どけえええええッッッ!」
右手に握りしめた銀刃を、油断しているようにも見える竜の顔目がけ、全力でぶん投げる。
肩関節がベキッと外れる音。激痛も、湧き上がった頭ではほとんど感じない。
文字通り弾丸のごとき速度で放たれたナイフは、せせら笑っていた竜の右目に、光線のように突き刺さる!
「GYYYYYYYYYYAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!」
より一層の苦悶の声を上げながら、黒竜は首を振り乱す。どんなに表皮が固くとも、目だけは柔らかい、という生物の法則には逆らえまい。
叫びを上げ、闇雲に火球を吐き散らす竜をよそに、リルハが吹き飛ばされた方角を目がけてひた走る。
胸の内に湧いてくる最悪の予感を、必死に押さえ込みながら。




