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16. 持て余すくらいなら全部美女にぶん投げろ

「う、受付、さん……」


「あら、名前教えていなかったかしら。スーニャっていうのよ」


「これは失礼しました。ええっと、普通にスーニャさん、と呼んでも?」


「もちろん。そうじゃなきゃ、話しづらいでしょう?」


 落ち着いた口ぶりで話しながら、スーニャさんは左隣にやってきた。

 銀縁のメガネにショートカットの黒髪がよく似合う。切れ長の瞳と、少し高めの身長も相まって、クールビューティーといった印象だ。

 そんな女性だと気づかないほど、昼間との印象が違う。そのことを指摘すると。


「そりゃあ、受付嬢は親しみやすさが大事だもの。朗らかで話しかけやすい、そうあるように努めてるのよ」


「たしかに……すごいですね。接客のプロって感じです」


「ウフフ、この仕事も長いから」


 いたずらっぽく笑う姿も妖艶だ。きっと、これがオフの時の本当の彼女なのだろう。


「さてと……コージィくん、どんなジョブプランを立ててるのかしら?」


「あー……正直、悩んでるんですよ。前衛職として、積極的にモンスターに切り込んでいくか、魔法職として、後ろから誰かを支援しつつデカい一撃を放つか。なんというか、どっちもかっこいいなぁとは思うし、それに……」


「――そのどちらにもなれてしまいそうだから、決めあぐねている、と」


 心の臓を射抜かれたような心地。

 メガネの下から注ぐ、優しげでいて鋭い視線。

 ……実は油断ならない人かもしれない。


「あらっ、急にごめんなさい。でも、あなた本当は、すでにレベル60超えてるでしょ? 才能あるわよ、ってコト」


「えっ!? あれ!? 俺、教えたりしてますっけ!?」


「ギルドの運営サイドの人間は、特殊な『鑑定』魔法を使えるの。ギルド登録の冒険者に限定だけど、レベルやステータスの確認はできる……レベル詐称なんてことをさせないためにね。それだけ」


 十分すぎる衝撃だ。とはいえ、多少は気が楽になる。事情を知っている人ならば悩みも話しやすい。


「……こう言うといろんな人に怒られそうなんですけど、なんにでもなれる、って思うと、かえって悩むんですよね。才能を持て余しちゃってる……すっげえイヤミっぽいんですけど」


「コージィくんの気持ちはよくわかるわ。あなたみたいな人は、ごくまれにだけど、ポッと出てくるものだもの」


「――俺みたいなイケメンってことですか」


「もしかして、今のセリフ、一度言ってみたかったのかしら?」


「ゔっ、どうして」


「年の功よ。お姉さんを舐めちゃ、い・け・ま・せ・ん♥」


 ドヤ顔アピール(withモテアピール)失敗。むしろ手玉に取られている。

 神さま。このチート、もしかして万能じゃないんですかね?


 がっくり肩を落としていると、スーニャさんは言葉を続ける。


「……持て余している、というのは実情だと思うわ。きっと、あなたは『自分はどうなりたいか』が見えていない。というより、持ちにくい性格かもしれないわね。今が最高ならハッピー――そんな感じ。もし、どうなりたいかハッキリしていれば、おのずと進路は決まるもの」


「ゔっ、ゔっ」


 俺の心にクリティカルヒット。かなり痛いところを突かれている。


 ……前世からしてそうだった気はする。目的なき進学。目的なき就職。

 とりあえず、まぁ、無難だろうという選択肢。それで社会を渡っていき、社会に参加している時以外は、適当に遊ぶ。

 今だって正直信じられないんだ。リルハを押し倒してからキスしたり、あまつさえ一線を越える、なんてヤバイ選択をしたことに。

 そして――そこから先、いったいどうするのか、なにも考えていないことが恐ろしい。


「……無計画なんですかね、俺」


 見た目は変わった。強大な力も得た。だけど中身は? そこも変えなかったら、生まれ直した意味はないんじゃないか?


 ……本気で落ち込みかけたとき、スーニャさんは優しく、俺の頭に手を置いた。


「でもそれは、その時その時を、本気で生きていける、ということ。無鉄砲だけど、一生懸命。無軌道だけど、まっすぐ。あなたは、まだその踏ん切りがついていないだけ――いずれ、走り出せるはずよ」


 優しく撫でる手は、怜悧な瞳と打って変わって、すごく暖かに感じる。

 年上の包容力――以上に、この人の言葉には、誰かを導くだけどまばゆさが感じられる。

 だからこその受付嬢、なんだろうか。


「実際、リルハちゃんは、そんなあなたのことに惹かれたんだと思うのよ。嫉妬しちゃうけど」


「リルハが……?」


「あの子、商人の娘さんだってことは、知ってるかしら」


「えぇ、本人から聞いてます」


「最初ギルドに来た時、志望動機を聞いたの。冒険者は危険な職業だけど、なぜなりたいのって。そうしたら即答したの。『商人みたいに、長い目といやらしい勘定がいらないから』って」


 ……彼女らしい言葉だ。

 思えばあの時、全く縁のない俺を、「魔物に襲われているから」だけで助けてくれた。

 リスクを考えたら、きっと取らない選択だろう。

 だが、彼女は助けた。「助けるべきだと思ったから」という理由だけで。

 無鉄砲だろう。だけど、そうじゃなきゃできないことがある。


「……俺にそんなところ、あったかどうか」


「いっしょに戦ったんでしょ? クラウンスパイダーを前にして、剣も握りたてなのに」


「い、いやそれは、こう、やらなきゃマズい! って思っただけで――」


「そういうところ、よ」


 ハッとさせられる。

 あの後のイベントで記憶が薄れていたけど、たしかに、初心者未満の身としては、すごい無茶だった気もする。

 ……十分、無鉄砲じゃないか。俺も。


「――思いっきりよく歩けばいいのよ。あれこれ先を悩まず、一気に踏み出す。もし、それで誰かに迷惑をかけたら、潔く謝ればいい。誰かと衝突したら、思い切って気持ちをぶつければいい。その方が、たぶんあなたの場合、ずっと気持ちよく生きられる」


 トントン、とこちらの肩を叩くと、スーニャさんはスタスタと去っていく。

 振り返ってみると、月に照らされた黒髪が、優雅になびく。くるりとターンすると、淫靡に、だけども慈母のように微笑む。


「だから――『その時に必要なもの』を選びなさい。どう進むべきかなんて、その後いくらでも変えられるわ」


 モヤモヤが晴れていく心地がする。

 刹那的に生きるのが性に合っているなら、徹底的に「今」を見ればいい。


「……わかった気がします。ありがとうございます! スーニャさん!」


 深々と頭を下げ、スーニャさんが「どういたしまして」と言いかけた、その瞬間。



 ――鼓膜を引き裂くような咆哮が、宵闇を震わせた。

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