14. 恋人どうしですること、それもまた育成だね。
「……はぁ♡ なんか、すっごい、夫婦みたい♡」
そう、顔を赤らめつつも、大皿に盛られたパスタをモリモリと平らげていく。ノロケるのか食べるのかどっちつかずだけど、かえってそれが愛らしい。
……そう思えたのは5分ぐらい。3つ目の大皿パスタを注文した時、リルハはとんでもない腹ペコマシーンであるのだと悟った。すでに満腹になりそうな身としては脅威にすら映る。
神さまが去った後、目を覚ましたリルハとともに、街の中にある一番大きな食堂にやってきた。
老若男女が和気藹々と食事をする光景は、さながら下町の大衆酒場だ。お値段は50〜100ギルダンが相場で、およそ2000ギルダンの手持ちでも三食一週間は食べられる計算だ。
「っていうかコージィくん、もういいの?」
「うん、俺、そこまで食べないしな……」
パスタとスープ、少し炙ったパン。お値段しめて70ギルダン。
実を言うと、こんなに豪華で、温かく、十分な量の食事というのがずいぶんと久々だ。
おにぎり or サンドイッチと、お茶 or 発泡酒の組み合わせが生前の定番メニュー。たまにの贅沢にインスタント味噌汁。月に一度だけお惣菜コーナー。
そこまで給料が多いわけでもなく、しかもなけなしの給料はだいたいソシャゲに消えていく。自然と、毎日の食事はコンビニに依存することになり、食事量と生活習慣ゆえに、筋肉もつかない情けない体つきになった。
そんな生前のせいか、この体でもどうやら少食らしい。食後のコーヒーをすすり、はちきれそうな腹をさすりながら、目の前の大食いな少女をぼんやりながめる。
「というかリルハはよく食べるなぁ……やっぱ前線で戦うとよく食べるのかな?」
「うーん……? 冒険者になる前とそんなに変わらないような……」
それはそれですごい。そして、たくさん摂取したカロリーがどこへ行ってるのかも、たわわに育った胸を見ているとよーく理解できる。
「でもでも〜、この春野菜のパスタもおいしいよ〜! ……ひとくちどう?」
ふとなにを思ったか、リルハは手元のパスタをフォークでくるりとまくと、こちらに向けて差し出す。
「……ひ、ひ、ひと、くち、どう……?」
素っ頓狂な声を上げてしまった俺は、内心とんでもなくドギマギしている。
……これは幻の「恋人同士の食べさせあい」イベントか!?
正直、言いましょう。実は、キスとかセックスとかよりも、憧れてたフシがあります。恋人っぽいこと、すっげーあこがれてたのです。
「じゃ、じゃあ……」
バックンバックン鳴り響く心臓に「静まれ」と何回もチャントし、差し出されたフォークに、ゆっくりとかぶりつく。
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《[女神の寵児] 付与親愛をスキルポイントに変換。スキルポイントを 1 獲得》
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ん!? そんなところまで親愛ってひっつくの!?
突然のスキル発動に驚いている間に、パスタはそこまで味わうこともなく喉元を通り過ぎていった。
「どう!? この時期のお野菜っておいしいでしょ?」
「う、うん。おいしい、おいしい……」
たしかに、薄塩味で炒めた葉野菜は、健康そのものの味でどこか浄化されていく感覚すらある。
でも、「スキルポイントに代えてしまった」という意識がぬぐえない。おのれ我がスキルめ。それに、神さまの解説が、どうにも気になって仕方ない。
『回復アイテムなら回復量強化。武器なら、まぁ性能にブーストがかかるかな。消耗品の道具ならば使っても壊れない確率が上がるし、食べ物はうまくなる』
「……リルハ、もう一口、いいかな?」
「うん! もちろんだよ!」
快く応じてくれたリルハは、再びフォークでくるりとパスタを巻き取る。心なしか、さっきよりも一巻き二巻き多いような。
「……はい、あ〜ん♡」
こちらにフォークを差し出してくる姿は、どう見ても恋人のそれ。彼女が、俺のために食べさせてくれるという、積年の夢が見事に形になる。
「あ〜ん……」
おもわずニヤけてしまった口をだらしなく広げ、春と愛情をまとう一巻きに食らいつく。
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《[女神の寵児] 付与親愛をスキルポイントに――キャンセル。スキルポイントを 0 獲得》
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スキル発動を無理やり押さえ込み、親愛の染み込んだパスタをゆっくり噛みしめる。
……華やかだ。パスタの小麦の香り、葉野菜の瑞々しさ。麺に絡んだスープから感じるコンソメのうまみ。さきほどの一口よりも、一つ一つの味が鮮明に感じられるのに、全てがきれいに混ざり合う――うまい。すげえ……うまい。
「……おいしい?」
「おいしい……」
語彙力が低下するのを感じる。なんだろう、この、胸の奥に感じるあったかい感じは。
アパートで一人、テレビと動画サイトを往復しながら、モソモソとおにぎりを頬張ることでは得られない満足感。
誰かと食べる食事って、こんなにおいしいものなんだな――
「――ちょおおおおおっとリルハァァァァァ!!」
「あーた! ちょ、ちょっとぉお!! なーにコージィとノロケとんじゃアアア!!」
「抜けがけ! 独占! 独占禁止ィ! ギルドのもとの平等ゥ!!」
にわかにガヤが巻き上がる。よくよく見ると、あの受付前で騒いでいたご婦人方が、俺達のすぐ近くの席から立ち上がってる。
気がつくと、周囲には主に女性が群がりつつあった。あのお恵みのるつぼと化した風景が再現されつつある。「こっちにもよこせ―!」「かわいい少年はみんなのものー!」「なにかおごったげるからー!」などの叫びがこだまする。
……これだけの大騒ぎなのに、敵意は微塵も感じないのが恐ろしい。まるでパンダをみんなで囲んでるような騒ぎ方……ん? 俺、もしかしてパンダなのか!?
「ふっふっふ……悪いですけどみなさん、コージィくんは渡すわけにはいきませーん……!」
瘴気じみたなにかにあてられてしまったのか、リルハも不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。得意満面なドヤ顔。それを見てオーディエンスがおののきだす。
「なん……だと……」
「あの超・優等生な魔法騎士が、こんな大胆不敵なことを……!」
「おのれリルハァ!! あんたコージィくんになにたぶらかしたァ!!」
「ふっふっふぅ……残念だけど……わたしはもうコージィくんを射止めているも同然……!」
周囲からのガヤにも動じる気配も見せず、誇らしげに胸を張ってみせるリルハ。それだけでぽよんと揺れる。
……見ていて愛らしいのに、この胸の内に湧き上がる不安はなんだろう。この子、変なこと言わないかしら――
「なにせ……なにせ……わたしはコージィくんの赤ちゃ――」
「あああああああああああああ!!!!!!!!!!」
とっさに手元にあったパンを、彼女の口に突っ込んで凶行を阻止。
凍りついたオーディエンスたちに「なんでもない!なんでもないです!」とヘコヘコしつつ、代金をテーブルに叩きつけ、モゴモゴとパンを飲み込もうとするリルハを小脇に抱え、食堂を一目散に退散した。
ほどなくして、遠くから阿鼻叫喚のごとき悲鳴が響いた。




