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10. タダ部屋、タダメシ、その支払いは

「さーてと! コージィくんのおうちですがっ!」


 と、ウキウキした様子でリルハに連れてこられたのは、街の一角にあるペンションのような木造の建物だった。似たようなものが数棟並んでおり、さながら団地のようだ。

 曰く、ここが「冒険者用借り家」らしい。


「ギルド街に来る冒険者って、基本的に地元の人じゃないからね。ギルドも人がほしいから、こうしてギルドメンバーが期間借りできる家を用意してるの」


 なるほど社宅か。ほんとこの世界福利厚生が厚いな! 現代も見習ってくれよ!


「で、ここが今日から俺のハウスってわけか」


「そういうこと。ちなみに、この玄関にグリフォンのレリーフがある棟がコージィくんのとこ。そして、わたしもここなのです!」


「マジでか!? ラッキーだ……一人だとさすがに心細いと思って」


「そのへんちょっとギルドと調整してみたの。わたしもコージィくんと同じところがよかったし!」


 本当にこの娘は手際が良い。少なくとも足を向けて寝れないな。


 一安心したところで、「グリフォン棟」とあだ名された建物に入る。

 外観と同様に、中も質素な木造建築。玄関正面に階段をしつらえた二階建てで、どことなく下宿のような雰囲気だ。

 俺にあてがわれたのは、1階の1号室。玄関に入って左手すぐ、という超至近距離物件だった。


「玄関が近くてうるさいかな、ここ」


「あーどうだろう……でも冒険終わって帰ってきたら、すぐに寝転べるね。いいなぁ〜」


 デメリットが真っ先に思いつく俺に対し、やや脳天気なメリットを提示してくれるリルハ。ちなみに彼女はこの部屋から3つ間を空けた4号室にお住まいらしい。


 早速、扉を開けて新たなマイホームとご対面する。

 広さは六畳一間ほど。机とベッド、それに戸棚が一つ置かれている。そういや大学生の時にこんなアパートに住んでいたけど、家具付きの時点ですでに物件としては上回ってる気がする。


「……時にここの家賃は?」


「ありません」


「もう一度」


「ありません。なんと! ギルドに属する限り! ここはタダで住むことができます!!」


 情報更新。現代日本、敗北です。

 そこまでしてでも人員を確保したいっていうことだろうけど、なんだそれ。世界が違うだけでそんなことが起こるのか。


「まぁ、部屋以外は各自自力調達だけどね! ごはんは各々なんとかするように!」


「それならさっき投げ込まれたような気もするぞ……?」


「たしかに……あっ! でも今日は夜いっしょに食べよっ! わたしのおごりでいいから!」


「いやいやそれは!……って、まだ無一文か……?」


 モノは恵んでもらったけど、肝心のマネーはすかんぴん。

 いや、たしかいくらか投げ込まれた気もするけど、お恵みのるつぼと化したアイテムポーチをひっくり返して探すのは骨が折れそうだ。


「ん~、とはいえここまでリルハにお世話になりっぱなしだなぁ。なにかそろそろお礼せにゃなぁ~」


「そんないいよぉ~。タダで人助けってしょっちゅうするよ?」


「君はそろそろギブアンドテイクの精神をおぼえたほうがいいです。いつか悪い人にだまされてしまいます!」


「でもコージィくんはそんなことしないでしょ?」


「もう一つおぼえましょう。男はオオカミです。ふとした拍子で獣になる生き物です!」


 そう考えると、「この人痴漢です!」は一種の猟銃なんだろうか。おかげで我ら無垢なる獣は射殺におびえて通勤電車(サバンナ)を生きるハメになる。


「……けもの、に……」


 男の悲しみをしみじみ想っていると、リルハがなにか深く考え込むようなしぐさを見せる。

 なにか、だいじな、人に見せるのはちょっぴり恥ずかしい、そんなことを考えていそうな。


「……コージィくん、わたしに、キス、したよね」


「――――――」


 脳内がフリーズアウトし、警報が鳴り響く。遅れてやってきたセクハラ糾弾。告訴の危機。信用の失墜。逃げよう。線路へ逃げよう。

 落ち着こう。落ち着け。冷静に、彼女を見よう。怒ってる素振りは、ない。まっすぐな視線、さっき俺を応援してくれた、それに近しい。いける。オーケー。対話を続けよう。


「――――その節は――――失礼しました――――」


「あっ、その、怒ってるとかじゃなくて……その……聞きたいことがあって」


「うん、なんでも聞いて。なんでも聞いてください。力になるから。マジで!」


 心拍音が和太鼓のように響いてる俺をよそに、リルハは、本当に恥じらう少女の表情で、消え入るような声で尋ねてきた。


「……キスすると、赤ちゃんができちゃうって、ほんと……?」


「――――――?」


 またもフリーズアウト。敵投手のスライダーを打とうとしたら背中から暗殺者に狙撃された。うん、そんな感じ。

 この子は、いったい何を言っているんだ?


「リルハ、その知識はどこで教えてもらったんだい?」


「お、教えてもらったっていうか、むかし、お父さんに聞いたの。『わたしはどうしてお父さんとお母さんの子どもなの?』って。そしたらお父さん、お母さんを抱きしめて、そう言って……」


「うん、うん、なるほど。ちなみに他になにか言ってなかった?」


「……えぇっと、『母さんのおっぱいを揉みながらキスをしたらリルハが天から降ってきたのさ』って」


「う~~~~~ん、なるほど!? なるほど!? すげえどうでもいいけどリルハっていくつだっけ?」


「えぇっ!? 急に何!? この前16歳になったばかりだけど!?」


 ――おお、神よ! この世界はメルヘンすぎます!

 リルハの歳と、歳に似合わぬわがままなカラダも随分衝撃がデカいけど! 知らんのか!? そりゃインターネッツはないけど!? もしかしてこの娘特有か!?


 あまりにもあんまりで頭を抱えてしまいたくもなるが、「バーカ」と言い捨てるのは良心が痛む。ここはソフトな対応でいきましょう。


「……リルハ。キスもしてもね、赤ちゃんは天から降りてこないよ」


「でもお父さんそう言ったよ?」


「う~~~~~ん、お父様にもいろいろと事情があったんだと思うよ~~~~~?」


「でもお父さん、その後お母さんのおっぱい揉みながらキスしたし、それからしばらくして妹も生まれたし」


 お父さん! お父さん! 顔も知れぬお父さん! 情操教育はご存知ですか!


「……そういや、あの時、コージィくんにおっぱいも揉まれて――」


「うわあああああ悪いことをしたよねえええええ!!!!! でも赤ちゃんはそれでできないからねええええええ!!!!!」


「……なんかさっきから勘違いしてるかもだけど」


 ふと、花も恥じらう表情から、魔物に立ち向かうようなキリッとした顔つきに切り替わる。おっ? 俺、もしかして討伐されちゃう?


「……コージィくんのお嫁さんになるの、やぶさかでもないよっ♡」


 へにゃぁ、っと恋するオトメの顔に一瞬で切り替わる! これはチートか!? それともこの娘がメルヘンガールなだけか!?


「いや、でも、本当にさ。キスでは、赤ちゃんはできない。おっぱいを揉んで、というのもない。赤ちゃんはもっと別の方法でできるんだ。それを、お父さんとお母さんはリルハに見せてないはず。だから勘違いしているんだと思うよ?」


「えぇ……そうなのかな……」


「うん、それだけはウソとかつかないから。マジで」


「じゃあお父さんなんで……?」


「リルハもちっちゃかったからじゃないかな! うん! きっとそうでしょ!」


 納得を促そうとするが、リルハはまだ小首をかしげたままだ。そんなに? そんなに飲み込みにくい?

 しばらくすると、彼女は再び、恥じらうように口を開き。


「……わからないなら、やってみないと……」


 一瞬なにを言っているかわからなかった。

 呆然としていると、リルハは、我が部屋に置かれたベッドに腰掛ける。

 白いシーツの上に、純白のドレス。腰を埋める動きで、豊満な胸がたんわりと上下する。


「……あの時の、もう一回、やってくれない……かな……?」


 顔を赤らめながらも、こちらを一直線に見つめる姿を見て、この子の職業が冒険者なのだと思い出す。


 ――女の子の好奇心で、これほどいきりたつのは、まったくもって初めてだった。

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