表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/36

1. 痴漢に間違われたら線路から転生だ

「この人痴漢です!!」


 電車の中で突然叫ばれた。

 スマホをポケットにしまったばかりの右手が、金切り声を上げる女にがっしりとつかまれている。

 やばい。これは、痴漢冤罪だ。

 予測不能、回避不能の、男にとって最悪の不幸。

 しかも、よりにもよって、完全無実な俺に降りかかってきた。


「……やってない」


 車内が騒然とする中、乗り換え駅についた電車が、ゆっくり扉を開く。


「――俺はやってないからなぁぁぁぁぁ!!!!!」


 女の手を振りほどき、俺は電車から飛び降りる。

 とにかく逃げるしかない。裁判をやっても勝ち目なんてない。逃げるは恥だが、逃げねば死だ。

 人の波をかきわけ、ホームを全速力で走る。

 後ろから「待てー!」という声。追ってきやがった。そんなに人の人生台無しにしたいか!

 このままじゃ改札で引っかかって捕まるかもしれない。

 こうなったら――


 俺は思い切って線路へ飛び降りた。

 そのまま線路の上を走り出す。ここなら追ってこないだろ。

 とにかく、逃げるしかない。無賃乗車になるけど仕方ない。痴漢より、痴漢よりマシならば――


 不意に、背中からなにかに突き飛ばさる。

 鳴り響く警笛。

 それが反対側からやってきた列車だと気づいた時には、俺の体はトマトのように、ぐちゃり、と潰れた。


   * * *


「……えーっと、宝田耕司(たからだ こうじ)。埼玉県在住、31歳独身、宝田耕司くん!」


「はっ!?」


 気がつくと、見知らぬ空間に立っていた。

 前後左右、どこまでも真っ白な空間。そして目の前には、金髪で碧眼の小さな女の子が立っている。


「おぅ、気がついたようじゃの」


「ここ……いったい……?」


「ざっくり言うと死後の世界。そして、わらわは神さま。転生神じゃ」


「死後の……あっ!!」


 ぼんやりとしていた記憶がにわかに組み上がる。

 痴漢。冤罪。逃走。轢死。

 我が人生、なにも起きないまま、31歳でゲームオーバー。


「うわあああああちっくしょおおおおお!! あのアマァァァァァ!!!」


「ぶっははははは! いやはや残念! 無念! かわいそうじゃのうおぬし! 31歳、彼女無し童貞。学歴も仕事も平凡そのもの。特に人生いいことないまま、痴漢に間違われた挙句に事故死。山手線内回りは1時間の運転見合わせときた!」


「うわあああ! ぜったい死体がひどいことにいいい!」


「ネットでもおぬしの話題で持ちきりじゃ! 『【悲報】痴漢冤罪で線路に飛び降りた会社員死亡。『俺はやってないからなぁぁぁぁぁ!!」』という断末魔…』ってまとめブログもあるぞ! ついてるコメント……『今年一番いやな死に方だ』……だって!」


「だって! じゃねーよ! 俺はエンターテインメントじゃねーよ!」


「あっ、他にも……『せめて女にキスしてから飛び降りるべきだった』……たしかに〜!?」


「たしかに〜!? じゃねーよ! つーかお前! なに!? 俺をまとめブログのコメントで煽り散らすタイプの神か!? 邪神か!?」


「いやいやいや。わらわは転生神。人の子よ。おぬしの死後、おぬしの行く先を決めるものじゃ」


 ふと、神を名乗る女の子から、柔らかな光が発せられる。

 まるで後光のようだ、と思っていると、光は俺の体をゆっくりと包み込み始める。


「いやー、こんなにも笑わせてもらったものの、おぬしが哀れなのは本当じゃ。無実の罪で死んだ魂を、わらわは悼む。そして、善き来世を与えたいと思っておる」


「来世……俺、転生とか、するんですか?」


「うむ。記憶はそのまま、容姿は美男子にしてやろう。ついでにいい感じのすぺしゃるな能力も1つプレゼントしよう!」


「あっ! これ知ってる! チートな能力もらって異世界に転生するやつだ!」


「話が早くて助かるの! では――宝田耕司よ、おぬしは次の人生で、なにを望む?」


 ちっちゃくてあどけないのに、おだやかで、やすらかな、慈母のごとき微笑み。

 生前向けられたことがない、すべてを受け止めてくれる微笑み。

 あぁ……バブみ……「ちっちゃい子から産まれたい」って気持ち、今ならわかる、わかるよ……


 いっそ死後の世界で、このロリ神さまに毎日膝枕をしてもらう生活も……


 ……いいわけない。俺は、童貞彼女なしのまま、痴漢冤罪で死んだ男だ。

 やるべきことがある。情けない男のまま散った俺には、満たさねばならない「欲望」がある!


「――モテたい」


「――うむ」


「モテたい。女の子にモテたい。地上に存在する全ての女性に愛されたいです!!」


「承諾した! ドン引きするほどその正直な気持ち、ぜひとも応えようぞ!」


 神さまが右手を振りかざした瞬間、体を包む光がより一層強まる。

 それに合わせて、俺の体が徐々に、光の粒となってほどけていく。

 31年の平凡な人生を共にした体が消える。

 怖くはない。むしろ、奇妙なほどワクワクする。

 あのクソッタレな最期を払拭できるのだから!


「ではな! 次こそ、善き人生を送るのじゃぞ――!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ