第3話 ただの少女であるはずがなかった
夕飯を食べてから、約10分後。
少女は満腹になって落ち着いたのか、先ほどより挙動不審な動きが減っていた。
「さて、あのノートに目でも通すか。」
「んー…?」
俺は、鞄から拾ったノートを取り出し、パラパラとめくってみる。
「名前は自由に付けろ、って言われてもなぁ…ブフォッ!?」
何気なく文章を流し読みしていた中、「種族:グール」というあり得ない表記を見つけ、思わず吹いた。
「お、おいおいおい…」
その他にも、「異世界の住人なのでこの世界の常識には疎い」だの「人間の言葉を上手く扱えないので日々の生活で学習させろ」だの、にわかには信じられない事が書いてあり、何だかめまいがした。
「むー…?」
目の前の少女は、多少のんびりした所はあれど至って普通に見える。…が、先程の食事風景。生肉に直接かじり付いていたあの姿を思い出すと、妙に説得力があるように感じた。
「思ったよりも面倒な奴に巻き込まれたって事か…」
俺は思わず天井を仰ぐ。もしかしたら、捨て子の振りをした生ける殺人兵器なんじゃないか…とか、嫌な想像が頭をよぎった。
…が。
「まぁ、こんな小さな子が捨てられてるのを見過ごす方が人として問題だよな…」
俺は少女へと手を伸ばし、頭を撫でてやる。少女はキョトンとした顔をしていたが、やがて嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「さて、そうと決まれば名前を付けないとな。」
「……なま、え…?」
そうだった。件のノートの内容を鵜呑みにするなら、人間の常識はほとんど通じないと見ていいだろう。
…辛うじて言葉が通じるだけマシかもしれないが。
「えーっと、そうだな。あれの事を何て言うか判るか?」
俺は、目に付いた観葉植物を指差してみる。
「がじゅまる。」
「…これ、そんな名前なのか……」
まさか正式名称(?)が飛び出してくるとは思いもせず、取り乱しかけたが。
「まぁ、とにかく…これの事を「ガジュマル」と言うように、"モノ"を表す言葉、って意味だ。」
「んー……」
本当はもっと分かりやすい解説の仕方もあるんだろうが、俺にはこれが限界だった。むしろ、我ながら咄嗟にここまで導き出した事を褒めたいくらいだ。
「で、だ。お前にはそれが無いから、俺が今考えてるんだが…どうすっかな……」
「……なまえー?」
尚も首を捻る少女。あの説明じゃダメだったか…?
…いや、どうも違うみたいだ。少女は、何やら俺の顔を覗き込むようにしている。
「…どんな、なまえー?」
「ん?…俺の名前を聞いてるのか?」
コクリ、と小さく頷く少女。
「俺は、吉田 柊和だ。」
「よしだ…ひよりぃ……?」
…もう遅いとは思うが、苗字は名乗らなくても良かった気がする。
「あー…柊和、で良いからな?」
「むん。……ひ、よ、り?」
少女は、一つ一つ音を確かめる様に発音していた。
「やっぱり、発音しやすい名前の方が良いか。」
「ひー、よー、りぃー……」
早く名前を覚えようとしているのか、少女は何度も何度も繰り返し呼んでくる。あまり無い経験だからか、妙にこそばゆい。
…と、そんなことを考えている場合じゃないか。俺は何とか名前を捻り出そうと頭を悩ませる。確か、この子はグールだ…なんて書いてあったな……
「ぐる子、とか?」
…我ながら、あまりにもセンスがないとは思う。
「ぐぅこ……ぐる子!」
しかも本人は気に入ったみたいだ。マジかよ。
「…まぁ良いか。よろしくな、ぐる子。」
「ん。」
かくして、俺とぐる子の奇妙な日常が始まったのだった。