第1話 ペットじゃないんだぞ
あれは、3月のことである。
テレビでは毎年恒例の卒業ソングが流れてはいるが、実際には桜はまだ咲いてはいなかった。むしろ、まだ少し肌寒い。見た目的には暑苦しいが、厚手のコートを手放せなかった。
「はぁ…もう春休みか、早いなぁ…」
大学からの帰り道、彼女なんてものは居るはずもなく、今日はバイトも無いのでだらだらと1人で歩いていた。
「…ん?あれは…」
目線の先には、いつも通っている住宅街には似つかわしくない、少し大きめのダンボール。何が入っているのかという好奇心に駆られ、俺はそのダンボール箱に近づいてゆく。
そのダンボールには、でかでかと「拾って下さい」の文字があった。
「ははぁん…飼いきれなくなったペットでも捨てたのか…なっ…!?」
そして、中に入っていたそれを見て、俺は思わず後退る。全身をふかふかの毛布に包まれたそれは…
「い、いやいや…嘘…だよな…?」
どこからどう見ても、「少女」だったのだ。
「う、うん、見間違いだ、ちゃんと見ればただのペットなんだ、きっとそうだ…」
あまりの衝撃に動揺している心を鎮める為に、俺はダンボール箱に再び近づいて、今度は、そーっと毛布をめくる。
が、中でスヤスヤと寝息を立てているそれが少女であることに変わりはないどころか、むしろ彼女が全裸であるという事実まで認識せざるを得なかった。
「おいおい…犬や猫じゃないんだぞ…!?というか、倫理的にこれはアウトだろっ…!」
少女を起こさないように手に持った毛布を掛け直し、そっとその場を離れようとしたその時。
「…うぅん…?」
「あっ…」
…不運にも、目覚めた少女と目が合ってしまった。
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「えーっと…」
俺は、これまでの人生でこれ以上無いくらい動揺していた。
「し、失礼しました…」
目線を合わせたまま、そーっとその場を立ち去ろうとするが、コートの裾を掴まれてしまう。こうも純粋な目で見つめられては、振り解くのも可哀相だと思ってしまうではないか。
「はぁ…、分かったよ。」
俺は立ち去るのを諦め、少女の前にしゃがみ込む。
「んで、お前…名前は?」
「むー…」
少女はむくりと起き上がると、困った様に顔をしかめた。
「…まさか、記憶喪失か?弱ったな…」
俺は必死に考えを巡らせるも、名前なんてつけた事がないので中々いい考えが浮かばない。
「仕方ない、帰ったら考えるか。」
とりあえず、腹を満たしてから考えても遅くはないはずだ。自分のコートを目の前の少女に着せ、毛布を畳んで帰ろうとしたその時、ダンボール箱の底に小さなノートが落ちているのを見つけた。
「何だこれ。…まぁ、拾っておくか。」
「ん〜…?」
そのノートを鞄に入れ、俺(と少女)は今度こそ帰路につくのであった。
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その後は、何事もなく慣れ親しんだアパートに戻ってくる事が出来た。…途中でサイレン鳴らしたパトカーが来た時は本気で捕まるかと思ったが。
「お〜…」
少女はと言うと、初めて訪れた家だからか少し緊張、というかソワソワと落ち着かない感じだ。
「とりあえず…服を用意しないとだよな…」
クローゼットの中を引っ掻き回し、目に付いたTシャツやパーカー、そしてトランクスを取り出す。
「ほら、これでも着ておけ。」
「…?」
もしかして、元々服を着る習慣がなかったのか…?
そんな疑問を抱きつつ、結局俺が服を着せた。