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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役令嬢シリーズ

悪役令嬢の娘と王太子の観察日記

作者: 入江 涼子

裏庭でお弁当を一人食べるシェイラ嬢は今日も友人を連れていない。いつもであれば、イザベラ嬢が側にいるのだが。珍しい事もあるものだ。

そう思いながら俺はため息をついた。

改めて俺は名をユーノス・スクワランという。年は王立学園の高等部三年で十八になる。ちなみに父は宰相を務めていてスクワラン公爵家の現当主だ。ライノス・スクワランというのが父の名だが。かなりのくせ者だとだけは言っておく。

長男で息子の俺でも時々、こんの腹黒親父めと思う。

そんなことを思いながらも茂みから出て自分も昼食にありつくため、食堂に急いだのだった。




食堂にたどり着くとAランチを頼んだ。少し待つと食堂のおばさんがロールパンが二つのった皿とコンソメがベースの野菜スープ、シーザーサラダと鶏肉のマスタード焼きが盛り付けられた皿をお盆にのせて出してくれる。紅茶ではなくおばさん特製のはと麦茶が付いていて礼を言いながら食堂の備え付けの机に急ぐ。

椅子に座り、お盆の横手に置いてあったナイフやフォークを手に取った。まずはサラダを前菜に食べる。

もしゃもしゃと口に運んでいたら俺が仕えているユークリッド王太子殿下の側近で友人でもあるアレックスとリチャードの二人がそれぞれ隣に座ってきた。俺の両脇といった方がわかりやすいか。

「よう。ユーノスじゃないか。殿下は今日もいないんだな」

話しかけてきたのは王太子殿下の婚約者であるシェイラ嬢のいとこでもあるアレックスだ。彼は現フィーラ公爵家の長男でなかなかの切れ者に育ちつつある。先日のアンナの件では術に見事に引っ掛からなかった。そのおかげでシェイラ嬢は殿下と婚約解消されずにすんだ。が、アンナの術にあっさり引っ掛かったリチャードと殿下はそれぞれの両親にこっぴどく絞られたらしい。リチャードは父君の騎士団長から頬をグーで四発ほど殴られ、昏倒したらしい。気を失った奴はしばらく謹慎を言いつけられて鍛え直しだと剣術や体術でみっちりしごかれたとも聞く。殿下も父君の陛下や大伯父君のラルフローレン公爵のお二人から無言で腹を殴られ、ぼこぼこにされたらしい。さすがに王妃のエルジェベータ様やシェイラ嬢の母君のシェリア様が止めに入っていたが。何せ、エリック陛下とラルフローレン公爵は頭脳のみならず腕っぷしもかなりのものだから殿下にしてみればたまったものではない。

そんなお二方からぼこぼこにされ見るも無残な状態になったユークリッド殿下は気を失い、医師に診察をしてもらう羽目になる。あえて、治癒魔法を使わずに普通の治療をせよとエリック陛下やラルフローレン公爵の厳命で魔法は一切使われなかった。ユークリッド殿下は打撲傷や擦り傷などを消毒してもらい手当てはされたが。それだけで後は自然治癒で治すという荒療治をやらされている。それくらい、陛下やラルフローレン公爵らの怒りは凄まじいものだった。

アンナの術に耐性があってよかったと心底思った。さて、その事件を起こした張本人のアンナは牢獄に入れられた後で密かに外に出されたらしい。税金の無駄遣いだし罪を犯した人間をこれ以上養うのも時間や手間の無駄だという意見がとある文官から出た。そのため、アンナは絞首刑を受けるために牢獄から刑場に移動させられた。

その後、アンナは絞首刑で生涯を終える。両親や兄弟たち、親戚もギロチンで斬首された。まあ、両親は娘に王太子を誘惑するように持ちかけたがためにより重い刑となった。これが見せしめになり二度と王家に誘惑や精神操作系の術を使い、近づく輩はいなくなるだろう。

エリック陛下に対しラルフローレン公爵やフィーラ公爵からある提案書が提出された。精神操作系の術や誘惑に打ち勝つ魔石を作る聖属性の魔術師の育成や魔石の普及などをまとめた法案だった。これにより、フオルド王国の危機は一つ減らせたというべきだろうか。俺はそんなことを考えながらシェリア様からいただいた魔石のペンダントを思い出した。

首からかけてあるそれは服の中にし舞い込んでいる。

「ユーノス。それはそうとシェイラ殿はどうだった?」

次に聞いてきたのはリチャードだった。

俺はため息をつきながら答えた。

「その。今日も一人で裏庭にいたな。お弁当を食べながらっていった感じか」

「…お弁当を食べながらって。イザベラ殿が体調不良で五日間も休んでいるからな」

そう言いながらリチャードもため息をつく。俺はああと言いながらサラダを食べ終えた。パンをちぎりながらイザベラ殿の事を考える。彼女はシェイラ嬢の親友で幼い時からの付き合いらしい。

だが、風邪をこじらせて高熱を出してしまい、五日前から学園を休んでいた。イザベラ殿が体調不良になったのはアンナが絞首刑になってから三日後の事だった。イザベラ殿はアンナが処刑された事を聞いていたかもしれない。だが、何故今の時期に彼女が体調を崩したのか。

我が家の影が調べてきた情報によるとイザベラ殿にフォーデル子爵の縁者が近づき、毒を盛ったのではとの事だった。つまり、子爵の縁者がイザベラ殿の実家の侯爵家の使用人として潜り込んでいたという事になる。俺はすぐにそいつを見つけ次第、始末するように命じておいたが。

「…ユーノス。お前、物騒な事を考えていないか?」

「何でわかる?」

「眉間にしわ寄せてるからだよ。食事してる時にそんな顔しているのは物騒な事を考えてる証拠だろ」

リチャードにそう言われて俺は眉間を触った。しわが寄っているのは指先の感覚でもわかる。

「…確かにそうだな。食事の時にこんな顔は良くないか」

「まあ、良くないとは言わないが。けど、考え込みながら食べるのは疲れそうだな」

リチャードは苦笑いしながら言った。

「まあ、そうだな。それより、親父さんに殴られた傷はもう治ったみたいだが」

「ああ、だいぶ治ったよ。父上にあんなに本気で殴られたのは中等部の時以来だ」

俺はそうかと言いながらちぎったパンを口に放り込んだ。リチャードもスープを飲みながら食事を再開する。横でそれを見ながらも黙ってアレックスは同じように食事していたのだった。




あれから、半日が過ぎて俺は授業を終えて寮に帰ってきていた。殿下の傷はひどくてまだ療養中だ。

確か、殿下がぼこぼこにやられてから十日は経っている。アンナが処刑されたのが同じくらいの時期だったから婚約解消未遂事件があったのが半月前か。

まだ、それくらいしか経っていない。イザベラ殿が倒れたのも事件の十日後くらいか。

今は事件の後処理や処刑された子爵一族の財産や領地没収などの事務処理で王城は目まぐるしい忙しさだ。

しかも、王太子殿下が大怪我で療養中である。代理をやっている殿下の弟君の第二王子殿下や陛下の負担はかなりのものになっていた。

王太子殿下の怪我は顔の打撲やかすり傷、鼻骨の骨折に腕や足の打撲、腹の打撲で全治二ヶ月との医師の診断がされている。特に問題なのが鼻骨の骨折で一番治るのに時間がかかると聞いた。

殿下は顔が良いだけに今後の彼に良くない影響をもたらすのではと周囲は心配していた。殿下本人は仕方ないと思っているようだが。

『何、顔が醜くなってシェイラにフラれれば良いんだ。そうしておけば、あの馬鹿王にもいい見せしめになる』とのたまったのはシェイラ嬢の父君のラルフローレン公爵だ。

はっきり言って俺は公爵を心底、恐ろしいと思った。こんな父親を持ったシェイラ嬢には同情を禁じ得ない。まあ、殿下の場合は陛下の例があったのに対策を取っておかなかった自身が悪いから自業自得の面もあるが。

シェイラ嬢は殿下の怪我の事については詳しく知らされていない。もし、詳しい事を知れば父君の事を恨みかねないからな。ツラツラと考える内に俺は椅子から立ち上がり、部屋の中を歩き回った。

カーテンは開いていて空が見渡せた。赤く夕焼け色に染まっている。

「…ユーノス様」

後ろから声をかけられる。ゆっくりと振り向くと影のリンの姿があった。リンは俺より下の十六歳だが身体能力が優れていて聴力が普通の者より格段に良い竜族の少女だ。父上がフオルド王国の北部にある山脈に先代の陛下の視察で同行した際に見つけて助けたのがリンだった。

リンは竜と人との間のハーフで人である母親と山脈の麓にある小さな村で暮らしていた。が、ある日、盗賊に襲われてリンは村と母親を同時になくした。命からがら逃げて無事だったのは彼女一人だけであった。そうやって彷徨っていた所を父上に拾われて我がスクワラン公爵家に仕える事になり今に至る。

「リンか。何か、新たな情報を持ってきたのかな?」

「あの。カウエラ侯爵家の事について新たな情報が。イザベラ嬢の病はやはり毒でした。エウラスの根が使われたようです。王城の医師が特別に許可を頂いて解毒薬をお飲ませしたとか。今は快方に向かわれております」

「なるほど。そうだったか。ご苦労だったな」

俺はそれだけを言うとリンに近づいた。布で覆われた頭にそっと触れたそのまま、撫でる。



リンは驚いているのか動かない。俺は手を離した。リンは乱れてしまった布を直すと一礼をした。

「…ユーノス様。では、失礼します」

「ああ。また、何かあったら頼む」

リンは窓を開けると音もなく去っていった。それを見送りながらイザベラ殿の事を父や陛下、王妃様に知らせようと決めたのであった。




その後、一週間が経ち、殿下の怪我も少しずつだが回復しているらしいとリンから報告を受けた。リチャードは打撲と擦り傷だけだったから回復も早かったが。殿下の場合はそうもいかないだろう。休学届けは提出しているらしいが。

部屋の窓を開けて空を眺める。あれから、イザベラ殿は回復をして今は普通に学園に通っていた。シェイラ嬢とお昼休みに一緒にお弁当を食べたりしている姿を見かけるようになっていた。よかったと俺も喜んでいた。

来年の春が来たら俺やシェイラ嬢、他の皆も学園を卒業する。その頃には殿下も怪我が治ってシェイラ嬢と正式に結婚をするだろう。

その時には全力で祝福をしてやりたい。澄み渡った空を見て改めて決意する。

俺は何があっても殿下やシェイラ嬢を支えたい。臣下として一人の友人としてだ。リンや他の連中とも協力しあいながら。前を見て進んでいこう。

俺はまっすぐに太陽を見つめたのだった。

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