第八話:シェルトフォードにてーーたった少しの希望に懸けて
「『我は希う』」
かちゃり、とユイは武器ーー剣を構える。
「『魔より我らを守護し、裁くための力を欲す』」
正直、小瓶からの能力発動よりも、ロイドから使用禁止レベルで止められているのだが、今この場を見ているのは、記憶を失ったロイドである。つまり、記憶が戻らない限りは怒られる心配が無いというわけだ。
「来いよ、魔獣。人間ならざるモノと化したお前に、手は抜いてやらねぇから」
そう挑発するように言ってやれば、奴ーー魔獣がユイに向かって突っ込み、拳を振るう。
『グルァ!!』
「っ、と」
だが、ユイもユイで、簡単に避けて見せる。
「攻撃等の能力上昇が、自分だけのものだと思うなよ?」
先程よりも素早く近付き、足を傷付ける。
『グッ……!!』
「ああ、効いてくれたか。そうじゃなきゃ、意味がない」
効いてくれなかったら、どうしようかと思っていたが、短剣では効かなかった攻撃が、剣では効いたのだ。追撃しないわけにはいかないとばかりに、魔獣の背中を斬り付けていく。
『グウァァァァアアアアッ!!』
その叫びは痛み故か。
魔獣が空に向かって咆哮する。
それを見ていたユイは念のために距離を取るが、咆哮を終えた魔獣は涎まみれな口許を閉じ、口角を上げ、笑みを浮かべて、ユイへと振り替える。
「……っ、」
爛々とした目はそのままなためか、魔獣の狂気さをさらに高めさせたようにも見える。
ユイはちらりと医療テントに目を向けるが、まだ数人が残っている。
(まだ、来ないの!?)
十一歳の少女が頑張っているというのに、助けが来ないとはこれ如何に。
(いや、来るまで時間稼ぎするのが私の役目であって、倒すのはまた別なんだよね)
さっきまで、魔獣を倒す気満々だったユイが言っていい台詞ではないが。
「でも、倒せたら倒せたで重畳」
ユイはかちゃり、と剣を鳴らし、向かっていく。
相手より小さいことが項を制しているのか、爪などの攻撃を避けたりして、今の所は大きな怪我を負わずに済んではいるが、それもいつまでのことなのか分からない以上、頼りきるわけには行かない。
「それにーー」
ユイは言う。
「こっちは、あんた程度に負けてる場合じゃないから」
ユイの目に赤い光が宿ったかと思えば、魔獣の左腕が切り落とされる。
『グオオオオッッッッ!!!!』
魔獣の声が響き渡る。
「少しの可能性に懸けてはみたけど、魔獣相手に手加減とかしてた私の方が馬鹿だ」
獣化した者たちは、きちんと対応すれば、元となった人間に戻る。
だからユイも、魔獣相手とはいえ、『人間に戻るかもしれない』という『望み』や『可能性』を抱いたり、残したりしつつ、人間へと戻った際に出来るだけ身体の欠損が少ないようにと戦っていた。
だが、それでは駄目なのだ。それでは、キリがないし、こちらの体力等が失われていくだけだ。
では、どうすることが正解なのか。
「永遠の眠りにつく覚悟はあるんだろうな? クソ魔獣」
死を以て、その命を終わらせることが、正解である。
この場で下手に逃がしたり、生かしたりすれば、それこそ厄介なことに為りかねない。
それでももしーー奇跡が起きて、この魔獣が人間に戻った場合、その時は右腕一本で頑張ってもらおう。左側が利き手でないことも祈りつつ。
「心中相手があんたとか、こっちはお断りだからーー大人しく、倒れてちょうだいな」
魔獣が分かりにくいレベルで、足の角度を変える。
(もう、これ以上は限界。マジで、誰か助けに来てくれないかなぁ)
きっと、ダメージを与えられる攻撃技を放つことができるのは次で最後。
それでも無理だというのならーー逃げるか、死ぬ覚悟をするしかない。
(正直、物凄く嫌だけど)
それでも、誰も来ないようだから。
「神は、その人にしか乗り越えられる試練しか与えない。その人なら大丈夫だろうと、きっと乗り越えられるだろうから」
ーー私への試練、突破するよ。
そっと息を吐き、告げる。
「『我は希う 魔より我らを守護し、裁くための力を欲す』」
ここから先、軽く駆けながらも、間違えないように気を付けながらも紡ぐ。
「『裁きの対象を確認し 裁きの門扉は開かれ 執行される』」
そして、足を止めたユイが何の行動にも移さないためか、チャンスだと判断したらしい魔獣が彼女の元へと向かうが、彼女の足下には魔法陣が浮かんでいる。
「『執行の時は来たれり 今こそ判決の時』」
そこで、ようやくユイは魔獣に目を向ける。
思っていたよりも少しばかり距離が遠くなったが、一方の魔獣は何かを感じ取ったのか、ユイに近づこうとしていたその足を止める。
魔獣の癖に考え始めたか、と内心文句を言いつつ、ユイは詠唱を止めない。
「『下れ 審判』ーー“ホーリー・ジャッジメント”」
空に向かって上げていた剣の切っ先を、発動と同時に魔獣に向かって振り下ろせば、魔獣に向かって天から白光の稲妻が落ちる。
ユイの持つ『魔法』の一つでありながら、聖属性に分類される『魔法』は、『異能』とは異なりながらも、『奇跡』を起こすものーーらしい。
正しくは、奇跡に近い何か、なのだが、ユイは面倒だから言わないし、訂正もしない。何より、今現在でどこにいるのかも分からない友人たちを捜しだし、口裏を合わせるのもまた面倒なのだ。
さて、どうなったものか、とユイは魔獣に目を向ける。戦闘不能状態に陥っていてくれていれば、後はどうにでもなるのだが、最悪なパターンだけは避けたい所ではある。
『グルルルル……』
「うわぁ、マジか。つか、耐えやがったのか。あれを」
ユイが使える魔法の中でも、高威力系の魔法に入る“ホーリー・ジャッジメント”。
これが駄目なら、もう一つの高火力を放つしかないのだが、運が悪いことに、魔力が微妙に足らない。
つまり、この後のことなどいくらでも想像できる訳で。
「ーーッツ!!」
気がつけばユイは宙に舞っていた。
だが、それだけで魔獣が許すはずもなく、追撃するための爪が襲いかかる。
それでも、空中で無理やり体を捻り、剣で爪を受け止めるが、その威力を抑えることは出来ず、ユイは地面に叩きつけられるかのように落ちる。
「かはっ……!」
「ユイちゃん!」
そんなユイを見ていたのか、まだ避難していなかったらしいロイドが叫ぶ。
「な、で……」
ーー何で、まだ居る?
ーーもうすでに避難したんじゃなかったのか?
様々な疑問が浮かぶが、それでも今やるべきことをやるために、ユイは立ち上がる。
「おいこら、どこ向いてやがる」
ロイドに目を向け、そちらに向かおうとした魔獣の足を止め、意識をこちらに向けさせる。
「私はまだ、動けるぞ?」
親指で自身を示しながら、ユイは言う。
だが、見た目からして、どちらが優勢で不利なのかなんて一目瞭然であり、ロイドが不安そうな目を向けている。
『……の……』
「……え?」
一瞬、声らしきものが聞こえたかと思ったが、どうやら気のせいだったらしく、獣のような唸り声しか聞こえない。
「まさか、ね……」
それよりも今は、と目の前の生き物をどうするのか、ユイは思考ををフル回転させる。
ただの剣技も、高威力の魔法も効かない。
(だとすれば、やっぱりーー)
やるべき残った手は、ただ一つ。
「……めだ。それだけは駄目だ! ユイちゃん!」
何かを察したのだろうロイドが叫ぶ。
「大丈夫。お養父さんだけは守るから」
血縁関係なんて無いけれど、それでも情を抱くほどには一緒にいたから。
「大丈夫だから、信じて。ね?」
もうとっくに怪我人たちの避難が終わっていることは分かってた。それなのに、ロイドが逃げようとしなかったのは、養女だと名乗ったユイが、この場に居たからだ。一部のーーユイに関する記憶も無いと言うのに。
これで、記憶があったりすれば、一緒に戦ったり、溜め息混じりに突っ込んだり、注意してきたりするのだろうが、記憶の無い彼に、そこまで求められない。
「……これも、あまり使いたくは無いんだけどな」
でも、使わないと勝てそうにないから。
記憶が戻ったロイドからは完全に怒られそうだが、自分たちが生き残るためには、やらないといけないから。
周辺を巻き込まないようにと、一歩だけ下がるのだが、どん、と何かにぶつかる。
壁にしては柔らかいし、人にしては何でこんなところに? と疑問が浮かぶ。
「っ、ごめ……」
それでも、ぶつかったことの確認と謝罪しようとしていたユイは、その相手が誰なのか気付くと目を見開く。
「……ル、ク……?」
驚きで彼の名前をきちんと言えていないが、そんなことよりも、何でここに居るのだとか、いろいろと聞きたいことはあるのだが、あまりにも戸惑いすぎて言葉が出ない。
「もう大丈夫だ。あと、ユーリも一緒だから」
「ご苦労様、ユイさん」
ユイの両肩に手を置いて支えていたルークはその手を離し、ユーリはユーリで笑みを向ける。
「……そっか……」
ユイは小さく笑みを浮かべる。
(やっと……やっと、来てくれた)
誰かが来てくれるのを信じて、ここまで頑張った甲斐がある。
ユイが与えた傷もあることから、街の守護を任されている守護者である二人なら、きっと勝てるはずだ。
「だから、お前は少し休んでろ」
「ここから先は、僕たちの仕事だからね」
ユイをロイドに預け、二人はユイたちを守るかのように魔獣の前に立ち塞がる。
「さぁて、選手交代だ」
第二ラウンドが始まった瞬間だった。