第七話:シェルトフォードにて ーー危機、迫る
ユイたちを乗せた馬車は、シェルトフォードに来ていた。
というのも、街を復興させるために必要となる人材や物を運ぶだけではなく、ライフラインを早急に回復させ、近隣の町街、村との連絡網等を結び直さなくてはならないため、そこに関係あろうが無かろうが、ユイたちの乗った馬車も街中へと通されたのだ。
「ありがとうございました」
だが、街の様子は予想していたよりも酷く、「着いたー!」などと軽々しく言えるわけもなく、馬車から降りたユイは、御者にそう言って駄賃を渡した後、周辺を見渡す。
正直、どの辺にいるのかも分からない上に、(ユイ自身の)知り合いもいないこの街中から、どうしているのか不明なロイドを見つけるのは困難だ。
(でも、見つけないと)
街の被害と回復状況は確認できたのだから、次はロイドと会って、彼の状態を確認しないといけないだろうし、必要とあれば、持ってきた商品などをタダ同然で売ることもユイは厭わない。
「とりあえず、人が居るところに行かないと」
これだけの大火災だ。仮に巻き込まれて逃げていたのだとしても、少しでも離れた場所に設置された複数の避難場所や医療テントに居るのかもしれないが、それでも確証が無いために情報収集しなくていい理由にはならない。
「……」
歩けど歩けど、建物が燃えた痕ばかりである。中には未だに黒煙を上げている場所もあり、消火活動も何ヶ所か続けられているが、それだけでも大火災が起きたのが二、三日前だと分かる。
普段なら活気に溢れていただろうギルドのような建物の前に来たユイだが、そこは半壊状態であり、今では人気も無い状態。
「お養父さん、どこにいるの……」
ユイの能力では、目的の人物を捜すことは出来ないため、ロイドの特徴を伝えて人に聞いて回るにしても、時間を掛けて、歩いて捜すしかない。
「っ、まだまだっ!」
ユイはそう言って両頬を叩き、気合いを入れ直すと、まずは、と医療テントがある方向に向かって、カラカラと音を立てながら旅行用かばんを引いていくのだった。
☆★☆
ーー医療テント。
重軽傷に関わらず、負傷者などが訪れるこのテント内では、多くの者たちが訪れていた。
「いやぁ、そっちも怪我しているっていうのに、手伝ってもらって悪いな」
「お気になさらず。大変なのはお互い様なんですし、僕は割と軽傷ですから」
医療従事者らしい青年が申し訳無さそうに言えば、怪我した子供に絆創膏を貼っていた同い年ぐらいの青年がそう答える。
「それにしても、まだ駄目なのか? 名前とかだけでも困りはしないが、それ以外の記憶が無いって事は、もし家族が現れたとしても、こっちには確認のしようがないわけだが……」
「まあ、確かにそうなんだけどね」
無いとは思うが、一番厄介なのは、家族だと嘘をついて近付いてくる輩だ。
けれど、名前と職業以外の記憶も無いまま、いくら相手から『家族』だと言われても、それが本当か嘘かどうかを見抜けなんて無茶な話だ。
「でも、記憶は無くても、身体は覚えているはずですから」
だから、きっと大丈夫なのだと青年は告げる。
「まあ、そっちがそれで良いって言うなら、良いんだけどな」
そう話し終えたタイミングで、「あの、すみません」と声を掛けられる。
「はい」
青年が振り返った時だった。声を掛けてきた少女ーーユイは目を見開き、小さく何か呟いたかと思えば、今にも泣きそうな表情へと変化する。
「生きてた……やっぱり、生きてた。生きててくれて良かった」
からから、と旅行用かばんを引き、ユイは少しだけ青年に近付く。
「お養父さん」
その言葉に、今度は青年ーーロイドが目を見開く番だった。
自分には娘が居たのか?
それにしては、似てなくはないか?
まさか、ここまで一人で来たのか?
一体どうやって?
……などなど、いくつかの疑問が過ぎらない訳ではないが、身体が拒否反応を示すどころか、どこか安堵しているということは、彼女は記憶を無くす前の自分と知り合いであり、彼女の言っていることもほとんどが事実なのだろう。
「お養父さん?」
少しばかり考え事をしていたためか黙り込むロイドに、ユイは不思議そうに首を傾げる。
「君は……」
「どうかしたのか?」
ロイドが口を開こうとすれば、先程まで話していたもう一人の青年が様子を見に来る。
「この子は?」
「いや、それが僕の『娘』らしくて……」
そう説明するロイドに、青年は二人を見比べる。
「こう言ったら、あれだけど……似てないよな? となると、お母さん似ってことになるが」
「お養父さんに奥さんはいないよ。それに、私は養子だから、似てなくて当たり前だし」
ユイはそう言いつつ、同じ馬車に乗り合わせたあの二人に渡したものと同じ名刺を取り出し、渡す。
「確かに、名字は一緒だね」
「大火災が起きてからにしろ、違うにしろ。数日で居場所とかを調べて、偽造するなんてことは無理だろうから、本当に家族であることは間違いないだろうな」
「とりあえず、納得してもらえたようで何よりです」
二人の反応に、ユイは笑みを浮かべる。
「それで、お養父さんの記憶はいつ戻るんですか?」
「気付いてたの……?」
「いつも通りなら、こうやって来た時点で、呆れるか怒るか喜ぶかの三択ですからね。そんな反応も無かったですし、後は会話から察しました」
口ではこう言っているが、会って話していく途中で、ロイドの様子が変だと思ったユイは、“ステータス・アイ”でロイドの状態を確認したのだ。
そこにあったのはーー『状態異常:記憶の部分喪失』。
そうと分かれば、後は行動をどうするのか決めればいい。どうやら、ロイドはユイが『義娘』であることを忘れているみたいだが、ユイはちゃんと覚えているし、大火災に巻き込まれたが故に彼が記憶喪失になったのだとすれば、慌てて思い出させるのではなく、思い出すその時まで待てばいいのだ。
「そっか。まあ、記憶喪失って言っても、一時的みたいだから、近いうちに思い出すんじゃないかな?」
「そうですか」
医療従事者がそう言うのなら、そうなのだろう。どちらにしろ、ユイに急かすつもりはないが。
「ーー……」
「……?」
距離があるのか、その大きさ故か。ぴくりとユイの耳が、音か声らしきモノを捉える。
顔を顰め、視線を逸らしたユイに、ロイドと青年は顔を見合わせる。
だが、次の瞬間。三人だけではなく、その場に居合わせた面々は驚愕の表情を浮かべることになる。
どんどん近付いてくる悲鳴や大きな音。その音を発する主は、巨大な狼のような形をしており、爛々たる赤い眼に口からは大量の涎が垂れている。
「うわぁ……っ!」
「誰かっ、助けて……!」
ようやくーーその声により、ユイの周囲に居た人たちは、自分の身に迫る存在に気付く。
異常とも思えるその存在を目にしたことで、慌てて怪我人を連れ出す者や放置して逃げ出そうとする者が居る始末。
「あいつ……」
ぽつりと呟かれたユイのその言葉は悲鳴や音に掻き消され、避難を始めようとしていたロイドは何もしようとしない彼女に首を傾げる。
「つか、何で獣化が、こんな所に居るんだよ!」
イライラしながらも、避難準備と誘導を始めた青年が叫ぶ。
「違う。アレは、単に獣化しただけじゃない」
「はぁっ!? ……っと。それより、お前らは先に逃げろ。俺は、みんなを逃がすまで離れられんがな」
ユイの言葉に青年はそう返してくるが、彼女は気にもせず、カバンから必要となりそうな物を取り出していく。
「ユイちゃん? 何をーー」
「悪いけど、残りの荷物は持ってて」
「いやいやいや、何をする気!? いや、何をするのかはもう予想ついてるけども!」
一人で忙しないロイドに、ユイは何を思ったのか小さく笑みを浮かべると、青年に目を向ける。
「私が時間を稼いできますから、迅速かつ無駄にしないでくださいよ」
「本当に行く気なのか? 死ぬぞ?」
「問題ありませんよ。援軍はきっと来ますから」
誰が来るのかは分からないが、置き手紙だけ置いて、いきなり居なくなった自分をユーティウス家が捜しているのなら、次に行く場所を予想して、こちらにも少人数で向かわせているはずーーと思いはしながらも、やっぱその可能性は低いかとユイは結論づける。
(出来れば、街の警備担当辺りがありがたいけど……)
こんな奴を放っておきながら、未だに来ないのを見ると、気絶したままなのか、殺られたのか。
(どちらにしろ、やるしかないよね)
正直、『やるべき事があるなら、やる』とフラグは立ててしまっていた訳だが、こんな形のを望んでいたわけではない。
「この状況を利用したフラグ回収、上等だ」
ーー殺るからには、きちんと殺らなければ。
“ステータス・アイ”で見てみると、やはりというべきか。奴のステータスは文字化けしており、そこは他の獣化連中と同じらしい。医療テントからある程度の距離を取り、落ちていた小石を投げぶつければ、ユイは自身にへと意識を向けさせる。
『グヒッ』
奴の目が、完全にユイを捉える。
手にはまだいくつか拾った小石が残っており、ユイは視線を奴に固定したまま、それを手首を利用して上下に振るいーー止める。
「あんた、何者?」
別に答えを期待した訳じゃない。
ただ、釈然としないから、聞いたまでに過ぎない。
「まあ、あんたが何者であっても構わないんだけどさ。居るべき場所へ、大人しく帰ってくれない?」
けど、ユイがそう言い終わる前に、奴が拳を振るったことで、先程まで彼女が居た場所にはクレーターとまでは行かないが、それっぽい凹みが出来ていた。
「先に仕掛けてきたのは、そっちなんだからさ。恨みっこ無しだよ」
ユイ自身の能力を込めた短刀で、奴の二の腕部分を斬りつけるがーー
「うわぁ、ほぼ効果無しとかマジか」
確かに傷は付き、血は流れているが、獣化部分すら解けていないのを見ると、ほとんど効いてないのだろう。
(方法が、無いわけじゃない。無いわけじゃないけどーー)
現在一人で応戦している以上、その手が使えないのだ。もう少しだけ、時間が稼げれば、打てない手ではないというだけだ。
ちらりと医療テントを一瞥する。足を怪我した人も居るためか、まだ避難誘導は終わっていない。
「……覚悟するか」
首をぐるりと一周させ、息を吐きーー
『カハッ……!!』
姿勢を低くし、瞬時に奴の懐に飛び込んで斬りつけた後、駄目押しとばかりに、外から見ただけでは分からないーー内側自体にダメージを与える。
しかも後者に関しては、素手で押し込むようにして行ったため、武器で通すよりは、ダメージが入ったことだろう。
反撃されるのを防ぐために、ユイは一度距離を取るが、奴はダメージがあった場所を不思議そうに擦っている。
(まあ、分からなくはないけど)
きっと、攻撃されたはずなのに、傷も何も無いから、不思議なのだろう。
だが、粗方の確認を終えたのだろう。そして、何を思ったのか、奴は空に向かって雄叫びを上げる。
「何なの……? って、まさか……!」
一瞬疑問に思ったユイだが、すぐに一つの結論が浮かび、驚きの表情を見せる。
『ーーキヒッ』
だが、奴はユイの予測が当たっていると言わんばかりに、凶悪な笑みを浮かべる。
「ーーッツ!?」
背筋が凍るとまでは行かないが、ひしひしと嫌な予感がするのだ。
「ったく、次から次へと問題を起こしてくれる……!」
ユイは冷や汗を流しながらも、内心舌打ちしたくなりながらも、軽く深呼吸をする。
「こうなったら、あんまり使いたくないし、怒られるだろうけどーー」
ユイはその身にーーその手にずっと持っていながら、使おうとしなかった武器。
「どうなっても、恨むなよ?」
だって、ユイ自身もこの能力で状況がどう転ぶのか、分からないのだから。
一番願うべき状況は、奴が倒れるか捕まるような状況。そのためにもーー
(援軍到着まで、持ちこたえて見せる)
こうして、ユイと奴の持久戦の始まったのである。