第五話:シェルトフォードへ
「ルークさん、ユーリさん!」
ユーティウス家の執事、オブリウスは彼らしくもなく慌てていた。
「オブリウスさん?」
「慌ててるなんて、珍しいですね」
普段の彼からは予想できない、息を切らしたオブリウスに、思わず一緒に居たルークとユーリは首を傾げる。
「ユイ様をお見かけしませんでしたか? お部屋に居られず、手紙だけが残されていまして……」
「ちょっと良いですか?」
オブリウスからユイの置き手紙であろう紙を受け取り、ユーリたちはその内容を確認する。
『ユーティウス家の皆さんへ
こんな形で屋敷から去ってしまい、申し訳ありません。
ご迷惑をお掛けしていることは重々承知ではありますが、こちらとしても他の仕事等もあり、知らせを待ち続けるわけにはいきませんので、このような形で黙って去ることになってしまい、本当に申し訳ありません。
後日、再びそちらへお伺いさせていただきたいと思います。……養父であるロイドとともに。
最後に、貴方がたの信頼を、このような形で失わせてしまい申し訳ありませんが、父とは今までと変わらないお付き合いをよろしくお願いします』
最後に『ユイ・ディライト』と書かれた名前で締め括られたその手紙に、本当に十一歳の娘が書いたのかと思うのと同時に、オブリウスが焦っていた理由を理解した。
いくらしっかりしているとはいえ、ユイはまだ十一歳の少女であり、迷いやすいこの街へ単独で向かわせたロイドに疑問があったというのに、この屋敷から姿を消したであろう彼女の気配すら、少しも気付くことはなかった。仮にもこの家と街の『守護者』だというのに。
「旦那様たちにはもうすでにお話し致しまして、今は他の方々にも捜してもらっています」
オブリウスの言葉に、それを聞いたユーリは思案する。
「ねぇ、オブリウスさん。ロイドさんが巻き込まれたであろう火事のあった街って、どこでしたっけ?」
「え、シェルトフォードですが……まさか……!?」
ユーリの問いに、オブリウスは街の名前を口にすると、彼が言いたいことを察したらしい。
「おいおい、いくら何でも考えすぎじゃね? シェルトフォードまで、ここからどれだけ掛かると思ってるんだよ。大火災の影響で、ほとんどの交通機関が使えないはずだろ?」
「路線的には繋がっているとはいえ、列車はシェルトフォード方面には向かえないだろうが、馬車でなら、街の近くギリギリまで行けるんじゃないかな?」
さすがのルークも『ユイが向かった先が、シェルトフォードではないのか』というのは察したようだが、シェルトフォードに向かうための手段に対し意見すれば、ユーリが肯定とも否定とも取れる返事をする。
「だとしても……」
「一緒に居た時間は短かったから、あまり判断材料にはならないだろうけど、それなりに頭の回転力がありそうなユイさんのことだ。手紙通りにシェルトフォード以外の場所へ向かったのかもしれない」
ただ、ロイドの無事を聞かされてない状態で、ユイが他の街や町に行ってまで仕事をするとは思えない。
「きっと、頭では理解しながらも、じっとしていられなかったんだろうね」
そう言って、ユーリはシェルトフォードがある方角に目を向ける。
本当は大火災の一報を聞いて、すぐにでも向かいたかったはずだろうに、昼までよく我慢したと思うーーまあ結果として、置き手紙があるとはいえ、勝手に居なくなるという、このような騒ぎになっているのだが。
「それで、どうするんだよ」
追うのか。追わないのか。
「んー、もし追う気なら、君たち二人に頼んで良い?」
「ケインさん?」
いつからそこに居たのだろう、ある意味では会話に割り込む形になったケインに、オブリウスが目を向ける。
「統率役がさ、ガチでユイちゃんをスカウトする気みたいになったんだけど、逃げるような形で出て行かれちゃったし。だったら、接触率の高い二人に任せた方が良いでしょ?」
「スカウトって……」
「ま、あの子はちゃんとした商人みたいだし、断られる前提だけどね」
にこにこと笑みを浮かべるケインの真意は分からないし、何かを企んでいるであろう彼の意図通りに働きたくはないが、十一歳の女の子一人よりはルークたち男性陣が一緒にいることで、安全度合いは格段に上がるはずだ。
「話は通したし、統率役も許可済みだから、早く準備して捜しに行っておいで」
早くしないと追い付かなくなるよ、と言われれば、従わざるを得ない。
そして、二人が簡単に準備を終えればーー
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ケインとオブリウスに見送られる形で、ルークとユーリは屋敷を後にする。
「あーあ、あの二人の抜けた穴は大きいなぁ……」
「だったら、行かせない方が良かったのでは?」
「んー、でもさ。あの二人を向かわせた方が良いって、直感が言ってるんだよ」
直感を信じるわけではないが、あの二人とユイのコンビネーションは、屋敷に侵入してきた獣化した男との戦いで確認済みだ。
もしかしたら、単なる偶然か、ユイが他人に合わせるのが上手いだけなのかもしれないがーー
「それに、統率役じゃないけど、ユイちゃんの能力に興味あるのも事実だし」
そう言った後、ふふっ、とケインは笑みを浮かべる。
「無事に戻ってきてくれると良いのですがね……」
「そうだね。僕も訃報は聞きたくない」
そう言って、ケインがその場に背を向け去っていくのを見届けたオブリウスは、「皆さん、どうかご無事で」と心の中で願い、玄関の扉をそっと閉めた。
☆★☆
カラカラカラ、と石畳の上を旅行用かばんを牽きながら、ユイは歩いていた。
ユーティウス家を出たユイは、手始めに駅でシェルトフォードに向かえるかを尋ねてみたのだが、案の定と言うべきか、駅員からは「行けない」の一言だった。
だったら、二つ目の手段である馬車に切り替えるしかない。
「すみません。私一人なんですが、席の空きはありますか?」
「お嬢さん、一人かい?」
馬車の御者だろう男が、ちらりと馬車へと目を向ける。
「うーん。先にお客さん居るし、相席になってしまうから、ちょっと確認させてね」
「はい」
御者が、先に乗っていたであろう者たちへ確認している間に、ユイは周辺の気配を探る。
今のところ変な視線などは無いが、今ここでルークたちに捕まるわけには行かない。
「お嬢さん。相席しても良いというお返事が出たので、どうぞ」
「あ、はい」
余所に目を向けていたため、声を掛けられ、慌てて返す。
「ところでお嬢さん。目的地をお聞きしてもよろしいですか?」
「場所ですか? それなら、シェルトフォードかシェルトフォード近郊まで、よろしくお願いします」
御者の男へ目的地を告げ、ユイは馬車へと乗り込む。
そこで、ユイは一度瞬きする。
(向かい合う形で座る男女、か)
顔の良い青年と、美人な女性。
雰囲気からして、恋人や夫婦では無いのだろう。たまたま居合わせた、という方が正解だろうか。
とりあえず、ユイは軽く会釈してから、女性が座っている側に腰掛ける。
「……」
「……」
「……」
三人とも無言なためか、ゆっくりと時間が流れていく。
「そろそろ時間となりますので、扉を閉めさせてもらいますね」
御者がそう言って、馬車の扉を閉める。
完全に閉じられた馬車の中で、ユイは先に乗っていた男女を一瞥する。
二人に対し、“ステータス・アイ”を使っても構わないのだが、そんなに気になるわけでもないし、こちらに敵意さえ向けてこないのなら、問題など無いに等しい。何かしようとすれば、反抗や撃退すれば良いのだから。
「……」
「……」
「……」
まあ、誰一人声を発しようとしないため、多少気まずい空気なのは仕方がない。
「それでは、皆さん。御時間となりましたので、出発いたします」
「はい、よろしくお願いします」
御者の言葉にユイだけが返したものの、馬車はそれぞれの目的地に向かって、動き出した。
(待っててよ。お養父さん。ーーあと、絶対に無事でいて)
馬車内で荷物を握り締め、ユイはそう願う。
そして、彼女を追う形で屋敷を出たルークたちが、馬車乗り場に辿り着くまでーーあと二時間。