第四話:祈りよ、届け
朗報凶報に関わらず、オブリウスからの連絡がないまま、ただただ時間だけが過ぎていく。
「ユイー、気晴らしに遊ぼうぜー」
部屋のドアの向こう側から、そんな声が聞こえてくる。
『気晴らし』という言葉が入っているということは、朝食時の件を彼も知ったのだろう。
それにしても、出会ってまだ約二日だというのに、彼(ら)はユイと積極的に関わりに来ている。
「いないのかー?」
それを聞いて、ユイ自身、しつこくされても困るし、居留守を使う気も無かったので、溜め息混じりにドアの方へと移動する。
「何だ、居たんじゃねぇか」
「……遊びには行かない」
ドア前の声の主は、やっぱりというべきかルークであり、ユイはドアを開けた隙間から顔を覗かせながら答える。
「ちょっ、待っ……」
ドアを閉め掛けたユイを引き止めようと、ルークが慌てた様子でドアの隙間に足を滑り込ませてくる。
それを見て、ユイは顔を顰めた。
現在、この邸宅では普通の客人でしかないユイに、どうして彼らは代わる代わる関わろうとしてくるのだろうか。
養女とはいえ、ロイドの身内ということが、そうさせているのか。
「気持ちは分かるけど、そうやって引きこもったままも良くないと思うぞ? 報告聞くまで、暇潰しも兼ねて一緒に遊ばないか?」
「……遊ばない」
ルークの言い分は理解したが、それでもユイは今、遊ぶ気分にはなれない。
「だから、ごめん」
ユイにより、謝罪とともに完全にドアを閉じられたことで、ルークは溜め息を吐いて肩を落とし、横に目を移す。
「何か、断られたんだけど」
「うーん……年が近くて、顔見知り度の高いルークならもしかして、って思ったんだけどなぁ」
年が近いのはともかく、顔見知り度って何だ、とルークは目の前の相手に目を向ける。
「でもまあ、出てくるぐらいの気力はあったってことか」
「というか、何でケインはあいつを気にしてるんだよ」
「んー? 守護者として、あの能力は無視できないじゃん。そのことについて、統率役も気にはなってるみたいだし」
確かに、獣化を鎮めたユイの能力が気にならないといえば嘘になるが、それでも今するような話では無いだろうに。
「統率役が?」
統率役も気にしていると聞いて、ルークは顔を顰めた。
「今の僕たちの中に、あの子のような能力者はいないからね。僕たちが勝てないような奴が来ても、あの子の能力でそいつらの隙を作ることは出来る」
確かにそれは否定できないが、戦闘職とも言える職に身を置いているルークたちはともかく、商人(候補)であるユイが慣れているとはいえ、本当に巻き込んで良いものなのだろうか。
「ま、ルークが何を考えてるのか、何となく分かるけど、一応覚えておいて。彼女を仲間にしたら、年の近い君が面倒を見なくてはいけないことを」
そう言って去っていくケインを見送ったルークは、ユイが使っている部屋の扉を一瞥した後、自身もその場を離れるのだった。
☆★☆
シェルトフォードに行っているであろう養父・ロイドの無事が聞かされないまま、時刻は昼を過ぎて十四時になろうとしていた(時間は一日二十四時間制)。
その間、ユイは部屋で淡々とシェルトフォードがある方角を見続け、昼食も食べずに、オブリウスが齎してくれるであろう朗報を待ち続けていた。
今でもシェルトフォードの方では負傷者や死亡者の身元確認が行われているのだろうが、報告を待っているユイにとっては苦痛であり、不安でもあってーーそれが、彼女にある行動を起こさせた。
「シェルトフォードに、行こう」
報告を待って、じっとしているよりは遙かにマシなはずだ。
確かにロイドのことは心配だが、街の被害状況も見なければならないし、もしかしたらーー自身の無効化に出来る能力も、役に立つことがあるかもしれない。
だが、問題はある。
どうやって、この屋敷を抜け出すのか、という問題だ。仮に上手く抜け出せたとして、眼下に広がる街で守護者たちに見つかりでもすればアウトなのは目に見えている。
他にも問題はある。
シェルトフォードまで、どうやって向かうのか、だ。
金銭はある方だから問題ないが、交通手段をどうするべきなのか。
電車(というか列車に近いが)の場合、路線的にはシェルトフォードと繋がっているので行けなくはないだろうが、シェルトフォードの駅の状態を知らないため、駅員に行けないと言われてしまえばおしまいである。
馬車の場合、時間は掛かるものの、街の近くまでは行けるだろうが、警備の都合上で存在する関所の兵士たちに入れさせてもらえないだろう。泣き落としや色仕掛けをする手もあるが、ユイはどちらかといえば得意ではないし、そもそも十一歳児のそういう行為ーー特に色仕掛けーーは効果があるとは思えない。それに、下手にやって、変な輩を釣りたくもない。
ちなみに、商人の端くれとして、関所の兵士たちに賄賂を渡すという意見だけは、速攻で放棄し、破棄した。
「……はぁ」
ユイは溜め息を吐いた。
片手で数えられる日数だが、この家の人たちはーーロイドの養女であるーーユイに優しくしてくれた。
そんな彼らを、これから騙そうとしているのだ。
ーーごめんなさい。貴方がたの信頼を裏切るような真似をして。
だから、これからこっそり抜け出そうとしているにも関わらず、こんな置き手紙を作ってしまったのだろう。
「待っててね、お養父さん」
手紙を机の上に置き、来たときに持ってきていた荷物を持ち、自身に認識阻害の術式を掛ける。これで、それなりに時間が稼げるはずだ。
そしてーー……
ユイの置き手紙を見つけたオブリウスにより、ユーティウス家の屋敷内は騒がしくなるのだった。