第十九話:新人とメイドたち
「はい、これあげる」
そう言って、屋敷の清掃に向かおうとしていたのか、終わったのか。清掃道具を手にしていたメイドから小分けされているのだろう飴を渡されたユイは、彼女がそれだけ言って、去っていくのを見送るしかなかった。
☆★☆
ユーティウス家には、主人であるアクティウスたちや守護者たちだけではなく、オブリウスを筆頭とした執事やメイドといった者たちが仕事や生活をしている。
暗黙の了解というわけではないが、守護者や執事は男、メイドは女というイメージがあったことも事実ではあり、その空気を壊すかのようにユーティウス家に守護者としてやって来た『ユイ』という少女が、メイドたちの注目を集めていた。
「……ほら、あんたが行きなさいよ」
「ちょっ、待ってよっ……!」
「あ、もう押さないでよ」
ただ単に手が空いていたため、声を掛けるタイミングを見計らい、その役目を押しつけあっていたメイドたち。
「貴女が、新しく入った子?」
言葉だけ聞くと、完全に嫉妬などでいびりに来たかのような言い方である。
「そうですが……」
声を掛けられたことにより、廊下を歩いているのを止められたユイは肯定した。
ユイが来てから数日経ってはいるが、自分より後に誰かが入ってきたといった情報を彼女は得ていなかったため、おそらく声を掛けられたのは自分なのだろう、と彼女は推測する。
(――とはいえ、さすがに用件までは予想できないかな)
何せ、思い当たるのが多すぎる。
――女の身でありながら守護者になったこと?
――守護者の誰かが好きで、牽制するために声を掛けてきた?
などなど。
まあ、嫉妬云々は「こっちは子供なんだから、わざわざ牽制しに来なくてもいいじゃない……」と思わないこともないのだが、それでもこの身が「女」だからという理由だけで来てもおかしくはない。
「ふぅん……」
まるで品定めされるかのような目線が、余計にユイの中にある嫉妬云々の可能性を大きくしていく。
「あの……?」
もし、嫉妬云々でないのなら、早く――この後、特に用は無いけど――用件を言ってほしい。
そんなユイの願いが通じたのか否か、話し掛けてきたメイドが口を開く。
「――貴女」
「はい」
「これ、あげるわ」
「は、はぁ……」
何か言われるかと思ったのに、差し出されたのは、一つの飴玉。
それを手に乗せられ、戸惑いを浮かべるユイを余所に、目的は達成したとでも言いたげな表情のメイド。
「何か困ったことがあれば言いなさい。私たちが力になるから」
それだけ言うと、メイドはその場を後にする。
そして、聞こえてきたのは――……
「何とか、目的を無事に達成したわよ」
「やった!」
「あとは、これからの付き合いね」
そんな話し声を、ユイは「そういうことか」と納得しつつ、聞こえない振りをした。
もし、聞こえていた、聞いていたなんて知られたら、何て言われるか。
「……まあ、睨まれてはいない、かな」
嫉妬に狂ったり、束になった時の女性の怖さは、ユイも理解している。
押し付けられるような形で手渡された飴玉に目を向ければ、《メイドからのキャンディ》とアイテム表記が出ており、効果を見ても、普通の飴と変わらないらしい。
「……ふふっ」
もし、何らかの嫌がらせを受けたら、相談の一つでもしてみても良いのかもしれない。
ただ――……
「はい、これあげる」
「……」
少しの間、廊下を等で姿を見かけられる度に、いろんなメイドたちからの飴玉プレゼント攻撃をされ、「次は断ろう」と思うことになるとは、このときのユイは知る由もなかったのである。




