第一話:到着
「あー、もう最初からこうしておくべきだったんだよなぁ」
そう呟きながら、ユイはこの場所へ来たときと同様に、地図を見ながら歩いていく。
獣化した男の騒動で、あの通りの一部が通行止めとなったことにより、この街に慣れていないユイは、地図通りに進むことが出来ず、目的地までの行き方を街に詳しそうな人に尋ねるしか方法が無かった。
ただ、途中で人に道を聞いて、何とか教えられた所までは来られたのだが、そこまでだった。
「うわぁ、意味無ぁい……」
もう、自分がどこにいるのかすら、分からない。
「……とりあえず、歩こう」
嘆いていても仕方ないので、とにかく歩く。
そんな時だった。
「はーっ。やっと買い物、終わったー!」
伸びをしながらそう告げる金髪の少年に、横に居る黒髪の青年が頼まれたものと買ったものを確認していた。
(げっ!)
だが、今のユイには、あの二人に会うわけにはいかなかった。
(見つかる前にーー逃げる!)
とりあえず、二人に背を向ける。
こんな大荷物な子供、目立つに決まっているが、距離さえ稼いでしまえば、すぐには追ってこれないだろう。
「あーもう。こうなるんなら、意地でも何でも付いてきてもらうんだった」
何で、頼まれたからって、一人で来てしまったのだろうか。
それに、気まずいとはいえ、詳しそうな人に案内してもらうなら、あの二人でも良かったんではないのだろうか。
今更、後悔しても遅いし、溜め息は吐いても足は止めない。
そこで、ユイは前方に何かあることに気づく。
「案内板、こんなところにあったんだ」
『現在地』と赤く記された場所と目的地の場所を見る。
「それにしても、入り組んでるなぁ」
道順を確認しつつ、ユイが案内板を見て思ったのが、これである。
「さて、どうやってあそこまで行こうか……」
「だったら、君の目的地にまで、案内しようか?」
「……」
道順の確認はしたものの、独り言のような呟きに返事があったため、ユイが恐る恐る振り向けば、そこに居たのはどこかで見たような二人組だった。
「……」
「……」
「……」
無言で、三人は視線を交わす。
「……あ、あー、さっきはありがとーございましたー」
とりあえず、ユイは先程助けられた礼を告げる。
微妙に棒読みっぽくもあるが、彼らに助けられたのは事実である。
「ああ、そのことなら、別に気にしなくていいよ」
「この街を守るのが、俺たちの役目だからな」
黒髪の青年ーー確か、ユーリだったはずーーと金髪の少年ーー確か、ルークだったはずーーがそう告げる。
「それで、何かご用ですか?」
「いや、何か困っていたように見えたから、声を掛けただけだけど」
それを聞いて、嘘っぽいと感じたユイは、内心疑い深いなぁと思いつつ、返す。
「……はぁ、それはご親切にありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。地図で行き方は把握しましたから」
「そう?」
「はい」
ユイは頷くが、案内してもらうことよりも、これ以上二人と関わるつもりが無いことの方へと天秤が傾いた。
「ですが、次会ったときにまだ迷っていたら……その時は、道案内、お願いします」
こうなれば、彼らに頼るのは最終手段である。
ぺこりと頭を下げるユイに、「今から案内してもいいんだけどね」とユーリは思いつつ、「そっか」とあまり強くは言わなかった。
「それでは、失礼します」
去っていくユイに、珍しく無言を貫いていたルークが言う。
「何で頼まねーかなぁ」
「まあ、あの子にもあの子なりに事情があるんだろうね」
二人して、ユイの去っていった方を少しの間、見ていた。
☆★☆
「はぁ、最初からこうしておけば良かったんだよなぁ」
ユイはそう呟きながら、人目に付かないように、一部の屋根の上を飛び越えていく。
そして、目的地に近付いてくると、屋根から飛び降りて、その場所へ向かう。
「それにしても、広いし、おっきいなぁ……」
到着したユイが周囲を見回し、見上げるほどに、その建物は大きく、敷地は広かった。
とりあえず、軽く身嗜みを整え、深呼吸して扉をノックしようとすれば、扉が自動的に開く。
「おや?」
ユイがノックする前に扉を開けたであろう老紳士は、不思議そうにユイに目を向ける。
「オブリウス。可愛らしいお客さんが来られているが?」
「ちょっと失礼いたします」
老紳士に声を掛けられ、オブリウスと呼ばれた執事のような人が顔を覗かせる。
「初めまして、小さなお嬢様。私は、当家の執事をしていますオブリウス・テーラーと申します。この場所へは、お一人で来られたのですか?」
「あの、えっと……はい」
ユイは戸惑いながらも、頷く。
《オブリウス・テーラー 職業:ユーティウス家執事》
ユイの意志とは別に現れたステータスに、内心ムッとしながらも、彼女はなるほど、とも納得する。
「ご迷惑でなければ、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「あ……ああ、はい。名乗るのが遅れて申し訳ありません。ロイド・ディライトの養女、ユイ・ディライトと申します。この度は忙しい養父に代わり、私が来ることとなりました。養父のように行かず、気の利かない所もあるかもしれませんが、どうかよろしくお願い致します」
オブリウスに促されたこともあり、そう名乗るユイだが、最後の方は、まるで嫁入りするかのような言い方になってしまった。
「ああ、ディライトの所の……大変だったな。迷わなかったか?」
「まあ……かなり迷いました」
何で、この街はあんなにも入り組んでいるのだろうか。
それを見透かしたかのように、老紳士が答える。
「この街が入り組んでいるのはね。昔、戦争があった時に、侵入してきた敵を迷わせたり、街の人たちが逃げ切れるように時間稼ぎするためのものらしくてね。その名残なんだよ」
「そうなんですか」
老紳士の言葉に、ユイは納得したように頷く。
もし、これが嘘だったとしても、そういう理由なら、入り組んでいるのも仕方ないと思えるが、領主の趣味とかだと言われた場合、ユイは当時の領主をぶん殴ってやりたくなったことだろう。
「ああ、そうだ。私はアイン・ノートルダム。また、どこかで会えたなら、その時はよろしくな。ユイ嬢」
「あ、はい」
ユイにしては、珍しく疑わなかったが、目を細めて、去っていく彼のステータスデータを見てみる。
《アイン・ノートルダム 職業:公爵/ノートルダム家当主》
「……」
まさかの爵位持ちで公爵だとは思わず、あんな対応で良かったのかと思うユイ。
「貴女が気になさることはありませんよ。あの方は、対応の仕方で怒るような方ではありませんから」
「だと、良いんですが……」
オブリウスに言われるが、やはり心配なものは心配である。
「それでは、旦那様たちへ、ご挨拶に行きましょうか」
「あ、お願いします」
「荷物はお持ちいたしましょう」
「……すみません」
そのままオブリウスの案内で、ユイは当主の元へと向かう。
「旦那様。お客様がお着きになり、こちらへお連れいたしました」
当主が居るであろう部屋まで来ると、オブリウスが声を掛ける。
「入れ」
「失礼いたします」
許可が出たので、ユイはオブリウスとともに部屋へと入れば、そこには壮年の男性と女性が居り、二人の目がオブリウスとユイに向けられる。
「あら、オブリウス。その子は?」
「ああ、奥様。お客様は彼女ですよ。本日お越しになるご予定でしたロイド様のご息女だそうで」
「ユイ・ディライトと申します。本日は養父に代わり、こちらへ参りました」
オブリウスと女性の会話を聞きながら、ユイは間を見て頭を下げる。
「そうだったの。こちらへは一人で?」
「はい。少々、迷いましたが、何とか着くことができました。ですが、約束のお時間を過ぎてしまい申し訳ありません」
「いや、良いんだ。こうして、無事に到着してくれたんだからな」
男性の言葉に、女性も同意する。
「そうね。それにしても……ユイさん、で良いかしら?」
「あ、はい。構いません」
「では、ユイさん。貴女にお聞きしたいのだけど、今はおいくつなのかしら?」
「えっと……」
女性の問いに、ユイは戸惑う。
というか、いくら一部の記憶が残っているとはいえ、この身長で実年齢を言っていいものだろうか。
(いや、さすがにそれはマズいだろうし、笑われかねない)
「ごめんなさい。貴女みたいな子が一人で、っていうのが気になって」
「あ、そういうことですか。今は十一です。半年後ぐらいに十二になりますね」
「そう、なの?」
男性と女性が顔を見合わせる。
「実はな。君のことは君の父親から聞いていたから、一度会ってみたかったんだ」
「そうだったんですか」
どんなことを話したのかが気になるが、それは追々聞いていけば良いだろう。
「さて、今からのことだが、君と取り引きしたところで夜になってしまう。だから、今晩は泊まっていかないか?」
「あ、良いですね。是非そうしてください。ユイさん」
「確かに、安全面を考えれば、その申し出はありがたいのですが……皆様のお邪魔では?」
二人の有り難い申し出に、ユイは懸念事項を尋ねる。
「別に気にしなくても良い。寧ろ、そのまま帰したら、こちらが怒られてしまう」
「……分かりました。それでは、お二人のご厚意に感謝して、今晩、お世話にならさせていただきます」
肩を竦めて言う男性に、ユイは頭を下げる。
男性たちも、最初から素直に頷いてくれれば、とも思っていたのだが、こういう人柄だからこそ、ロイドがユイを一人で送り出したのだろう、とも思う。
「それでは、お部屋の方をご用意いたします」
「ああ、頼む」
オブリウスの言葉に、男性は頷く。
「それじゃあ、部屋の用意が出来るまで、商談と行こうか。小さな商人さん」
「はい。精一杯、養父の代役を務めさせて頂きます」
笑みを浮かべる男性に、ユイも、まるで獲物を狙うかのような笑みを浮かべるのだった。
☆★☆
部屋の手配と用意を終えたオブリウスは、ユイの分の夕飯を追加してもらうために厨房に向かっていたのだがーー
「あれ、オブリウスさん?」
「これはこれはルーク様」
金髪の少年ーールークに呼び止められ、オブリウスは頭を下げる。
「客室の方から来たって事は、泊まっていくお客さんが居るの?」
「はい。とても可愛らしい方ですよ。ルーク様よりは年下のようですから、旦那様たちに許可を得たのなら、話してみるのも良いかと思いますよ」
それを聞き、ルークは思案する。
「気が向いたら、な」
「そうですか。では、私は来客分を厨房の方に伝えなくてはならないので」
「引き止めてすみません」
お気になさらず、と去っていくルークを見ながら、オブリウスは厨房に入る。
「料理長。一名分、追加してもらいたいんですが、構いませんか?」
「一名? それぐらいなら別に構わないが、来客か?」
「ええ。可愛らしいお嬢さんですよ。商人のロイド様のご息女です」
「ああ、あの商人の……って、娘なんて居たのか」
手元を見ながらも、オブリウスと話す料理長。
どうやら、彼は食後のデザートを用意しているらしい。
「私も驚きましたが、聡明な方でしたよ」
「そうか……。だが、オブリウス殿。次からは、苦手なものを聞いてきてくれると助かる」
「すみません。私としたことが、ミスしてしまいました」
屋敷内の仕事に関しては、ミスすることなど無いオブリウスがミスしたこともあり、二人の話を聞いていた料理人たちが「え」と声を洩らす。
オブリウスも人間なので、ミスすることもあるのだが、今ではミスすることがほとんど無いため、『ミスター・パーフェクト』とも言われている。
「なぁに。それぐらいのミスがないと、逆に気持ち悪くてしょうがないぞ、っと」
デザートにクリームを飾り付け、全体を確認した料理長が満足げに頷く。
「言ってくれますね。では、そろそろ私も職務に戻らさせて頂きますね」
「ああ、無茶するなよ」
料理長たちに見送られる形で、オブリウスは厨房を後にした。