第十八話:新人と先輩たち
ーーユイがヴェインたちとのやり取りに慣れてきた頃。
「本当、ユイちゃんって、私たちを怖がらないわよね」
「うん。初対面の時はともかく、慣れてきた今だと、距離を取り始めてもおかしくなさそうなのにね」
ヴェインの言葉に、ウォルティスが同意すれば、ロットが部屋の一部に視線を向ける。
「ま、ハーヴィは相変わらず距離を置かれているがな」
「うぐっ!」
初対面が初対面だったからなのだろう。今では慣れてきた部分もあるのだろうが、ユイの警戒状態を完全に解くことまでは出来ずにいた。
そんな話をしていたヴェインたちが居る部屋のドアがノックされる。
「どうぞー」
「あの……」
許可を出せば、扉を開けて戸惑いがちにこちらを覗き込んでくる新たな自分たちの後輩に、「入っておいでー」とヴェインは促す。
「えっと、統率役からの書類をお持ちしました」
「毎回、ありがとうね」
守護者統率役ことジェイドも彼らに苦手意識があるのか、現状彼らに対して苦手意識が無さそうなユイを使って、書類を届けさせることが増えていた。
正直、四人としては新人にそんなことをさせずに、書類ぐらい自分で持ってこいって言いたいところではあるが、苦手意識から無理をさせるより、嫌な顔一つせずに届けてくれる少女の方が、双方ともに精神的に良いのでは、という結論を出してからは、特に文句を言うことも無くなっていた。ただーーユイの見回りの時間を除いて、だが。
「いえ、大丈夫ですよ」
「あ、ユイちゃんユイちゃん」
「……何でしょうか」
ハーヴィに呼び掛けられ、ユイが間を空けて、不思議そうに問い返す。
「ちょっと聞きたいんだけど、ユイちゃんって、何で繋ぎ役やってくれてるの?」
そんなハーヴィの問いに、ヴェインたちの間には衝撃が走り、ユイは不思議そうな顔をする。
「……!?」
「ちょっ、ハーヴィ!?」
「だって、本人に直接聞いた方がいいでしょ。もし、実は嫌なことさせてたら、俺たち嫌な先輩だよ?」
そんな面々のやり取りを見ながら、ユイはハーヴィが聞きたいことを何となく察する。
こうして見ていると普通にも見えるが、中々に個性的な面々が集まっているこのチーム。他の守護者たちからは苦手意識を持たれる中で、自分一人が気にした様子もなく書類を渡したりしていれば、実は嫌なことをさせられているじゃないのかと、気になってくるのは無理もないのかもしれない。
「えっと、私は別に大丈夫ですよ?」
「本当に……?」
「嫌がらせとかされてない?」
「されてません」
むしろ可愛がられているレベルなのだが、心配そうな目を向けてくる先輩たちに、ユイは困惑する。
(私は別に気にしてないんだけど……それを、どう伝えるべきか)
この屋敷に来る前に、ロイドとあちこち旅してはいろんな人間や亜人たちを見てきたユイとしては、彼らの性格などそれほど気になったりしないのだが、本人たちは違うらしい。
自分たちがどう見られているのかを分かっているからこそ、関わってるユイまで可哀想な目で見られてほしくはないのだ。
「もし、本当に嫌だったら、何度もここに来てませんよ」
「それはそうだろうけど……」
「断れないだけだったら、無理して来なくていいからね?」
どうやら伝わってないーーその言葉に、ユイの眉間に皺が出来る。
正確なことをいうと、彼らも彼らでユイみたいな、自分たちのことを気にしていない存在ーーしかも、女の子ーーに慣れていないために疑心暗鬼になっているのだが、それがお互いに誤解を産み出すことになっていた。
そして、ユイの表情の変化に気づいたウォルティスが、最初に会ったときと同様に、彼女と視線を合わせる。
「悪いな。こいつら、自分たちに関わってるから、みんなで居るときに君が仲間外れにさせられたりしてるんじゃないかって、心配してたんだよ。ただでさえ、俺たちは苦手意識を持たれてるからな」
何というか、予想通りの言葉に、ユイは口を開く。
「いえ、本当に嫌がらせとかは無いんです。寧ろ……」
「寧ろ?」
「皆さんに心配されてます。ヴェインさんたちに何かされてないかって」
関わっていると言ったって、日々の挨拶だったり、書類を届けたり、見回りのシフトが重なったりしない限り、接点は無かったりするのだが、それでも心配されてるということは、そういうことなのだろう。
もし仮に、精神的なもので操られていたとしても、ユイの能力が能力なだけに、あっさり解除することも可能なのだが、守護者の中にはユイの能力を知らない者も居るため、結局は心配されるのがオチなのだろうが。
「でも、実際に何もされてませんし、私が繋ぎ役をやって役に立っているのなら、それはそれで良いと思います。嫌々やられるよりはマシでしょうし」
ヴェインたちに対する繋ぎ役など、嫌がる先輩たちよりも、嫌がらない後輩である自分がやった方が早い。
それに、誰かに代えたとして、最終的にユイに戻るなら、最初から続けて彼女を繋ぎ役にしていた方が、良いに決まっている。
「それに、私が本気で嫌がることを、皆さんがやるとは思えませんから」
そう感じたのが自惚れだと言われてしまえば、それまでなのだろうが、当然からかったり、冗談を言ったりして、嫌そうな顔をして対応することもある。ただ、本気で嫌そうだと判断すれば、彼らはそこで止めるし、その後もやろうとはしてこない。
「なので、私にとっては、職場の先輩方が優しい人たちで助かってますし、何かあればきちんと言います」
ルークやユーリのような先輩守護者たちだけではない。
そこにはヴェインたちも含まれているし、屋敷に住んでいるユーティウス家の人たち、メイドの人たちも含まれている。
そして、何かされたりすれば、誰かに相談したり、報告することも辞さないーー後者の場合は、統率役であるジェイドに話すことになるのだろうが。
「ユイちゃん……」
「ですから、大丈夫ですよ」
この先、何かがあったとして、何をどう言ったとして信じてもらえなくても、きっとここの人たちなら精査ぐらいはしてくれるはずだと、ユイは思っている。
ただ、その辺のことは、未来の彼らに任せるとしてーー
「私が理由もなく、ヴェインさんたちを拒否することはありません」
「……」
ユイの言葉に、四人の動きが完全に止まる。
「……ユイちゃん、さ」
そして、何とか声を絞り出したかのように、ハーヴィがユイを呼ぶ。
「変な男に引っ掛かっちゃ、駄目だよ?」
そんなことを言われるとは思っていなかったのか、ハーヴィの言葉に、ユイが瞬きをする。
「それは……ハーヴィさんみたいな人ってことですか?」
「「「ぶっ!?」」」
「違うよ!?」
ユイの言葉にヴェインたちが一斉に噴き出し、名前を出されたハーヴィが即答レベルで反論する。
もちろん、ハーヴィの言葉の意図を分かっていながらの返しだったので、こうなることなどユイには予想通りではあったのだが。
「ひーっ、ひーっ」
「おい、そこ! 笑いすぎだ」
「……っ、く、くくっ」
「そっちはそっちで、笑うならもういっそのこと堂々と笑え!」
ヴェインたちの態度に、ハーヴィが次々と突っ込んでいく。
その様子を見ながら、ユイは小さく笑みを浮かべると、目の前にいたウォルティスから少しだけ距離を取る。
「それでは、失礼します」
再びギャーギャー騒がしくなり始めた彼らに、その声が聞こえたのかどうかは分からないが、ユイは頭を下げて退室する。
そして、やはり彼らをこれから先、恐れることはあっても、嫌いになることは出来そうに無いなと結論付けると、ユイは次の仕事に向かうべく、廊下を歩いていくのだった。




