第十七話:帰ってきた守護者たち
「あら、あらあら。貴女が噂の新人さん?」
そう目を輝かせながら、自身に話しかけてくる存在に、ユイは瞬きをした。
どうにもこの家にはこの家のルールというものがあるらしく、中でも守護者のルールの一つとして、『新人が帰ってきた仲間を出迎える』というものがあった。
これは顔合わせと信頼関係を構築するための第一段階という名目もあったりするのだろうが、そういう事情から、ユイもそのルールに従って、屋敷に帰ってきたヴェインたちをーーユイも通ったことがあるーー扉の前で出迎えることとなったのだ。
だが、さすがにユイ一人で放置するわけにもいかないので、偶然その場を通りかかったフィランが横に並び、ユイの教育係的な立ち位置のルークとユーリの二人は、ヴェインたちが苦手という主な理由もあって、少し離れた柱の影から見守っていた。
「えっと……」
そんな経緯もあり、帰ってきて早々にユイの存在にいち早く目敏く気づいた彼ーーヴェインが、興味津々といった様子で彼女に話しかけたというわけである。
そんなヴェインの様子にユイが戸惑っていれば、彼女に顔を近づけていた彼(彼女?)の顔がいきなり遠ざかる。
「何をしているんですか、貴方は」
「そうだぞ。もし、俺まで拒否されたらどうするんだよ」
「そういう問題ではありません」
さて、誰が誰なんだろうか。
《ヴェイン・ガーティス 職業:守護者》
《ハーヴィ・ロートン 職業:守護者》
《ロット・メルヴィン 職業:守護者》
《ウォルティス・ガーライル 職業:守護者》
ユーリたちから事前情報は得ていたし、何となく見てれば分かる人もいれば、分からない人もいるのだが、いざとなれば、ステータスを見るという手もあるので、自己紹介してもらえるまでは、待ってみようかと思っていたーーのだが、でもまさか純粋な疑問でステータスが出るとは思わなかった。
(正直気になるところではあるけど、その前に……)
ユイはちらりと、フィランに目を向ける。
仮にも主(の娘)であるフィランが居るのに、挨拶しないとはどういうことなのか。
「……こほん」
さすがに無視され続けるのが嫌になったのだろう、フィランが軽く咳払いをする。
「あ、お嬢様。いらっしゃったんですか」
「ああ、これはお嬢様。俺としたことが、貴女を無視をしてしまうだなんて、申し訳ありません」
「……貴方たち、分かってて無視してたでしょ?」
フィランはにこにことしているが、怒っていることは発している気だけで分かる。
「ところで、お嬢様。ここで何を? まさか、我々を出迎えるためにこの場にいらっしゃったわけでは無いのでしょう?」
「そうね。正直に言うのであれば、彼女を一人で貴方たちに会わせるわけにはいかなかったから、なんだけど」
話の矛先と視線を再び向けられたユイは、落ち着き無さそうに視線を彷徨わせる。
「一人で? 一緒にいるはずの教育担当はどうしたんです?」
「この子の教育係なら、あそこにいるわよ」
そんなフィランの裏切りのようなものに、柱の影にいた二人が分かりやすく肩を揺らす。
「へぇ……」
そんなロットの低い声とともに、ゆらりと怒りのような負のオーラ的なものを感じ取ったユイも、思わず肩を揺らす。
「君たちは、そんなところで何してるのかな?」
「っ、」
「僕たちが苦手なのはいいけど、お嬢様が居なかったら、この娘を一人で待たせることになっていたわけだけど……その辺の言い訳、どうするのかな?」
顔は笑ってるのに、オーラが怖い。
「そもそも、一緒に立つのは、部外者か関係者なのかを分かりやすくするためという意味もあるんだよね? それなのに、何で彼女一人で立たせてるの。僕たちだったから良かったものを、もしあいつらだったら、どうなってたか分からないんだよ?」
少し離れた場所にいるルークたちに聞こえるようにか、少しだけ大きな声で説明という名の説教が行われていく。
(何かーー何か言わないと)
ユイの中に、そんな考えが過る。
ルークたちを助けるためではない。この場の空気を変えるためである。
けれど、何を言っていいのか分からない。
もうこうなると、年齢とか関係ない。矛先がこちらに向いたときに、あの顔が向けられたのを想像すると、恐怖でしかない。
「もう、ロットってば。そんな怖い顔してるから、この娘が怯えちゃってるじゃない」
ユイの反応に気づいたヴェインが、彼女を落ち着かせるために抱き締めながら、ロットを責めるように言う。
「そうそう。せっかく第一印象は良くしようって決めてたのに、これじゃ好感度だだ下がりじゃん」
「ハーヴィはちょっと黙ってて」
ヴェインがぴしゃりと遮り、今度は様子を見ていたウォルティスがユイの目線に合わせて話し掛ける。
「初めまして、ウォルティス・ガーライルと言います。君の名前を教えてもらっても良いかな?」
「ちょっ、ウォルティス。抜け駆けはーー」
自分が先に名乗りたかったのだろう。
けれど、ちょっと待てと言わんばかりのウォルティスに、ヴェインは黙り込む。
「ユイ。ユイ・ディライトです」
「ディライト?」
「ロイドさんの義娘さんなのよ。この子」
ユイの名前にふと引っ掛かったのだろうが、フィランが付け加えるようにして説明する。
「なるほどね」
「でも、何でこの娘がここに?」
「一番の理由は、この子の能力とジェイド自身によるスカウトね」
その際、いくつかの問題はあったけど、と付け加えるフィランではあるが、最終的どうなったのかは、ユイがこの場に居るという事実が物語っている。
「統率官が? 珍しいこともあるもんだね」
へぇ、と興味が湧いたらしいハーヴィに、ユイは瞬きで返す。
「……ロリコン」
「ちょっ、酷くない!?」
「ユイちゃん。こいつに何かされたら、何でも言ってね? 私たちがどうにかするから」
「被害妄想! つか、まだ何もやってないじゃん!」
ギャーギャーと騒ぐ面々に、ユイがぽつりと洩らす。
「……まだ?」
そして、一瞬の間。
「えー、えー! 何かするの? 予告なの?」
「ヴェイン、うるせぇ」
きゃーっとテンションを上げるヴェインに、ハーヴィが噛みつく。
「うるさいのは二人ですよ。ヴェイン、ユイさんがうるさそうなので、あまり大声で話してあげないでください」
「あら、ごめんなさいね」
「大丈夫です」
だいぶ落ち着いてきたたらしいユイに安堵しつつ、ヴェインが自己紹介に入る。
「ヴェイン・ガーティスよ。何か困ったことがあれば、遠慮なく言ってちょうだいね」
「はい」
「そして、俺はハーヴィ・ロートン。よろしくね」
「……はい」
ハーヴィに対しては、少し間を開けて返事をすれば、「今の間、何!?」と彼が若干ショックを受けたかのように叫ぶ。
「で、あっちで説教中なのが、ロット・メルヴィン」
「あ、はい」
ロットについては簡単になってしまった感もあるが、彼の事も接していけば分かることだろう。
「えっと、これからよろしくお願いします」
「よろしくね」
「よろしく」
「うん、よろしく」
改めて、頭を下げて挨拶をするユイに、ヴェインたちがそれぞれ返す。
そして、その数分後にオブリウスが呼びに来て、怒られるまで、面々は玄関扉前で話すのであった。




