第十六話:挨拶回り
「えっと、本日付けで守護者の一員となりました新人のユイ・ディライトです。よろしくお願いいたします」
「ああ」
ユイの挨拶に、素っ気ないようにも見えるような返事をしたのは、守護者統率官のジェイド・アルバートである。
そんな彼はというと、ユイを一瞥しただけで、すぐさま手元の書類に向けられてしまう。
(守護者にも色々あるんだなぁ)
と書類とにらめっこを続けるジェイドを見ながら、ユイはそう思う。
特に統率官となれば、この屋敷や敷地内のどこかに居るであろう守護者たちを纏めたり、下からの情報の整理やまとめといったことも行わなければならないのかもしれない。
「それでは、失礼します」
「ああーーちょっと待て」
部屋を出ようとすれば、呼び止められる。
「……何でしょうか?」
「まあ、誰でも良いんだが、もしユーリたちもが一緒なら、『ヴェインたちが帰ってくる』と伝えてくれると有り難い」
それだけ? と言わんばかりにユイはジェイドに目を向けるが、本当にそれだけだったらしい。
「そう言えば伝わる」
中々部屋を出ないユイが困惑していることは分かったのだろう。ジェイドがそう付け加える。
「……分かりました」
『ヴェインたち』というのがどういう人なのかは分からないが、ルークやユーリたちと同じような守護者だということは分かる。
部屋を出て、扉を閉じれば、待っていたらしい二人が視線をユイへと向ける。
「お待たせいたしました」
「どうだった?」
「お仕事中でした。あと、お二人に伝言があるんですが……」
伝言? と二人が目を見合わせる。
「統率官より、『ヴェインたちが帰ってくる』とのことです。それだけ伝えれば分かると仰られていたので、伝えましたが……」
そんなユイの伝言に対して、二人の反応はバラバラだった。
「……ああ、うん。分かった」
何故か目線を逸らした上に泳がせ、珍しく焦った様子のユーリに対し、ルークはルークで何やら唸っている。
「あー、『ヴェインたち』ってことは、屋敷を出てる奴らのことだろうけど、俺も遠目で見たことがあるだけで、よく知らないんだよなぁ」
「そうなんですか?」
それなりにこの屋敷に居るであろうルークですら知らないとなると、この場で知っているのはユーリだけになるんだろうが、当の本人は未だに目を泳がせている。
「あの、ユーリさん?」
「おい、ユーリ。しっかりしろ」
さすがにこのままにしておくわけにはいかないと、後輩二人が声を掛ければ、戸惑いがちな目線が二人に向けられる。
「あ、いや、うん。ルークが知らないのは無理はないし、出来ればユイちゃんにはこのまま会わないでほしいかな」
「お前にそこまで言わせるとか、どんだけヤバいんだよ」
帰ってくると伝えられた面々について、どう説明するべきなのか、ユーリは少しだけ頭を働かせる。
「何と言うか……」
「何と言うか?」
けれど、再び唸り始めたユーリに、二人はそんなに説明しにくいのか、説明したくないのか、と考えを働かせる。
「簡単に説明すると、キャラが濃い」
「キャラが?」
「オネェ、女好き、優男の振りをした鬼畜、腹黒眼鏡の四人」
「うわぁ……」
何だ、そのキャラクターのオンパレードは。
「オネェは男女どちらでも行けるらしいし、女好きは対象年齢の守備範囲が物凄く広い」
「……」
「多少はマシかと思える後者二人は、人使いが荒い。もし、ジェイドさんが統率官になっていなかったら、もっと厳しい規則になっていたと思う」
遠い目をするユーリに、そこまでか、と思いつつ、ユイとルークは顔を見合わせる。
「だからね、二人とも。もし彼らの姿を見つけても、絶対に声は掛けないように。特にユイちゃんは、伝言とかあるとき以外は絶対に声は掛けちゃ駄目」
「は、はいっ」
戦闘時以上の、ユーリの真剣な表情に、ユイは顔を引きつらせる。
「ルークも。下手に近づいたら駄目だよ? 特にあいつらが酒を飲んだら、余計に近づくな。面倒くさくなるし、みんな標的にされたくないから、誰一人助けようとすらしてくれなくなるから」
「どれだけ、恐れられてるんですか……」
別の意味での身の危険が、まさか仲間内にあるとは思いたくはない……が、そんな彼らが帰ってくるというのなら、仕方がないのだろう。
だって、ここに残ると決めたのは、自分なのだから。
「それで、ヴェインって奴は、どいつなんだ?」
「そう言えば、何となく見た目が分かる人はいましたけど、名前を出して説明してもらってませんね」
「多分、見れば分かると思うけど、一応、彼らのフルネームは教えておくね」
そう言って、ユーリは順番に説明していく。
「まずオネェなのが、ヴェイン・ガーティス。女好きがハーヴィ・ロートン、優男の振りをした鬼畜がロット・メルヴィン、で、最後に腹黒眼鏡がウォルティス・ガーライル」
「……何か、似たような名前があって、覚えにくいな」
とりあえずユーリが説明はしてくれたものの、ルークの言う通り、名前が似通っているせいで微妙に覚えにくい。
「まあ、本人たちからも自己紹介されるとは思うから、その時に見た目と一緒に覚えるといいよ」
それで忘れないだろうから、とユーリは言うが、そういうものだろうか? とユイは内心首を傾げる。
その後、面々は他の守護者たちやアクティウスたちの所を順番に回っていくのだが、その際、ヴェインたちの帰還についても伝えたため、昼食時になるころには屋敷中のみんなが知ることとなった。
「うわー! うわー!」
「ぎゃああああ!!」
「帰ってくんの、早すぎだろぉぉぉぉ……」
「悪夢の再来ぃぃぃぃ!!!!」
昼食時ということもあり、守護者たちと使用人たちが利用する食堂に昼飯を食べに来たユイたちは、その中の様子にぎょっとする。
いくらヴェインたちが帰ってくることの情報が回ったとはいえ、守護者の先輩方にそこまで言わせるどころか、叫ばせるほどだとは思ってなかったこともあり、帰還組に関して自分たちの考えを改めないといけないのではないかと、ユイとルークは思う。
「あのさ、ルーク」
「ん?」
「私たち、連絡係に使われたりしませんよね……?」
一瞬過った予感を、ユイはルークにこっそりと尋ねる。
「さぁなぁ」
ルーク個人としては所属期間が長くなってきてはいるが、自分たちが一番の後輩なだけあって、そうなる可能性を否定するわけではないが、話を聞く限り、出来ることなら回避はしたい。
「ま、ユイに話が回ってきたら俺が何とかするよ。これでも先輩だからな」
そう言うルークに、ユイは瞬きを繰り返し、彼を見る。
「なーに、格好つけてるんだか」
「お前も、あいつらの餌食になれば、今の発言を取り消したくなるぐらいには嬢ちゃんを見捨てることになるぞ?」
二人の会話を聞いていた一部の先輩たちに言われ、ルークは「そんなこと無い!」と反論しているが、先輩たちの言葉を聞いていたユイは「そんなレベルなのか」と情報を修正する。
「ちなみに俺は、見捨てる自信がある」
「胸張って、自信満々に言うことでもねぇだろ……」
先輩守護者の言葉に、ルークが呆れたような目を向けるが、そんな面々の様子に、ユイは肩を竦める。
「とりあえず会ってみてから、判断してみます」
「まあ……そうだね」
「さすがのあいつらも、女の子相手に変な扱いはしないだろ」
寧ろ、そう願いたいのだが、たとえ女であろうと容赦しない者もいるため、先輩守護者たちとしては不安しかない。
「あら、大丈夫よ」
「お嬢様」
「お嬢様ぁぁっ!?」
いつからそこに居たのだろう、使用人たち用の食堂だというのに姿を見せたユーティウス家の娘の一人であるフィランの言葉に、守護者たちがざわつく。
「え、何でここに?」
「何でって、ユイさんに会いに来たのよ」
「あの、お嬢様。先程も仰ったんですが、私はもう……」
挨拶をしに行ったときもそうだが、会ったときと何一つ変わらない接し方をするフィランに、ユイは「もう部下同然なのだから」と言おうとしたものの、どうやら彼女はそれが気に入らないらしい。
「む、『お嬢様』じゃなくて、『フィラン』って呼んでって、頼んだじゃない……それに、せっかく貴重な女の子の守護者だし、仲良くなりたいだけなのに、何でそんな扱いしないといけないのよ」
「……そのお気持ちは嬉しいのですが、その言い方だと他の方々が可哀想なので、扱いは同じにしてもらえると有り難いんですが」
友人と思ってもらうことに関しては有り難いとは思うが、さすがに今のフィランの言葉に何とも思わない人が居ないわけでもないので、隙を見てユイがフォローする。これから一緒に働くと言うのに、フィランの発言が原因でギスギスしたくはない。
「……えっと?」
「いえ、ですから……私はもう『守護者』なので、皆さんと同じ扱いをしてもらわないと私が困るんです」
誰も見ていないところでの友人扱いするならともかく、未だにお客様扱いでは困るのだと、遠回しでは伝わりそうになかったので、直接言えば「ああ」と返される。
「気を悪くさせたのなら、ごめんなさい。別に悪気があった訳じゃないの。でも、仲良くなりたかったのは事実だし、その……困らせる気は無かったの」
悪気があったらあったで、それもまた困るのだが、一応謝ってはいるのだから、とりあえずこの話はここで終わりにする。
「それで、お嬢様。何がどう『大丈夫』なんですか?」
先程のフィランの言葉に、ユーリが尋ねる。
「ああ、それはーー」
「それはお嬢様と統率役のお気に入りだって言っておけば、あいつらは何もしてこないだろうね」
まるで先を読んだかのようなケインの言葉に、同じことを説明しようとしていたのだろうフィランが、ムッとしたような表情を向ける。
「ケイン、また貴方は人の台詞を取るんじゃありません!」
「えー」
ギャーギャーと騒ぎ始めた二人に、ユイは瞬きをする。どことなく楽しそうに見えるのは気のせいか。
「けどまあ、お嬢様と統率役が気に入ってるから、という点は伝えておいて損はないかもね。あの四人はそういうところはちゃんとしてるし」
「それに、やっぱりユイに何かあると、ロイドさんが怖い」
そう話すユーリとルークだが、それを聞いていた他の守護者たちは「それな」と心の中で同意する。
「私としては、きちんと任務を全うできない方が怒られそうなのですが」
何のために守護者として、置いていったのか分からないと言われてしまう。
「やっぱり、寂しい?」
「いえ、特には」
「皆さんもいるから」とは断言できないが、それでも残ると決めたのは自分でもあるから。
「皆さん。改めまして、これからよろしくお願いいたします」
食堂にいる守護者全員に声が聞こえるように、精一杯の大きな声で、ユイが頭を下げて挨拶をする。
そんな彼女に、先輩守護者たちは次第に笑顔を浮かべていく。
「ああ、もちろんだ」
「よし、このまま嬢ちゃんの歓迎会やるぞー!」
「おー!」
「やろうぜー!」
この場にはまだフィランが居るというのに、それすら忘れたかのように、どんちゃん騒ぎが始まる。
「……挨拶は、夜の方が良かったですかね?」
「あはは……」
「あら、別に良いんじゃない? 今日の担当だけは気を付けていれば」
騒ぎ始めた先輩守護者たちに戸惑うユイに、ユーリは苦笑いを浮かべ、いつの間に隣に戻ってきたのだろうフィランはそう返す。
「けどまあ、何はともあれ、ユーティウス家にようこそ、ユイさん」
フィランのその言葉に、騒がしい中でも彼女に聞こえるように「はいっ!」と、ユイは笑顔で返すのだった。




