第十四話:親の願い、子の想いⅢ
ユイの目が開く。
一瞬、ここはどこなのかと思ったのだが、どうやら気を失ってる間にユーティウス家に戻ってきていたらしい。
周囲にロイドの姿はないので、他の部屋に居るのか、もう屋敷を出ていってしまったのか。
「……あれは、夢、なのかな?」
何となく夢ではないようにも思えたのだが、こうして目覚めてみると、夢のようにも思えてくる。
片腕を目の上に乗せて、目元を隠すようにすれば、そっと息を吐く。
何となく身体が怠いことから、きっと風邪でも引いたのだろうと結論付ける。きっと、あの大雨の中に居たせいだろう。
「……」
数日間、この街で過ごしてはみたが、取り戻した記憶は無かった。
「あ、ユイさん目が覚めた?」
様子を見に来たのだろう、部屋に入ってきたユーリが起きていたユイに気づく。
「え、何。ユイ、起きたのか?」
ユーリの後から部屋に顔を覗かせたルークに、相変わらず、この二人はセット行動なんだな、と腕を少しばかりずらして彼らの姿を視界に入れたユイはそう思う。
「俺、みんなに知らせてくる」
「ああ、そうして。ロイドさんに伝えるのも忘れるなよ?」
分かってる、と言って、慌ただしく部屋から出ていくルークだが、ユーリの言葉で、ロイドがまだこの屋敷に滞在していることをユイは理解する。
「ユー、リ、さん」
先程は呟き程度だから良かったらしいが、今度は相手に聞こえるようにして呼び掛けたためか、変な呼び掛け方になってしまったが、ユーリの方は特に気にしてないのか、ユイの方へと近づいていく。
「大丈夫?」
「ご迷惑を、お掛けしました」
自分の体調よりも、ユーティウス家を巻き込んで困らせてしまったことを謝罪するユイに、ユーリは困惑した表情を向ける。
(全く、この子は……)
気にしなくてもいいのに、と思うユーリではあるが、そのことを言ったところで、きっと彼女は気にするんだろうな、とも予想できてしまう。
それでもーー
「大丈夫だよ。この家には人がたくさん居るからね。だから、大丈夫」
「……」
ユーリの言葉に、無言で視線を向けるユイだが、その意味を彼が知ることも無ければ、ユイもユイで口にすることも無く。
「……そう、ですか」
ただ、そう返して、息を吐く。
「ねぇ、ユイさん。病み上がりのところ悪いんだけど、一つ聞いてもいいかな?」
「何ですか?」
「あの時のーー」
そこで、部屋の外から「ちょっ、ロイドさん!?」というルークの戸惑った声と共に派手な音を立てて、扉が開かれれば。
「ユイ!?」
慌てて、この部屋にやって来たと言わんばかりのロイドが立っており、ユイとユーリが思わず硬直してしまうのも無理はなく。
「……」
「……」
そして、何を思ったのか、そっと起き上がったユイが額に置いてあったタオルを手に取ると、ロイドに向かって降り投げる。
「っ、!?」
それは見事に命中したものの、一瞬何が投げられたのかと確認するように数秒使った後、タオルとそれを投げたユイを見比べるロイドに、彼女は告げる。
「仮にも私が居るんだから、もう少し静かに入ってきなよ」
そう言い終えた後に咳き込むユイを、ユーリが何とも言えなさそうな顔で、落ち着かせるように彼女の背を撫でる。
「でも、ユイさんの言う通りですよ。心配なのは分かりますけど、驚かせたり、ショックを与えかねませんからね」
ユイの援護をするかのようなユーリの言葉に、さすがのロイドも落ち着いてきたらしく、「そうだね」と返した後、ユーリと場所を入れ替わるようにして、ベッドの側にあった椅子に腰を掛ける。
「調子はどう? 少しは落ち着いた?」
「大丈夫。何か食べる分には問題ないから」
それを聞いて、部屋の中にいた男性陣が安堵の息を吐く。
「そっか。良かった……」
本気で心配していたのか、ホッとした様子のロイドに、ユイは気まずさもあってか、視線を逸らす。
そもそもあの時、感情に任せて部屋を飛び出したりしなければ、こんなことにはならなかったはずだ。でも、あの時はそれほどまでに耐えられなかったのだ。
(でも、今は大丈夫)
普通に話していられる。
きっと、夢の中で二人から「大丈夫」と言われたからなのだろう。
「ユイ? やっぱり、どこか調子がーー」
「調子は大丈夫。ちゃんと薬飲んでれば治るから」
あえてなのかどうかは不明だが、ロイドが意図的に守護者の件を話そうとしないことを、ユイも分かっていた。もし、話すとなれば、それは風邪が完治した時だろうことも。
「うん、そうだね」
穏やかに微笑むロイドに、ユイも仕方なさそうな笑みを浮かべ返す。
「私さ、別に残ってもいいよ」
「っ、」
ユイの一言に、ロイドがぴくりと反応する。
「……一体、どうしたの? 部屋を飛び出すほど嫌がってたよね?」
ロイドの問いは尤もだし、その点をユイは否定するつもりはない。
ただ、雨に打たれたことで、少し落ち着いたというべきか、冷静になったというべきか。
「雨で冷静になっただけ」
「……」
あのときは本当に、二人を捜せなくなるかもしれないということに焦っていたとしか言いようがない。
「ユイさん。言いたいことがあるなら、言った方が良いと思うよ?」
そんなディライト義親子の様子を、ルークと共に黙って見守っていたユーリがそう告げる。
ユーリには、ロイドの言葉に対し、何となくユイが言葉を選んでいるように見えたのだ。
もちろん、選んでいないと言えば嘘にはなるが、それでも迷ったり、言い淀んでいるということは、他にも言いたいことがあるということだろう。
「っ、」
そして、それもまた事実であり、きっとユイが残ってもいいと口にした理由。
「ユイ? もし、ユーリ君の言う通りなら、気にせずに話してくれないかな」
「……」
ロイドに無言を返すユイだが、その視線はどう説明するべきなのかという迷いが浮かんでいた。
「……が、」
「……?」
ユイの口からぽつりと洩らされた言葉に、男性陣が耳を傾ける。
「……捜さないといけない二人が、夢なのかどうか分からないけど、どこにいても絶対に見つけてくれるって、言ってたから」
「だから、残っても良いって言ったの?」
ロイドからの再度の問いかけに、ユイは小さく頷く。
「捜し回れば情報は手に入るし、一ヶ所でずっと待っていても、二人がいつ来るかなんて分からないから」
思っていたことを告げれば、男性陣が困ったように顔を見合わせる。
確かに、誰かを捜すとなれば、その点が気掛かりとなるのだろうが、そこまでしてユイが捜そうとする『友人』というのが、三人には気になった。
「尋ね人として、捜してみる?」
「何も悪いことやってないのに、犯罪者みたいなイメージが付くと、二人に悪いので必要ありません」
「でも、人を捜すとなると、そうしないと見つからないぞ?」
ユーリの申し出に首を横に振り、ルークの言葉に、ユイの視線は下がっていく。
「とりあえず、今は完治させよう? 話はそれからでも良いんだしさ」
そして、そのまま横にさせられるが、三人が出ていった後で、ユイは呟く。
「ごめんね、『ディザイア』」
その謝罪は、何に対してなのかは、謝られた主であるディザイアには分からない。
けれどーー
『あの二人が会いに来ると言うのなら、それはきっと現実になるから大丈夫だ』
根拠も何もない、ただの慰めにしかならないのかもしれないけれど、それでも世の中には『予知夢』というものが存在しているのだから、ユイが見たのもその可能性が無くもなく。
眠ってしまったユイからの返事は無かったものの、ディザイアもディザイアで、ただ彼女の願いが叶うようにと、今はただ、優しい眼差しで見守るのだった。




