第十二話:親の願い、子の想いⅠ
「先程は、お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません」
そう謝罪するロイドに、ユーティウス夫妻は首を横に振る。
「いや、気にしないでくれ。寧ろ、あそこまで言い合えているというのは、良いことじゃないか」
「……そう、ですか?」
「そうですよ。子供が成長するに連れて、言い合えることや時間などは少なくなっていくのですから」
フィオンだって……と洩らすクリスティールに、ロイドは苦笑を返すことしかできない。
「それでは、本題に入ろう」
アクティウスの声に、ロイドは背筋を伸ばす。
「単刀直入に言おう。ユイ殿を、守護者にしてみる気は無いか?」
☆★☆
「相変わらずの迷路っぷりですね。この街は」
ルークとユーリの後ろを付くように、ユイは歩いていく。
与えられた部屋に荷物を置いた後、ユイはルークたちとともに街へと来ていた。
「まあね。生まれたときからこの街に居る人でも迷うときはあるぐらいだし」
ユーリが歩きながら、そう返す。
「つか、ユイ。どこか行きたいところとか無いのかよ」
「特には」
この街の商店に行ってもいいとは思うが、だったらロイドと一緒の方が二度手間にならずに済む。
そんなユイに、男二人は困惑したような表情をする。
「おい、何か無いのか?」
「何かって何だよ」
目の前でこそこそと話し合う二人に、仲良いなぁ、と場違いなことを思いつつ、ユイは微笑む。
彼らと会ってからまだ三日ぐらいしか経っていないというのに、もう結構長い時間一緒に居るような感じがする。
「……」
二人から目を逸らし、ユイは街に目を向ける。
(そういえば、あの時も迷ったっけ)
三日前ではない、薄ぼんやりとした記憶の中に、確か一度だけこの街に来たことがあったような無かったような、とにかく迷路かと言いたくなるぐらいに広く、お陰で友人たちとはぐれた覚えがあった。
そんなことを思い出して、街をぼんやりと眺めていれば、風が吹いたことで、ユイのやや長めの黒髪が靡いていく。
そんな彼女にルークが気付くが、そのまま動きを止める。
「……」
あと今更というべきか、一つ補足しておくと、ユイのような黒髪の持ち主がいないわけではないが、かといって多いわけでもない(そのため、同じ黒髪であるユーリが何らかの酷い目に遭うということもない)。
「何かあった?」
そんなユーリの問い掛けにユイが振り返り、ルークが我に返る。
ユイが別方向を見ていたことに、ユーリよりも先に気付いていたルークがすぐに声を掛けられないほどに、彼女に魅入っていたらしい。
「どうかした?」
「あ、いや、何でもない……」
どこか不思議そうにしているユイは誤魔化せたようだが、どうやらそれなりの付き合いがあるユーリは誤魔化しきれていないらしい。
隣で何か言いたげなユーリに、ルークはムッとする。
「何だよ」
「いや。そういえば、女の子の守護者が居なかったな、と思ってね。フィオンお嬢様も女性だから、この先、同性の守護者が居た方が良いかな、って思っただけだよ」
もちろん、それなりの戦力を持つ人にはなるだろうけど、とユーリは言う。
「旦那様たち、もう話し終わったかな?」
「さあ、どうだろうね。話し終わったら、商談でもするんじゃないかな」
何を話し、話すつもりなのかは分からないが、その場に商人が居るなら、商談へと話は移行することだろう。
「……」
「ロイドさんが心配?」
無言でいたユイに、ユーリは尋ねる。
「もし、そうじゃないって言ったら嘘になりますし、今まで会ってきた中では、あの方たちは信頼しても良い方たちだとは思います。思いますが……」
どう言っていいのかが分からない上に、彼らの前で彼らの雇い主の悪口のようなことは言いたくはない。
「『思いますが』……?」
「別に気にしなくていいぞ? こんな仕事やってりゃ、嫌でも旦那様たちの悪口を聞くこともあるんだしな」
「でも……」
それでも、言えるはずがない。
仮にも自分は商人の端くれで、依頼者の関係者に依頼者の悪口を話すことなど一度でもしてしまい、もし本人の耳に入って、信頼が水の泡になりでもしたら、ロイドに顔向け出来ない。
「やっぱり、いいです。それに、実を言うと不満とか見つからなくって。そのことが逆に不満ですかね」
完璧に何かを成し遂げられる人間などいないように、きっとアクティウスにも欠点はあるのだろうが、今はまだ子供である自分にはきっと分からないような欠点なのだろう。
「あー、そう来たかぁ」
何か心当たりがあるのか、ユーリが苦笑気味に呟く。
それが何を意味するのかは分からないが、ルークも不思議そうにしていることから、どうやらこの三人の中で理解しているのはユーリのみらしい。
「あ、何か食うか?」
まだ昼時から少し過ぎた時間帯のためか、串焼きなどの食べ物を売っている屋台を見て、ルークが尋ねる。
「そうですね」
「じゃあ、少し待っててくれ。俺が買ってくるから」
そう言って、二人の元を離れたルークは屋台で串焼きなどの手で持って食べられるものを買いに行く。
「ユイさんは、さ。もし、守護者にならないかって言われたら、どうする?」
ユーリが問い掛ける。
「断ります。そもそも、私は能力的にも長時間の戦闘には不向きですし」
「持久力が無い、ってこと?」
「いえ、私の主武器は弓ですから、矢が無くなればそれまでですし、『ディザイア』に関しても、魔力消費は激しいので、そう長くは使えません」
「でも、矢に関しては、光の粒子的なもので出来上がってたよね? あれはどうなの?」
「それも、ほとんどは私の魔力に因るものなので、もし魔力が尽きれば、それまでです」
そこまでの説明を聞いて、ユーリは内心首を傾げる。
今のユイの言い方では、魔力さえ絡まらず、それなりの武器さえあれば、長時間でも戦えると言っているようにも聞こえる。
「ユイさんって、もしかしてーー」
「おーい、買ってきたぞー」
ユーリがユイに話し掛けようとすれば、タイミングが良いのか悪いのか、ルークが戻ってくる。
「……ああ、うん」
「何だよ、そのタイミングが悪いと言いたげな顔は」
ユーリの反応に、ルークはムッとする。
二人で何を話していたのかは分からないし、除け者にされるのも気分が悪いが、そうあからさまに態度に出されると、尚更イラッとするわけで。
「ーーそれ、何買ってきたの?」
空気が悪くなりかけたのを読んでか、ユイはルークに問い掛ける。
「ん? ああ、串焼きとポテト系と……」
ルークの説明を聞きながら、それじゃあ、と選び始めたユイに、ユーリは彼女を見ながら、先程口にしようとしていた問いを脳内で問い掛ける。
ーーユイさん。もしかして君は、魔力さえ絡まなければ、今屋敷に居るどの守護者よりも戦闘能力は高いんじゃないの?
もし、たとえそう尋ねられたとしても、ユイ本人には分からないだろうし、分かっていてもはぐらかされるだろうが、それでもユーリにはその可能性が浮上していて。
(もし、それが事実だとして、統率役がその事を知ればーー)
間違いなく、彼女を守護者にしようと、アクティウスに持ち掛けることだろう。
いや、その事がなくとも『聖魔剣・ディザイア』の持ち主である彼女を、あの統率官がそう易々と見逃すはずがない。
「これは少しばかり厄介なことになりそうだ」
ただ、空を見上げながら、そんなユーリの呟きに、年下二人は不思議そうな顔をするのだった。
☆★☆
「ねぇ、ユイ。ここに残る?」
「は?」
屋敷に帰ってきて、部屋に向かえば、そこで待っていたのであろうロイドとの「ただいま」「おかえり」というやり取りの後、彼らにこれといった不平不満を言うことなくーー別に我慢していたわけではなく、本当に不平不満は無かったーー、街を見て回ったユイは、ロイドの言葉にどこか呆けたような返事をする。
「一体、何で……」
一体どこから、そんな話が出た?
いや、ユーリともそのような話はしていたから、もしかしてという可能性が無かったわけではないが、だとしてもーー
「旦那様から話が来たというのもあってな。守護者として、ここで働いてみないか?」
「……それで、返事はどうしたの?」
そう返してしまうのも無理はない。
だって、脳内で警鐘が鳴り響いている。
つまり、そういうことなのだろう。
「引き受けた」
「は?」
「だから、引き受けた。僕の側にずっと居るよりも、他のことも学べるだろうと判断してのことだから」
ユイを助けたあの時からのことを思うと、ロイドだって悩みはした。
けれど、それがユイのためになるのなら、と思えば、少しばかり寂しくはなるだろうが、彼女をこの屋敷に置いていくことぐらいどうってことはないだろう。
そして、そこに『ユイの意志確認』というものが抜けていたとしても、彼女ならきっと拒否することは、ロイドにも分かっていたから、断るための外堀を埋めたのだ。
「ーーなにそれ」
ユイの口からそう洩れる。
ーー何のための注意だった?
ーー私の意志は?
そんな疑問が渦巻きながらも、ユイは続ける。
「勝手に決めるなって、私行く前に言ったじゃん! それなのに、私の意志も無視して、何で決めたの!?」
「ああ、確かに言った。だから、こうしてーー」
だが、ロイドの言葉は続かなかった。
「分かってない! お養父さんはーーロイドさんは、何も分かってない!!」
普段の彼女らしからぬ、そう叫ぶように告げられた言葉に、さすがのロイドも黙ることしかできない。
「っ、」
「ユイ!!」
そのまま勢いよく部屋を飛び出していったユイに対し、ロイドの声がその場に響く。
「ユイ……?」
部屋を飛び出し、途中でぶつかりながらも擦れ違ったルークたちにも気付かないほど、ユイは玄関先からも飛び出していく。
「……はぁっ、はぁっ……」
何で、どうして、と自問自答を繰り返す。
ある程度走った後、立ち止まって空を見上げれば、今にも雨を降らせそうな黒い雲に覆われていた。
そして、そんなに時間が経たないうちに、雨が降り始める。
「……ははっ、」
本当に何をやっているんだろう、と再度問う。
こんなとき、『友人』たちは何と言うだろうか。
「馬鹿か」と言って、軽く罵るだろうか。
「早く戻れ」と、促すだろうか。
それともーーまずは、話を聞こうとしてくれるだろうか。
「……私ってば、何のために頑張ってきたのかなぁ……」
髪が顔に張り付いて鬱陶しいが、今のユイにはそれを剥がす気力すらない。
「……っ」
あの雨の時から、ずっとずっと一緒に居た。
だから、あれ以前の記憶が戻り始めても、性格が分かりやすく変わったわけでもないし、ロイドともある程度の以心伝心は出来るようになっていた。それなのにーー……
「……もう、良いかなぁ」
少なくとも、ロイドの元を離れて、生活できるレベルの能力も戦闘能力もユイにはある。それを駆使すれば、生きていけなくはないだろう。
それに、どこにいるのかも分からない友人たちを探さなければならない。
「……行こう」
荷物のほとんどはあの部屋に置きっぱなしではあるが、頃合いを見て、取りに行けば良い。それまでは、何とか繋いでいくしかない。
「ーーぃ、ユイーっ! どこだー?」
「っ、」
きっと探しに来たのだろう。
ロイドだけではなく、ルークやユーリの声もする。
こうなるともう、見つかるのも時間の問題だろう。
「屋根は……見つかるよね」
この天気の中、いくら荷物も無く身軽とはいえ、屋根の上を移動すれば目立つだろうし、足元を誤れば雨で足を滑らせかねない。
かといって、街中を移動するにしても、来たのは二度目で迷いはしたし、先程案内もされたとはいえ、地の利がある彼らに見つかる可能性もある。
「……はぁ。歩こう」
雨もそろそろどこかで凌ぎたいぐらいには強くなってきた。
ユイはロイドたちに背中を背け、反対方向へと歩き出した。
「ロイドさん、そろそろ戻りましょう」
「でも、もう少しだけ……!」
どんどん強くなる雨の中、ロイドたちは街中を駆け巡る。
心配そうにルークとユーリは顔を見合わせるが、ロイドに諦める素振りはない。
「捜さないと、駄目なんだ」
幸か不幸か、あの時と同じ天気。
しっかりしているように見えるが、それでも彼女はまだ子供だから。
「もし、何か遭ったら、絶対に後悔するかもしれないから。だから、もう少しだけ捜させてもらえないかな?」
ロイドの頼みに、「じゃあ、あと五分だけ」と許可は出したものの、その時間内にユイが見つかるとは思えない。
「なぁ、ユーリ」
「何?」
「ユイってさ、こういう時、どっかの軒下とかに居たりしないよな?」
どちらかといえば頭の回転は早い方であるユイのことである。
自分たちは傘を差しているから良いが、傘を持っていないであろう彼女なら、どこかの軒下や屋根のある場所で休んでいるか、休ませてもらっているはずだ。
「確かにユイさんなら、そうしていそうだけど……」
だが、この街は大きく、迷いやすい。
実際、二人も迷っていたユイと会ったほどではあるが、今のユイにーー擦れ違った時の様子から察するに、すぐに見つかるような位置にいるとも思えない。
「とりあえず、僕たちも捜そう。こちらの客人に何かあって困るのは旦那様たちも同じだ」
「ああ、でも……」
どうして、あれだけの戦闘能力を持ちながら逃げ出すほどに守護者の仕事を拒否したのだろうか。
以前にも同じことや似たようなことを聞いたことはあるが、やはりその時も彼女は断っていた。
「その答えも、見つけてから聞けばいい。本人に直接聞いた方が早い」
「それもそうだな」
そして、二人もユイ捜しを再開させる。
願わくばーーあの子がまだ、この街を出ていませんように。




