第十一話:戻ってきました
「お帰りなさいませ、皆様」
ユーティウス家の玄関口で出迎えたオブリウスに、先に馬車から降りたルークとユーリはそっと息を吐いた。
「……」
「……」
ユーティウス家に戻るまでの道中の馬車内では、まさにお通夜のような空気が漂っていた。
というのも、ユイは隣に座るロイドに対して縮こまっているし、ロイドはロイドで何も話さないし、同乗しているルークとユーリがその気まずさ故に口を閉ざしているからだ。
だからこそ、ユーティウス家に着いたときの、ルークとユーリの安堵感は凄かった。
「お久しぶりです。オブリウスさん」
「これはこれはロイド様。お久しぶりでございます」
そう挨拶を交わすロイドとオブリウスに、ユイは気まずそうな顔をする。
あんな立ち去り方をしたものだから、気まずくて当たり前である。
「ユイ様も、ご無事で何よりです」
「……ご心配をお掛けしました」
オブリウスの言葉に、それが社交辞令的なものであることを理解しながらも、ユイは頭を下げる。心配も迷惑を掛けたのも事実なのだから。
「それで、旦那様たちはご在宅ですか?」
「ええ。皆様、今か今かとお待ちしております」
オブリウスに案内されながら、四人はアクティウスたちの元へと向かう。
「ああ、そうだ。ユイ」
「何ですか?」
ルークに話し掛けられて、ユイは目を向ける。
「統率役から話があると思うから」
守護者たちの統率官ーージェイドからの話とは、何なのだろうか、と思うのと同時に、嬉しくない話だろうな、とユイは思う。
「まあ、無茶ぶりではないと思うから、そんなに不安そうな顔をしなくても良いと思うよ」
ユーリがそう言うが、そんなに不安そうな顔をしていたのだろうか、とユイは思う。
その話が終わるのと同時に、アクティウスたちが待っているであろう場所へと着く。
「旦那様。皆様がお帰りになられました」
「そのようだな」
ユイたちを見て頷くアクティウスに、ルークとユーリは頭を下げる。
「勝手な行動をしてしまい、申し訳ありません」
「いや、ジェイドから話は聞いていたから、問題ない。そして、ロイド殿、ユイ殿。ご無事で何よりだ」
「ご心配とご迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
ルークたちの謝罪の後にロイドも頭を下げ、ユイも彼の後ろで軽く頭を下げる。
「いや、気にするな」
「それにしても、貴方が本当にご無事で良かったわ。貴方が巻き込まれたんじゃないかと聞いて、ユイさんがかなり取り乱していたから」
「ええ、知ってます。この二人からも聞きましたから」
クリスティールの言葉に、自分も最初そう聞いたときは信じられなかったんですがね、とロイドが改めて確認するかのようにユイに目を向ける。
「あ、いや、だって……」
何と言えばいいのか分からず、ユイは視線を泳がせる。
一度思いっきり照れたためか、そんなに恥ずかしさはないものの、心配していたのは事実だし、かといって本当のことは言いづらい。
「実際、記憶が怪しかったじゃん」
「まあなぁ」
そのことについては、ロイドも否定しないが、ユイの何となく居たたまれない空気を変えたいというのも分かる。
「どうやら、思ってた以上に心配させたみたいだな」
悪かった、とロイドはユイの頭を撫でるが、ユイはユイで恥ずかしさから視線を逸らす。
そんな二人に、ユーティウス家の面々は微笑ましそうにする。
「ささ、立ち話も何ですから、お座りください」
アクティウスに促され、それぞれが席に着く。
「それにしても、ロイド殿。ユイ殿は本当に良い義娘さんですね」
「そうですね」
「貴方の代役を見事に務めていたんですから」
アクティウスの言葉に、ロイドはユイに目を向ける。
「クリスティールが大層気に入ったようでね。誰かと婚約してみないかと冗談混じりに言ってみたところ、上手いこと逸らされてしまった」
「そうですね……まあ、何をどう言われようと、こちらとしてもまだ、この子を上げるつもりはありませんから」
アクティウスの言葉にロイドがそう返せば、アクティウスはアクティウスで数回瞬きを繰り返す。
「あらあら、今からこれではユイさんがお嫁に行くときは大変そうだわね」
「……その前にお養父さんの結婚が先です。私が嫁入りするまで独り身で居てほしくないので」
どこか楽しそうに告げるクリスティールに、ユイが大真面目に返す。
「……だそうだが、相手は居るのか?」
「居ませんよ」
「寧ろ、誰か紹介していただけませんか?」
矛先がロイドに向いたからか、ここぞとばかりにユイがアクティウスたちに尋ねる。
「ユイ」
「私、お養父さんだけとか嫌だからね」
暗に母親も欲しいと言われ、ロイドは肩を竦める。
「ユイさんはどのような方が良いとか、希望はあるのですか?」
「とにかく、仲良くしてもらえれば、文句はありません」
他にも希望はあるが、一番の希望はそれに限る。
家庭内がギスギスするのだけは嫌だから。
「それじゃ、好きな子とかはいないの?」
「特には。こんな職業ですし」
ロイド同様、商人に片足を突っ込んでいる状態のユイとしては、好意を持ち、自分のすることに文句さえ言われなければ、文句は言わないつもりだ。
そんなユイの返答に、クリスティールは困惑する。
「そういえば、ジェイドがユイ殿を欲しがっていたぞ」
「はい……?」
「いや、そういう意味ではなく、守護者としての意味だ」
凄むロイドに、アクティウスが慌ててそう付け加える。
「どうやら、ユイ殿の能力が珍しかったようでな」
それを聞いたロイドが、頭を抱える。
「ユイ……」
「何?」
「やらかしたな」
「不可抗力。シェルトフォードの時みたいに、向こうから来られたんだから、対処するしかないでしょ。それとも、お養父さんの努力とかを水の泡にして良かったと?」
「それぐらいで無くなるような信頼関係を結んだ覚えはないし、大体そんなところにお前を行かせるわけがないだろ」
「行かせてなくても、行ったことはあります。そもそもそこで戦闘行為に発展したじゃない。こっちが勝ったから良かったものを、負けてたらどうなっていたと……」
視線のみを向けるだけで、ぐちぐちと始まったディライト義親子の言い合いに、ユーティウス家の面々は驚きを露にする。
「大体ーー」
「あの、二人とも……」
「もうそこまでにした方が……」
まだ続きそうな気配を察してか、ルークとユーリが止めに入る。
「いろいろ言いたいことがあるのは分かったから、それは家か部屋に行ってからやってくれ!」
ようやく届いたらしい、叫ぶようにして放たれたその言葉に、二人の言い合いも止まるが、ユイが不機嫌そうな顔をしたまま黙り混む。
ーーが、次のアクティウスの一言で、空気は変わる。
「さて、ユイ殿。申し訳ないが、少し席を外してもらって良いかな。ロイド殿と少し話したいことがあるのでな」
「分かりました」
再会してそんなに経っていないだろうに、あっさりとした許可がユイから下りたことで、アクティウスは「また後で会えるのでな」と付け加える。
「その間はーー」
「ルークたちに任せておけば良いんじゃない? どうせ長引きそうな話をするみたいだし、その間に街を見に行かせてもいいし」
クリスティールが横から告げる。
「え、でもーー」
「どうせ、やることなんていつもと変わらないんだし、そこにユイさんを案内することが増えるだけでしょ?」
クリスティールに言われ、顔を見合わせるルークとユーリだが、当の本人であるユイは気にした素振りすらない。
「それは、そうですけど……」
「……」
「……」
ユーリが何とか返事をするが、やはりユイは何の反応も見せないし、ルークたちは困惑しっぱなしである。
「貴方たちが嫌だったら、他の人たちに任せても良いのよ?」
守護者たちは、みんながみんなそれなりの実力者だから、もし何があっても対処できる。
クリスティールがルークとユーリに話を向けたのは、二人の方が年齢が近いし、守護者たちの中で接している率が高いからだ。
「いえ、引き受けますよ」
「時間的にも、この後は仕事ですからね」
つまり、自分たちがユイと一緒に居ると言いたいのだろう。
「それでは、ロイドさん。ユイさんのことは僕たちにお任せしてもらってよろしいですか?」
「まあ、二人なら問題ないだろうが……」
ユーリの言葉に、ロイドはユイに目を向ける。
「どうせ出ていかないといけないなら、ゆっくりしてくるから気にしなくて良いよ」
さすがにいくらか冷静になったらしいが、ユイが地味に根に持つタイプであることはロイドも分かっている。
「お前のことだから、そんなに迷惑を掛けないとは思うが、今は好きなだけ見て回ってこい」
「……ん」
そんなユイの返事に、オブリウスが「それでは、まずはお荷物の方をお部屋へ移動させましょうか」と告げる。
「ああ、そうだ。変な約束だけはしないでよ」
まるで何を話すか分かっているかのような口ぶりに、ロイドではなくユーティウス夫妻の顔が引きつる。
ロイドに向けられて言ったであろうに、何故自分たちにも言われているような気がするのだろうか。
「しないよ。ちゃんと相談する」
「……なら、いい」
ディライト家の人間はロイドだけではない。ユイも居るのだ。話し合うべきことは、きちんと話し合うべきである。
「ーーそれじゃあ、行ってきます」
「ああ、行ってこい」
ロイド(たち)に見送られながら、ユイはその場を後にした。