第九話:シェルトフォードにてーーこの場に至り、その先にへと
ユーティウス家を出たルークとユーリの二人は、途中ユイ(たち)も立ち寄った町に立ち寄り、シェルトフォードに向かっていた。
「今頃あいつは何しとるんかね」
馬車にはこの二人しか居ないため、ルークが何気ない風に尋ねる。
「さあな。まあーー」
ルークに返事をしようとしていたユーリの言葉が、馬車が止まったことで途切れる。
「何だ!? どうした!?」
ルークが何事かと素早く臨戦態勢に入るが、「ルーク」とドアに付いていた小窓から外を見ていたユーリに呼ばれ、外を見る。
「ありゃあ、人か? つか、生きてるよな?」
その後、進行方向に多くの人間が倒れており、少しの間、進めないかもしれないと御者から説明され、二人はこの状況について少しばかり考えてみる。
「あいつら、何だと思う?」
「そうだな……林や森が近くにあることから、山賊とも考えられるが、服装といい、持っている物といい、山賊とは考えにくい」
「だな。実は獣化した後で、偶然この道を通りかかった奴らを襲ったはいいが返り討ちされた、とも考えられるが……」
「もしその場合、何で獣化した奴らはこの場所に現れた? あいつらの特性上、人の行き交いが疎らなこんな場所より、街中で暴れた方が破壊衝動も短時間で済むだろうに」
だが、そんなことーー獣化した(後だと仮定した)奴らが居た理由をーー考えていてもキリがないので、二人は別のことに思考を働かせる。
「で、これをやったの、ユイだと思うか?」
「さあね。もし、あの子だったとしても、この人数を一人で相手にするには無理があるだろうし……たまたま乗り合わせた同乗者と協力したか、僕たちの知らない方法を使ったか」
「ま、あいつがやった、やってないにせよ、前者の方が妥当だな」
そうこうしている間にも、道を塞いでいた数人の人間を避けたのか、御者が再度出発することを伝えに来る。
そして、シェルトフォードに入るのだがーー
「何だ?」
時折響いてくる地響きと人々の悲鳴に、二人は顔を見合わせる。
「一体、何があったんだ?」
「獣化した奴が暴れてるんだよ。しかも、女の子が一人……」
「まさか……ーーっ!?」
「っ、ルーク!」
逃げてきたのであろう男性からの説明も途中に何を察知したのか、ユーリの制止する声も聞かずにルークはその場から走り出す。
「ったく……話の途中ですみません。お話の方、ありがとうございました」
男性に礼を告げ、ユーリもルークを追いかけ始める。
「ちょっ、ルーク! 待てって! ここは僕たちの管轄外なんだから!」
「だから、何だってんだよ! 困ってる奴らを助けて何が悪い!?」
走りながらもそう言い合う二人だが、目的地が近いのか、地響きは次第に大きくなるし、白い雷のようなものが落ちるのも視認する。
「っ、」
速度を上げたルークに、ユーリも無言で速度を上げる。
近付けば近付くほど、状況の把握をせざるを得ない。
そして、見つけたのだ。たった一人で、獣化した奴ーー否、魔獣と対峙している少女を。
その後の事なんて、自分たちが来たと言うことをユイに示し、どことなく不安そうな彼女を宥め、医療テントに居たロイドに彼女を引き渡して、魔獣と義親子の間に立つ。
「でも、納得がいった。獣化したと思われる連中はこいつから逃げ、暴れていた」
ユーリが冷静にそう分析する。
「つか、ユイが居ながら人間にすら戻ってないってことは、もう戻れないか、単に効かなかったか」
そもそも、無効化を無効化できるのかが疑問ではあるが、そんなこと、今はどうでもいい。今は目の前の存在をどうにかすることが先決だ。
「そいつは、獣化しただけじゃない。魔獣だよ」
「魔獣……?」
「マジかよ……」
背後からのユイの言葉に、二人は顔を顰める。魔獣との戦闘経験が無いわけではないが、厄介なことには変わりない。
「しかも、普通の剣技じゃ、攻撃が届かないタイプの魔獣だから」
「……その上、相性不利と来たか」
ルークが顔を引きつらせる。
「あの腕は?」
「もう途中から手加減無しで反撃してみたけど、背中を傷付けたり、腕を切り落とすので精一杯だった」
ユーリの問いにも、少しのダメージしか与えられなかった、とユイは答える。
「君の実力を明確に知っている訳じゃないから、何とも言えないけど……」
「戦い慣れてるっぽいお前を梃子づらせるとか、相当だな」
その言葉にユイは何も返さなかったが、それとほぼ同時に二人が動き出したため、彼女は口を閉じる。
「っ、片腕だけの癖に、重っ……!?」
ルークが顔を顰めながらも、自身に振り下ろされた右の爪を何とか弾き返す。
「なるほど。ユイさんが言った通り、攻撃が通りにくい訳だ」
一方で、ルークへと振り下ろされていた右の爪が、遠心力を利用したかのようにそのままユーリに向かえば、彼はそれを軽々と回避する。
「どうするよ」
「どうしよっか?」
二人して、魔獣から視線は逸らさず、会話する。
「私はまだ、戦えますけど?」
「お前は休んでろって」
横から口出ししてきたユイに、ルークは即答レベルで返す。
「俺たちが来ていた事にすら気付かなかった奴が、何言ってんだ」
「そうだね。気を張ってたなんていう言い訳は聞きたくないし、もう少し休んでいてくれる? せっかく格好良く登場してバトンタッチしたのに、開始数分で参戦されちゃあ、僕たちの格好がつかない」
そういうものか? とユイは思うが、本人たちが必要ないと言っているのなら、もう少しだけ休ませてもらおう。
(もし、危なさそうなら、援護すれば良いだけだし)
そう思いつつ、あっさりとロイドの元へと戻っていくユイを余所に、ルークはユーリに半目を向ける。
「他に言いたいことや聞きたいことがあったくせに、なに格好つけてるんだか」
「こっちから話を聞いておきながら、ユイさんが危ないと思って、説明途中に飛び出していったルークに言われたくないな」
ユーリにそう指摘され、ルークが「うっ」と吃り、視線を逸らす。ただ、それは正論であり、実際にその通りの行動をしていたために反論が出来ない。
「さて、と。そろそろ本気であいつを対処しようか」
「だな。未来の仲間候補を傷つけられて、引っ込むような真似だけはしたくねーし」
そう言って構え直すルークに、「……あ、ルークは賛成なんだ」とユーリは呟く。
「何か言ったか?」
「いや、何でもないよ」
そう言いながら、ユーリは四つ叉の槍を出現させる。
「お、殺る気だな。ユーリ」
「殺らなきゃ、こっちが死ぬからな」
「それじゃ、俺も本気出さなきゃな」
ルークの持っていた剣も、形状が変わる。
「あれは……」
「お養父さん?」
「いや、だが……」
ぽつりと呟くようにして言われた言葉に、近くにいたユイは不思議そうな顔をして尋ねるが、ロイドは一人で考え込んでいるらしく、ぶつぶつと何か言っているだけで、肝心の返事が返ってこない。
「……」
だが、ルークたちの武器に見覚えがないわけではなく、ユイはちらりと自分で持ったままの剣に目を向ける。
きっと、今持っている剣と同じ種類のーー特殊な細工がされた武器なのだろう。
ユイ個人としては、使い慣れた弓や遠距離攻撃が可能な銃器系タイプが良かったのだが、『剣』自身が彼女を選んでしまったのだから仕方がない。
「まあ、確かに最初から『アレ』らが解放状態なら、倒すのは早いだろうけどーー」
ルークが近距離、ユーリが遠距離という役割分担をしているみたいだが、高威力かつ高火力であるがために、『アレ』らの使用後は消耗が激しい。
それでもお構い無しに使っているのを見ると、理解した上での了承済みか、単に早急に終わらせるために半分自棄で使ったか。
どちらにしろーー……
「お前もやっぱり、暴れたいよなぁ」
自身の『剣』に触れながら、ユイはそう思う。
ルークとユーリが『言語認証』無しに解放していたということは、既に何度か使用しており、シンクロ率も高いのだろうが、残念ながらユイたちの方は使用頻度も低ければ、シンクロ率も低いため、どうしても言語認証が必要となってくる。
そんなことを考えつつ、視界の隅でユーリの相棒とも言える槍の四つ叉部分が開き、砲撃なんてことをしたときはさすがのユイも驚いた。
「……砲撃形態持ちでもあったのか」
どうしても射撃系が理想だったために、それが他の武器と同期していたり、砲撃タイプであってもユイの射程圏内に入る。
「おい、ユーリ! 俺も居るんだから、気を付けろよな!」
あの砲撃威力だと、一歩間違えれば、ルークを巻き込んでいたのかもしれない。
「分かってる。つか、別に言わなくても、これでも十分加減はした。街中だしな」
「街は当たり前だが、俺はついでかよ!」と喚くルークに、ユーリは魔獣から目を逸らさずに見ている。
『グルァ……』
見ていられないほどの怪我をし、血を流しながらも、爛々と目を輝かせ、涎を垂らしたままの魔獣は、焦点が定まっていないのか、きょろきょろとあちこちに目を向けている。
「つか、あれで無事とか……」
「しかも、あれ自体がかなりの威力だったにも関わらず、表面を焦がすだけだったのもな」
厄介だな、とユーリは顔を顰める。
「……ユイに援護射撃、頼むか?」
「まさか」
「だよな」
まだ動ける以上、彼女に応援を頼むわけには行かないとばかりに、ルークが追撃するために動きだし、ユーリも砲撃形態を解除し、槍の状態に戻った相棒を手に走り出す。
「……お養父さん」
「何かな?」
「少し出てきます」
ロイドに声を掛ければ、彼から返ってきたので、ユイは苦笑しながらもそう言って、その場を離れる。
「大丈夫、なの……?」
「大丈夫。これでも、お養父さんの義娘ですから」
ユイはそう言うと微笑んだ。
ユイの戦闘能力はロイド仕込みだ。そんな彼の実力を引き継いでいると言っても過言ではないユイが、そう簡単に負けるはずがないのだ。
ーーまあ、どんなに何て言おうと、肝心な今のロイドは覚えていないのだが。
「終わらせないと」
心配そうなロイドに見送られる形で、ユイは歩き出す。
「ーーたとえ、どんな結果になろうと、誰かを責めるのは無しだ」
自身に、そう言い聞かせて。




