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「どうしたの狩? いつも以上に暗いじゃない」

「……!」

 机についてうつむいていた僕の顔を二宮が覗き込んできた。

 僕は反射的に顔を逸らしていた。

「……? 変なの」

 まともに見れなかった。

 あの後、僕は教室に戻った。

 急にいなくなったら騒ぎになるからもあるけど、一度みんなが本当に元に戻れるか確認したかったから。

 みんなちゃんと戻ってた。人も、壁も。

 不可思議な事態に先生たちも困り果てたらしく、自習になっていた。

口々に「さっきのあれはなんだったんだろう」とか「夢じゃないよね?」とかしばらくざわついていたけど、最終的には集団幻覚というところに落ち着いた。みんな納得はできないみたいだったけど、だからといってそれ以外に落とし所はないみたいだった。

 でも、僕はその輪には入れなかった。

 入れるわけなかった。

 本当はちょっと確認したら適当な理由をつけて早退するつもりだったんだ。けど、タイミングを失って帰りそこねてしまった。

 わいわい騒ぐクラスメート。

 僕は尋常じゃないくらいの後ろめたさを感じていた。もう消えてなくなってしまいたい。

 幸い、といえるかどうかわからないけど、しばらくすると臨時休校になった。

 僕はわき目もふらずに家に帰った。


「遅かったネ」

「へ?」

 自室に入ると、トウロンが勉強机に腰かけていた。

「何でここに?」

「キミを守るため、それと……」

「そうじゃなくていつの間にって事!」

 下で母さんに会ったけど、学校が早く終わったことについては聞かれたけど、トウロンに関しては何も言ってなかった。というか、こんな怪しい格好の人入れるはずない。

 僕が怒ると、トウロンはけらけら笑いだした。

「わかってるヨ。からかっただけさ」

 ……ホントにこの人は……。

「なあに、ここは二階だろう? 跳んで届かない高さじゃない」

「……窓にはカギかけてたはずだけど?」

 無駄だと思うけど一応聞いてみる。

「ダイアモンドはガラスを切れるんだヨ」

 トウロンはガラス切りを取り出すと手の中でくるくる回す。

 窓をよく見ると、カギのそばのガラス部分に丸くキズが入っているのがわかった。どうやらあそこを切って手を突っ込んでカギを開けたらしい。その後にガラスをまたはめこんだんだろう。

「面倒だからカギは毎日開けておいてくれ」

「毎日って……」

「言ったろう? 守るためだってネ」

「だけど……」

「よく考えてもみなヨ。何で私がキミの家を知っていると思うんだい?」

「……え?」

 言われてみれば、何で……。

 トウロンと出会ったのは今日の朝。その後はずっと学校だった。

 だから僕が帰ってくるまでわかるはずが……

「これも言ったけどネ、キミはアマリ者を引き寄せる」

「それは聞いたけど……答えになってないよ」

「ある意味ではキミもアマリ者なんだヨ。ただキミの場合、漏れだすアマリの量がケタ違いなのさ」

 いいかい、と言うとトウロンは勝手に僕の本棚から文庫本を一冊取り出した。

「ふむ。梶井基次郎か。渋い趣味というか、斜に構えてるというか……まぁそれはどうでもいいネ。この本を湯上祥子の総アマリ量だとしよう」

 それからにい、と笑い、

「するとキミのアマリの量はこの部屋よりもっと大きいことになる。いや、この家より大きいかもネ」

「はぁ?」

 言ってる意味がわからない。

 僕がアマリ者で? その力の量がケタ違い?

「アマリ者はアマリを見る力がある。アマリが目よりも外に出ているからネ。アマリの情報も感知できるのさ。一般人が見れないのは器の中にあるから……と、これはどうでもいいネ。脱線しやすいのが私の悪い癖でネ。それで、何だったかな?」

 また顔を引きつらせながらトウロンは笑った。

 脱線しやすいなんて嘘だ。わざと話を遠回りにして僕を焦らしてるんだ。

 何て奴だ。

「睨まない睨まない。わかってるヨ。私がキミの家を見つけられたのも、湯上がキミに目をつけたのも全てはキミのアマリの量が多いことが原因なんだヨ。私は二、三日前にキミを既に見つけてたのさ。遠くからでも丸わかりだからネ。だからしばらく遠くから監視を……」

「ちょっと待って。一つおかしな点がある」

「何だい?」

「僕に本当にそんな力があるなら、僕だってアマリが見えるはずだ」

「ふむ。なかなか賢いネ。もちろん見えるさ。というより見えてたはずだヨ。私や湯上を見るとすぐに逃げ出したじゃないか」

 確かに、僕は二人をみた瞬間悪寒がした。理由はわからないけど逃げなきゃって思った。

 あれは、そういうことだったのか。それなら合点がいく。

 たった一つ、とっても大きな矛盾があるけど。

「でも……見えなかったよ」

「それもキミのアマリが大きすぎるせいだネ。アマリ者はアマリを光として感知するんだヨ。キミの場合アマリが大きいからその輝きも半端じゃあない。自分自身の輝きが強いから眩しすぎないように無意識にアマリの視覚化にフィルターをかけてるんだろうネ。いうなれば常にサングラスをはめてるようなものだネ」

「だったら見えないんでしょ。矛盾してるよ」

「無意識下では知覚はしてるからネ。だから私や湯上を見てイヤな予感でもして逃げたんじゃないのかい?」

 矛盾はない、ように思う。

「実際この距離では私にも眩しすぎるくらいでネ」

 言ってトウロンはサングラスをかけた。顔に三つもレンズがあるのは異様な光景だった。

「それで、眩しくて目障りだから狙われたの?」

「違うヨ。キミのようにアマリが異常に多い者のことをイズミと言う。後から後から湧きだすからイズミ。わかりやすいだろう? じゃあ逆にそうじゃない普通の……アマリ者が普通と言うのも変だがネ、私みたいな奴はどうなると思う?」

「どうなるって?」

「後から後から湧きだすからイズミなんだヨ。じゃあ普通は湧きださないってことだろう?」

「ああ、そういう事」

「さぁどうなると思うネ?」

 そんな事言われても急には思いつかないし……

 ええと、中身が器より大きいからアマリ。

 だったら漏れ出し続けたら……

「普通の人間に戻るとか?」

「残念。それだったら良かったんだけどネ」

 そう呟いたトウロンの顔は、どこか寂しげだった。

 やっぱりどこか引きつっていたけど。

 ……笑うのに慣れていないから引きつったような感じになってると思ってたけど、違うのかもしれない。何かの病気……なのかも。

「器に見合った量になっても中身の流出は止まらないんだヨ。そうすると、人間であるはずの中身がすっかりなくなってしまうことになる。……もうわかるネ」

 トウロンの目は座っていた。

 サングラスをかけているからよく見えないけど、それでも座っているのがわかった……ような気がしたんだ。

 ただ、額のサングラスだけは吸い込まれるくらい黒くて、その奥は何も見えなかった。

 だけど、それらよりも、もっと声のトーンの方が暗かった。

 それくらいの内容。

 人の中身を失った人がどうなるか。

 確かに僕にも何となくわかった。

「……人間じゃ、なくなるんだね」

「正解」

 トウロンが邪悪に笑った。

「心を失ってアマリ者どころの騒ぎじゃないほど変質してしまうのさ」

 アマリ者どころじゃない……

 正直言って想像もつかない。

「さて、これからが本題だ」

「え? これだけしゃべって全部前振り?」

「ふふ。焦らすのは性分だから仕方ない」

「脱線する癖って言ってたと思うけど」

「さてネ……それより、ここからが一番重要なことなんだ。中身がなくなるというのは、当然ながら私も例外ではないんだヨ」

「あっ……」

 考えてもみなかったけど、そう言われればそうだ。

「そこでキミの出番だ」

 トウロンの顔がぱあっと明るくなる。

「キミの漏れだす膨大なアマリを補給すれば、人間でいられるんだヨ。私もこれ以上(・・・・)化け物になりたくはないからネ」

「ああ……なるほど。それで僕を助けたんだね」

 これで全てのことが繋がった。

「そうだヨ。ボランティアだとでも思ったかい? 自分で言うのもなんだけど、私が正義の味方に見えるとも思えないがネ。世の中ギブアンドテイクさ」

「それじゃあ……湯上と変わらないじゃないか」

「そうかい? 私は定期的に受け取れればそれでいいが、他の奴らは手っ取り早く採取しようとするだろうネ」

「手っ取り早く?」

 尋ねると、トウロンはすぐには答えず、今までで一番邪悪な笑みを浮かべた。

「食べるのさ」

 は?

 今なんて?

「ばりばりと頭からネ」




 僕の日常は一変した。

 怪人の襲撃に脅えながら毎日暮らす。学校では罪悪感にさいなまれながら授業を受ける。

 それの繰り返し。

 みんなは受験勉強をしてるけど、僕は全く集中できなくて成績は急降下。親が呼び出されたりしたけど、そんなことに何の意味もなかった。

 頭がおかしくなりそうだ。

 その間もずっとどこかでトウロンが監視してた。

 トウロンは僕の側にいるだけでアマリを補給できるらしい。

 たまに怖気が走るような感覚を受けた時もあって、しばらくするとトウロンのコートのバツ印が増えている。バツ印はもう一五個にもなっていた。

 そのトウロンについては何もわからない。聞いてもすぐにはぐらかされる。

 結局僕のよくわからないところで、僕の運命は滅茶苦茶になってしまった。

 いつまでこんな生活が続くんだろう。

 誰か助けて……。

 

僕は今日も嫌々ながらも来た学校でぼんやり窓の外を見ていた。

「……では、班はこれで決まりです」

 級長が何か言っている。

 班?

 ああ、そうか。

 来月の卒業旅行の班をくじで決めてたんだった。去年の修学旅行が台風とかでほとんど自由行動が出来なかったから、学校主催という珍しい卒業旅行が企画されてた。

 ええと、僕の班は……

「狩はあたしと同じだね」

「えっ?」

 後ろから急に声をかけられて振り向くと二宮が笑ってた。

 そういえば、僕の後ろの席は二宮だったな……。しばらく意識もしてなかったから忘れてた……。

「あんた最近何でか暗いよね」

「……」

「でも卒業旅行は楽しいからイヤなことだって忘れられるって」

「うるさいな! 僕に構わないでくれ!」

 僕は反射的に声を荒げていた。

「あっ……」

 その時見た二宮の表情を、僕は一生忘れないだろう。

 あんなに傷ついた顔を見るのは、初めてだった。

「ご……ごめんね……何か、あたし無神経で……」

「あ、いや……」

 何か謝らないと、そう思っても何も浮かんでこない。

 そして僕が謝るよりも早く、

「おい、何を騒いどるか生島! 班決めとはいえ一応は授業中だぞ。話すなとは言わんがもっと静かにせんか」

 先生のしごく真っ当な注意で謝るタイミングを逸した僕は、結局気まずいままその日を過ごした。


「卒業旅行ネ……」

 毎日夜になると現われるトウロンは、僕が修学旅行に行くと言うと渋い顔をした。

「別に行くなとは言わないがネ。アマリの発生確率は十万人に一人程度だ。一つの町に一人くらいだネ。当然ながら移動すればそれだけ遭遇確率も上がる。人が多い観光地なんかは特にだヨ」

「……じゃあ行かないよ。……別に行きたくなんかなかったし」

 僕はあの罪悪感の中で卒業旅行に行くなんて想像も出来なかったからそう言った。

すると途端にトウロンの表情が一変した。

「……少年」

 サングラスから僅かに覗く二つの目は、鋭い光を帯びていた。

「『あの頃』は『今』しか無いんだ。後悔したくなければ絶対に行け」

 その声には有無を言わせない迫力があった。

 それと、気のせいかもしれないけど……どこか自分に言ってるみたいでもあった。

「その代わり、私が守ってやる。だから遭遇する覚悟は持っていろ、そういうことだ」

 トウロンの声には、いつものような軽薄な明るさは全くなかった。

 僕は声もなく頷いた。それくらいしか出来なかった。

 ……トウロンは、一体どんな人生を送って来たんだろう?

 



 時は流れて、卒業旅行の日になった。

 その間には高校受験もあった。僕は志望校――と言っても親の、だけど――に落ちて滑り止めに受けた私立に行くことになった。親は志望校落ちたことを悲しんでたけど、僕は何の感慨もわかなかった。

 それはさておき、今回の卒業旅行で僕たちが行くのは広島。尾道市を観光する予定になっている。

 班のメンバーは、僕と二宮、後藤、それから木下里香(きのしたりか)河野雄太(かわのゆうた)の五人だ。

 後藤は……この間僕の目の前で金になった。あの時のことはほとんど覚えていないらしく、覚えている友人たちを羨ましがっていた。

 木下は金に近い茶髪を二つ結びにした、冗談みたいに短いスカートのコだ。そんな格好の割に、遊んでいるという話も聞かないし、授業態度も悪くない。

 河野はもう何か月も休んでいた、いわゆる不登校の生徒だ。流石に卒業旅行には参加――したのかさせられたのかはわからない。僕も社交的とは言えないし、話したこともないからよく知らないけど、何か魚に詳しいらしい。

 さて、僕は現在、社交性のある人間とない人間のミックスされたこの班で固まってバスで移動していた。トウロンはどこからか監視してるらしいけど……どうせ聞いたってからかわれるだけだから聞いてない。

「ねぇねぇ、みんなは自由行動どこ行きたい?」

 二宮が前の席から上半身を乗り出すようにして切り出してきた。

 基本的に誰とでも会話が出来るやつだ。

 今までは何とも思ってなかったけど……少し羨ましい。

「オレは、映画館行きてえな。尾道って映画の町なんだろ?」

 後藤は僕の隣で窓側に座っているんだけど、前の席にのしかかるようにして話してた。

「っていうか映画館潰れてるらしいし。そもそも映画館行ったら他のとこまわれないし」

 どうでもいいけど、木下の妙に『~し』という語尾が気になった。ちなみに木下も前の席だけど、身を乗り出したりしないからどんな表情をしてるのかはわからない。

「うっそ~……ショックだよ。何もやる気しねえ」

「あんたってホント単純よねえ……」

 二宮が呆れて嘆息する。

 それには同感。

「大丈夫。再建されたらしいから」

「マジで!?」

 かぼすの言葉に眼を輝かせる後藤。なんというか、幸せな奴だなあ……

「あ、狩はどう? 行きたいとこある?」

「……僕? 僕は……」

 急に話を振られたけれど、正直みんなの会話を人ごとみたいに見てたから僕は何にも考えてなかった。

 だから無難に、

「……みんなの行きたいとこでいいよ」

 そう言ったんだけど……

「そういうのが一番うざいし」

「そりゃ言いすぎでしょリカ。……でもリカの言ってることも正しいよ。ちゃんと自分の行きたいとこ言わないとダメじゃん」

 二宮は頬を膨らませた。

 ……何でだろう?

 自分たちの行きたいところに行けばいいのに。

 何で僕なんかの意見を聞くんだろう?

「……はぁ」

 僕の表情を見て、二宮がさっきよりも大きなため息を吐いた。

「あんたホントに重症ね……みんなで楽しむから楽しいんでしょ。一人で楽しみたいなら修学旅行なんか行く必要ないじゃない」

「あ」

 言われてみれば……

「そうだぜ。お前もっと楽しめよ。人生楽しんだもん勝ちだぜ。俺なんか卒業したら実家の寿司屋継がないといけないからさ、今回思いっきり遊ぶつもりだぜ!」

「みんなバラバラの進路になるし。遊ばなきゃ損だし」

 ……。

 僕は……。

 僕はやっと今……自分がどれだけバカだったかわかったような気がする……。

 僕はみんな何も考えないで生きてると思ってた。

 でも……何も考えてなかったのは僕だ。

 自分の将来も真剣に考えないで……

 みんなは、将来のことをちゃんと考えてたから、毎日を楽しんでたんだ。

 それなのに……僕は……。

「……ごめん」

 頬を涙が伝ってた。

「あ……何も責めてるわけじゃ……」

 僕の様子を見て二宮があたふたした。

 僕はそれを見て、余計に涙が出てきてしまった。

「あ……あー、そうだ! 河野くんはどこか行きたいところはない?」

 二宮は強引に話題を変えた。

 そのバレバレなくらいの気の使い方がありがたくて、また少し涙が出た。

 涙で歪む視界で通路を挟んで反対の席の河野の方を見ると、彼は誰にも目を合わさないように俯いていた。

 それから

「……水族館」

 とだけ、ぼそりと呟いた。

「……ん~、水族館かぁ。尾道にはなかったと思うけど……」

 二宮のその言葉を聞いて、それを継ぐように後藤がガイドブックをぱらぱらとめくり始めた。

「……確かに尾道には水族館ねえな。ザンネンだったな」

 後藤は笑いながら河野の肩をぱんぱん叩いた。

「……ならいい」

「そ、そう……?」

 話はそれで終わりとでもいうように河野は目をつぶってしまった。

それからぼそぼそと呟いた。

 その内容は一番近くにいた僕には聞こえたけど、他のみんなには聞こえなかったみたいだった。

 でも、あれはどういう意味だろ?

 聞き違いかな?

「自分で作る」って言ったように聞こえたけど……。


 港町尾道。海岸から山までかなり近い瀬戸内特有の地形だ。海はすぐ向こうに島があるせいででっかい河みたいな感じに見える。

 それでも強い礒の香りが「俺は海だ!」と主張して来る。地元は山しかないせいか、想像していたより礒の香りって強いものだと思った。

 まぁそれはそれとして。

 僕らはホテルに荷物を置くと、そのすぐ側にある尾道駅の前に繰り出していた。

 学校主催とはいえ卒業旅行だけあっていきなり自由行動だ。

「商店街行ってみようよ」

 という二宮の提案で僕らは商店街に向かった。駅から横断歩道一つ渡るだけでもう商店街の入口だ。林芙美子の銅像があったけど、流石に僕も『放浪記』は読んだことないなぁ。

 ところで、ここの商店街はかなり長いらしい。

 話には聞いてたけど、実際に歩いてみるとホントに長い。どこまで続いてんだろコレ。

 商店街は全体的にレトロな感じだった。なんか昭和にタイムスリップしたような印象だ。

 もちろん老舗の店が多いってのもあるけれど、10円で動くオバQの乗り物がなぜか電器屋の前に置いてあったり、2、3mくらいあるウルトラマンAが軒先に置いてあるオモチャ屋があったり、聞いたことないジュースが入ってる冗談みたいに古い自販機があったり、中々面白い。

 何だかんだで僕も楽しんでた。行かなくてもいいなんて言ってた自分がバカみたいでホントに恥ずかしい……。

 みんな好き好きに店に入ったりしてたけど、河野は興味なさそうにただぼうっとしてた。

 あいつは、何だか今までの僕に似てるかもしれない。

 周りに興味なんて無くて。

 そう思うと、何か胸がずきりとした。

 みんなも気を回して話しかけたりはするけど、それには答えずに海の方を見たり、大八車で売ってる魚を見たりしてた。

 尾道ラーメンを食べたりしつつ、商店街巡りをしている内にあっという間に夕暮れが迫って来た。

「そういやこの石段ってさ、船つけてたところらしいぜ?」

 商店街の裏路地を歩いていると、唐突に後藤が言った。彼がガイドブック片手に指差しているのは足元。

 確かに数段の石段があった。そこの隅で猫が丸まってた。

「っていうか雁木だし」

「そ、そうとも言うな。まぁとにかく、昔はここまで海だったってわけよ」

 明らかにガイドブックからの知識なんだけど、後藤は胸を反らせて勝ち誇ってたり。

「へえ~、埋め立てたってことね。でも、この辺りかなり古そうなカンジなんだけど……」

「江戸とかそんくらいから埋め立てとかやってたっぽいぜ」

「へぇ~へぇ~」

 二宮はひと昔前のバラエティ番組みたいにへぇ~を連呼した。

 ほんとに純心な奴だなぁ。

「あれ? ……でも、水来てない?」

 二宮が言う。

 全員「え?」と言いながらも、視線を雁木に向けた。

「雨……降ってたっけ?」

 思わず聞いたけど、言った僕自身そんなはずはないことはわかってた。

 でも……

 足元には水が満ちてきてたんだ。いつの間に溜まったのか2センチくらいの高さまで来てた。

「生活排水が流れて来てるんじゃね?」

「ない。潮の香りするし」

 ホントだ……。

 じゃあ、今足元にあるのは海水?

「津波でも来てんのか」

「え? じゃあ避難したほうが良くない? って……河野くんがいないよ!?」

「嘘だろっ!」

 みんなで辺りを見渡すけど、河野の姿はなかった。

 さっきまで居たはずなのに……。

 と、ぴちゃ、ぴちゃ、という足音らしき物音が路地の奥からしてきた。

「お、河野か?」

 黄昏のせいで奥の方はよく見えない。

 だけど、足音はなんか変だ。具体的にはわからないけど、何かこう、ねばついたような……。

 脳裏を湯上祥子のことがかすめる。

 ……大丈夫なはずだ。この間みたいに悪寒はしない。ということはアマリ者じゃない……

「おい、河野! 津波かも知れないから避難しねえと危ねえぞー!」

 後藤が駆け寄っていく。

「河野ってば……は?」

 その動きがぴたりと止まった。

「何だよアレは」

 夕闇の中から現れたのは、魚だった。

 二足歩行する魚。まぐろに手足が生えたような……それも人間の服を着ていて、性質の悪い冗談みたいだった。

 そいつはしゅるりと舌を伸ばして近くに居た猫を丸のみにした。

 それから僕らの方を舐めるように凝視してきた。

 現実感がまるでなくて。

 僕はただ、ぼおっと見てた。

「キャーーーーーーーーッ!」

「!」

 二宮の悲鳴を聞いて、僕はやっと正気に返った。

 何で察知できなかったかはわからない。でもあれはきっとアマリ者だ!

 だったら……僕を狙ってるはずだ。

 どうする? ……逃げる?

 視界に、みんなの姿が入った。

 後藤、木下、二宮。

 別に……別に友達じゃない。

 友達じゃないなら見捨てて逃げられる。

 だから……

 だから!

「今度は……逃げない」

 本当に、本当の、

 友達になりたいんだ。

「うわああああああああああああっ!」

 僕は走り出した!

 その勢いのまま、魚の化け物に体当たりした。

『ピギーーーッ!』

 化け物は奇声を上げて、あっさり吹っ飛んだ。

「みんな、逃げて!」

 叫んだ。今までの人生で一番大きく叫んだ。

「お、おい、狩……ヤバいって」

「そうだよ! 逃げようよ!」

 魚の化け物は僕の方をぎょろりとした眼で睨みつけてきた。

「いいから行って! 河野も探さないといけないだろっ!」

 みんなはびくっと驚いて、それから、

「わ、わかった。助けを呼んでくるから待ってろよ!」

「河野くんは任せて!」

「死んだらひくし」

「大丈夫。僕も適当にまいて逃げるから!」

 みんなは走って行った。

 あとは……この化け物をどうするか。

 ……いや、僕に何が出来るわけじゃない。ただ注意を引くんだ。

 もう二度と、みんなを巻き込まない!

 時間を稼げば、トウロンが来てくれる。

「イズミが欲しいんだろっ! かかって来いっ!」

 足は震えてたけど、力の限りに叫んだ。

 魚の化け物はふらふらと近寄ってきて……

「……タ……ス……ケテ……」

「え?」

 今、助けてって……

 まさか。

 ……僕は、もしかしてとんでもない勘違いをしてたのかも知れない。

 だとしたら……むしろみんなの方が危ない……?

「狩少年!」

 突然頭上から声が降って来た。

 同時に屋根の上から黒いコートの人影も振って来た。

「トウロン!」

「無事かい!?」

 トウロンは血相を変えて言ってきた。

 そして僕の返事を聞く前に魚を掌底で吹き飛ばした。

「すまない。遅くなった」

「違うんだ。その魚はたぶん被害者だよ!」

「わかってる。油断していた。忌々しいが、私の目ではウツホは見分けられないからな……」

 ウツホって? そう聞こうと思ったけど、路地から次々と魚の化け物が飛び出して来て、とてもそれどころじゃなかった。

「チッ、逃げるぞ!」

「で、でも友達が……」

「それはキミを安全な場所に置いてからだ」

「でも……」

「いいから聞くんだ! ウツホは心が空になってしまったアマリ者。もはや人間じゃない化け物だ。それに心が完全に空のウツホにはイズミは囮にすらなり得ない。奴らには自分の世界しか見えていないんだ!」

 トウロンはヨとかネみたいないつもの軽い口調をしてなかった。額には汗を浮かべ、表情も硬い。

「来い!」

 トウロンは僕の手を引き、無理やり引きずりながら走りだした。

 路地から商店街のメインストリートへ出ると、そこには礒が広がっていた。ぴちぴちと小魚が跳ねたり、蟹がうろついたりしていた。

「くっ、なんて侵食能力だ」

「これは全部敵の仕業……?」

「そうだ。私は各地のアマリ者やウツホを独自に調査していたが、これは中でも最悪の部類に入るウツホだ。まさかこんな所に現れるとは……」

 話しながらも脛くらいまで来ている海水をかき分けながら駅とは反対方向に向かって進んでいく。みんなは駅の方に向かっているだろうから、これじゃあ逆だ。

「せいぁっ!」

 襲い掛かってくる魚の化け物をトウロンは拳法で弾き飛ばしていく。

 凄い……。だけど……みんなはトウロンみたいに強くない。

 やっぱり……

「ごめんトウロン!」

「なっ……!?」

 僕はトウロンを振りほどいて飛び出した。

「僕、みんなを探さないと!」

 ばしゃばしゃと水をかき分けて駅の方に進む。そっちからは水が波打って押し寄せてきているから、きっとそっちに本体がいるんだ。

「待つんだ!」

「イヤだ! 今度は逃げない。逃げないって決めたんだ!」

「く……わかった。私も探そう。だから私から離れるな」

 僕は頷いた。

「……どちらにせよ水中を移動するのは効率が悪い。跳ぶ」

 トウロンは僕を抱きかかえると商店のひさしの上に飛び乗った。それから器用にひさしの上を飛び移ったり、窓枠やアーケードの天井につかまったりしながら進んでいく。

 その間にも眼下にはたくさんの魚人がひしめいて、海水の高さも上がって来ていた。

 少なくともその中に学生服を着た魚人はいなかった。

「みんな……どこに……」

 きょろきょろと見渡していると、商店街の入口辺りにいくつかの人影がうっすら見えた。

「トウロン、あそこ!」

「……む」

 トウロンは僕を抱えたままぴょんぴょんとひさしの上を跳ね、商店街の入口まで辿り着いた。下は海水が満ちているので、お土産屋の縁台上に降りる。

「みんな!」

 周りより少し高い芙美子像の土台の上に、学生服の四人の姿があった。

 後藤は膝をついて、木下はへたり込んで、二宮は倒れ伏していた。

 ただ一人河野だけが立っている。

「河野! 何があったんだ!」

 でも、河野は答えない。

 僕はいてもたってもいられずに水に飛び込んで像の方に向かう。

 近づくにつれ、異様な光景が目に入ってきた……。

「狩少年! 近づくな!」

 後藤は、ぎょろりとした眼になって、その手の指の間は皮膜のようなもので繋がっていた。木下は、スカートからタコのような足が何本も出ていて、それを見て放心してるようだった。

 そして、二宮は口をぱくぱくさせて喉を押さえていた。

 河野はそれを満足げに見下ろして――

「そいつはウツホの『人間水族館』だ!」

 人間……水族館……?

「……何を言ってるの? こいつはクラスメートの河野……」

「そいつは最早人間じゃない! 他人を水棲生物に変える化け物だ!」

「そんな……河野……お前がみんなを……?」

 違う、そう言って欲しくて、僕は手を伸ばした。

 だけど――

「そうだ」

 河野はこっちを一度も見ずに、陰気な声で、でもはっきりと答えた。

「何でこんなことを!」

「こいつら……うるさい。おれに纏わりついて、邪魔だ。海の中は静かだ。みんな魚になってしまえば静かになる……」

 は?

 何を言ってるんだ?

 うるさい? 邪魔? だからみんなを?

「河野ぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 僕は走り出してた。膝まで水が来ていて上手く進めない。

 でも、あいつに一発ぶち込まないと気が済まない!

「お前もうるさい」

 河野は学生服の上を脱ぎ捨てた。

 すると、そこから巨大なサメが飛び出してきた!

「うわぁっ!?」

 咄嗟に真横にかわしたけど、すぐにサメは大口開けて迫ってくる。

「えあっ!」

 トウロンがサメの頭の上に飛びついた。

 そして懐から取り出したナイフをサメの頭に突き刺した。血が噴き出して、水面を真っ赤に染めた。それでもサメは絶命せずに大暴れしてトウロンを振り落とそうとする。

「よくも……僕のホオジロザメにキズをつけたな……!」

 河野は怒りに顔を歪め、トウロンを睨みつけ、銅像の台座から水に飛び込んだ。

「ふん……憎いか。私も貴様らのような人体改造型のアマリ者どもが憎くてしょうがないんだよ……!」

 トウロンは顔を返り血で邪悪に染めて、いつもの軽さなんて微塵もない声で言い放った。

「お前にも思い知らせてやる。海の偉大さをッ! うげえっ! おごぉっ!」

 河野は水中から顔だけ出し、口から様々な魚をげろりと吐き続けた。それはサメだったり、シャチだったりウツボだったり巨大な魚のオンパレードだった。その群れが一気にトウロンに襲い掛かる。

 トウロンの姿は取りついたサメごと魚の群れの中に消えた。

 僕はその隙に芙美子像に向かった。トウロンが魚なんかにやられるわけない。

 台座の上には、呆然とする三人。

 後藤は僕の方を見もしない。声をかけたら水中に飛び込んでしまった。

 ……。

木下は虚ろな目で遠くを見ていた。彼女もまた、声をかけても反応がなかった。ぶつぶつと「こんなの悪い夢だし」と呟き続けてた。

 僕の中で、今まで味わったことがないくらい暗い感情が渦巻いているのがはっきり自覚できた。何もかも滅茶苦茶にしてやりたい。河野だけは……殺してしまいたい!

「かはっ……」

「!」

 二宮が苦しげに息を吐いていた。

「大丈夫!?」

 二宮は答えなかった。

 違う。答えられなかったんだ。

 すぐにわかった。二宮の顔は真っ青で、喉を両手で押さえて呻いてた。

 その両手の間から覗くのは、喉に開いた切れ目。

 肺呼吸から、えら呼吸に変えられてしまったんだ。

 だとしたら、二宮は今全く息が出来てない……!?

「見な……いで……」

 かすれきった声で、霞ゆく目から涙をこぼしながら、二宮は言った。

 見ないで。

 苦しくて苦しくてたまらないはずなのに、僕にえらを見られることの方が……。

 そこに笑い声が響いた。水中から上半身だけ出した河野が笑ってた。

「そいつは特にうるさかったから息を出来なくしてやった。海に飛び込めば息が出来るって言ったのに聞きやしない。もう1、2分で死ぬんじゃない? バカだね」

 バカ?

 こいつは今何を言ったんだ?

「ほんとに世の中バカばっか。みんな無意味に生きてる。さっさと海に還ればいいのに」

「バカだって? ふざけるな! 『バカなのは僕とお前だけ』だろう!」

 そうだ。

 周りを勝手にバカにして。自分の殻に閉じこもって。

 それが心を無くすってことだったんだ。

「今すぐみんなを元に戻せ!」

「はぁ? お前もうるさいよ。お前なんか僕の水族館に入れてあげない。死んじゃえ」

 河野の胸から鋭い角を持ったカジキマグロが飛び出した。

 それは真っすぐ僕の方へ……

「がはっ!」

 はじめは何が起きたか分からなかった。ただ、お腹に熱さを感じた。

 その熱さは痛みになって……

腹に……カジキの角が……っ!

喉の奥から血の塊がこみ上げてくる……

「ごぽっ……」

「ははは。痛そう。楽にしてやるよ」

 河野の右手が巨大なウツボに変わり、その大口がこっちに迫ってくる。

 よけなきゃ……そう思ったけど、腹に刺さったままのカジキの角と激痛で一歩も動くことが出来なかった。

 唾液がしたたる牙が僕の顔面に……

「死にな」

「キミがネ」

 いきなり上から降って来たトウロンが河野の肩にナイフを突き刺した。

「ぎいっ!」

 トウロンはそのままナイフを胸まで切り裂き、心臓をえぐるようにねじり込んだ。

「死ね死ね死ね死ね死ね死ネッ!」

 何度も。何度も。何かに取り憑かれたように、何度もえぐった。

 トウロンはコートを脱ぎ捨ててて、さらしを巻いただけの上半身からは三本目の腕も羅出していた。その腕で傷口を無理やりこじ開け、貫き手を突き刺した。

「ぎっ……無駄だ。おれは一つの水族館だ。人間一人とは存在量が違う! この程度じゃ死なない!」

「なら死ぬまで殺してやるぁっ!」

 傷口をずたずたにして、もう拳法なんか関係なくトウロンは攻撃を続けた。

 出血で霞んでいく意識の中でもわかった。

 トウロンじゃ、勝てない。

 トウロンが負けたら、二宮たちは……

「無駄だって言ってるだろおおおおおおおおっ!」

「なにっ!?」

 河野の絶叫とともに一〇メートルはあろうかというクジラが傷口から飛び出した。

「ぶるおあっ!」

 全く予想外の攻撃にトウロンはクジラの体当たりをまともに受け、そのまま商店との間に押しつぶされる形になった。

「はぁはぁ……ふざけやがって。これでお仕舞いだ。みんな終わりだぁ。あははははは!」

 狂ったように笑う河野。

 みんなお仕舞い?

 後藤も、木下も、トウロンも、二宮も?

 ……ふざけるなよ。

 何勝手に終わりにしてるんだ。

 みんな必死に生きてるのに。

 必死に生きてないお前なんかに……終わらせる権利なんかあるのかよ!

 頭が焼けつくくらい怒りが満ちてた。

 薄れかけてた意識が、クリアになっていく。怒りが頭のもやを払っていく。

 自分の中の『何か』が、劇的に変わっていく。

「うあああああああああああああああっ!」

 僕は力の限りに腹に刺さったカジキを引き抜いた。

 大量の血が噴き出す。

 でも関係ない。

 『血なんか簡単に止められる』。

 だって、僕の体なんだから、僕に制御出来ないことなんてない。

 今までそれが出来ないと思ってたのが不思議なくらいだ。

 さぁ血は止まった。傷も塞がりかけている。

 怒りで燃え上がっていた頭が、驚くほど冷えていく。

 あとはあいつを倒すだけだ。

 あの真っ黒な人の形をした空白を。

そうだ。見える。

トウロンが言っていた、無意識のサングラスを、僕は外したんだ。

 人の体の輝き。内に秘めた光と、それが漏れ出した人間の輝き。

 僕の体から溢れだす光の奔流。

 今まで見えなかったものまではっきりと見える。

傷を治したのもこの光だ。万能の元が余っているんだから、欠けた部分を塞ぐのは簡単だ。

 トウロンが僕の方を見ている。ぼろぼろの体から漏れ出ている光はごく僅か。

 あんなに少しのアマリで、あんなに強かったのか。

 アマリは使い方次第。

 だったら、僕のアマリも。

 僕はアマリを一点に集中させる。

「狩少年……キミは……」

「二宮が危ない。さっさと片付けなきゃ」

 僕は――

 『額の瞳』を開いた。

「……何だよ。お前……」

「河野。お前は何も見えてないんだな」

 だったら――

「そのままどこかに落ちていけ!」

 額の目が輝く。

 それは光を放っているんじゃなく、光を吸いこんでいるからこそ輝いている。

 僕から溢れだす光に他の光を引き付け、そのままはぎ取っていく。

 まるで、大きな磁石に小さな磁石が吸い寄せられるように。

 吸い込んでいるのは、河野の光。河野の周囲の光。

「な、何だこれ」

 空っぽの河野の最後の光の一粒まで、全て吸い込む。

 心が空になったウツホ、それでもこの世界に留まっていられるのは、周囲から光を受けているから(、、、、、、、、、、、、、)。

 それもわからない奴に、居場所なんてない。

「おかしいよ……何も……何も見えない!?」

 河野の目が真っ黒に染まる。

 もう奴の目が光をとらえることは二度とない。

 そして――

「引きこま……うわあああああああああああっ!?」

 河野の体は全ての光を奪われ、闇の中に吸い込まれて、消えた。




 海水のひいた商店街を、山の上の公園から見下ろす。

 あんなことがあったのに、町は静けさを取り戻していた。もう夜になって家々の明かりがちろちろ光るだけだ。

 みんな元の姿に戻り、日常に戻っていく。

 二宮も酸欠で病院に運ばれていったけど、何とか一命は取り留めたらしい。

 ふう、と僕は一息ついてから振り返る。

 そこにはトウロンが佇んでいた。

「……ねえ、トウロンのサングラスの下……目じゃないんでしょ?」

「……もう隠しても仕方ないか。本物が現れたことだしネ……」

 トウロンはゆっくりと額のサングラスを外した。

 そこにあったのは……

「く……口……?」

 トウロンは悲しげに頷いた。

 額に小さいながらもはっきりと、人の口があった。

 湯上のアマリを食らったのは、きっとこの口だったんだろう。

「流石に驚いたかい? 三つ目伝説にあやかってサングラスをしていたがネ……」

 トウロンはぎこちなく笑った。

「昔、性質の悪いウツホに体をいじくられたのさ……」

 そう呟くトウロンを、第三の目を凝らして見ると、全身の生命の流れが滅茶苦茶にされているのがわかった。それから、トウロンのアマリが僅かだった理由も。

トウロンは、アマリ者なんかじゃない。

器が破壊されたから、中身が漏れ出してそれに似た状態になってただけなんだ。

全身の筋肉も、内臓器官も狂わされてた。多い臓器もあれば、足りない臓器も……

「……こんなことって……」

「見えたのかい? ……はは。私は子どもも産めないらしいヨ」

 ……。

「まぁ、そんなに悲観したものでもないんだヨ。おかげでアマリ者どもを見つけ出して倒せるんだからネ」

 もう僕にはわかってた。

 トウロンが「ネ」とか「ヨ」とか言うのは……本心を偽ってる時だ。

 だから……

「ところで……キミは自分の力を制御出来るようになった。外に漏れ出して狙われることもない。……もう私のガードは必要ないネ。ここで……お別れだ」

「……よ」

「? 済まない。良く聞こえなかったんだが……」

「ついていくよ」

 きっぱり、言った。

「何を……言っているんだい?」

「探してるんでしょ? 体を改造した奴を」

「それは……」

 トウロンはたじろぐ。何か軽口を叩こうとしてるみたいだけど、僕はそれより早く、

「僕の目なら、ウツホだって見つけられる」

「本当に……いいのかい?」

 トウロンが僕の表情を覗き込むように見てくる。

 僕の腹はもう決まっていた。

「……うん。僕は……僕は今まで考えることから逃げてた。だけど……はじめて……はじめて心の底からそうしたいと、思ったんだ」




 エピローグ


 薄暗い倉庫の中。

 一人の白衣の男が気絶して倒れ伏す若い女性を見下ろしていた。

「さて……今日は何処を改造するかな」

 男はにやにやと笑い、懐からたくさんのメスを取り出す。

「ご機嫌だな。人体改造(ゲルダム)四石大志(よついしたいし)

 ふいに背後から声をかけられた四石はこちらを慌てて振り向く。

「な、なんだ貴様……」

「やっと見つけた。長かった……本当に」

「何を言っているんだ。ふざけた格好をして……額にサングラスだと? あの下らない都市伝説にあやかってるつもりか」

「下らない、か」

 確かに。

「でも……真実さ」


 『僕』は、『額のサングラス』を外した。


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