一話
存在意義。
それは自分の存在を肯定してくれるものだ。
前世、彼らの存在意義は誰が見ても明確なものだった。
魔王を倒し、世界に平和を。
だが、今は違う。
もともと平和な世界で、倒すべきものもいない。
「僕らはこの世界に必要なのかな。」
速水(はやみ)が呟く。
三人しかいない屋上に柔らかい風が吹く。
「さぁな。神様にでも聞いてみろ。」
礼於(れお)がイチゴ牛乳を片手にそっけなく答えた。
「君は前より冷たくなった気がするよ。」
速水は長いまつげを伏せた。
四人の中で最年長である速水は、前世では十歳にして魔王を倒すための旅に同行した天才魔法使いである。
「まあよいではないか。ここの暮らしも楽しかろう?」
フォッフォッフォと笑う美咲(みさき)。
「おじいちゃんは楽しいだろうね!超美少女お嬢様だもんね!」
速水がムッとして反発する。
「まあ落ち着け魔導師よ。そなたはそなたでよいじゃろうも。学校一の秀才と言われておるではないか。勉強は楽しいのじゃろう?」
美咲は貫禄のある落ち着いた声でいった。
「そりゃ、勉強は楽しいけど‥‥。」
速水が口を尖らせる。
「楽しいことがひとつでもあればそれが存在理由であろう。人生は楽しまなくては損じゃ。」
美咲は今は高校二年生の少女であるが、前世では老剣士だった。彼の右に出るものはいないと言われ、弟子の数は千人を越えていたという。
バタンッ
「はーっはっはっは!!よう!お前ら!」
長い黒髪を緩やかに後ろでまとめ、綺麗な顔立ちをした少年が屋上のドアを開ける。
「やかましわ」
空かさず礼於が頭をはたく。
「君は‥‥。学校はどうしたんだい?まだ義務教育でしょ?」
速水はため息をつく。
「はっはっは!速水はバカだな!義務教育だからサボれるんだ!留年がないからサボり放題だぞ!」
はーっはっは!と高らかに笑う少年、宝。
「はい、中学生は中学校に帰ろうねぇ~。」
速水が宝をくるっと回して捕まえる。
「おい!何をするんだ魔法使い!離せ!」
宝はジタジタと暴れる。
だが、中学二年生の宝が高校三年生の速水に力で勝てるわけもなく、簡単におぶられてしまった。
「っていうかさぁ、いい加減昔の呼び方止めないか?この時代にはこの時代の名前があるんだし。」
礼於が肘をつきながら話した。
「なぜだ奇術師!この方が呼びやすいぞ!」
宝が速水の背中で反論する。
礼於は前世では奇術師であった。
色々な道具を持ち前の器用さで駆使し、魔物たちと戦ってきた。
しかし今は髪を金髪に染め、ピアスをした校則違反の不良である。
「だからさぁ、俺ら四人の中で呼ぶのはいいぜ?でも他の人間の前で言ったら俺ら厨二病扱いだからな。気を付けててもうっかりってことがあるだろ?早いうちに治さねえと」
「厨二病?なんだそれは」
「ググれカス」
「礼於、パクリはよくないよ」
「何を言うか。オリジナルだ。」
「アホをゆうでないぞ。罪を認めんか。」
「俺総出で責められてる!?」
「カス?カスとはなんだ?」
「それもわかんないのかよ!しかもそっち!?普通ググれ聞くよな?ってか空気読め!」
昔と変わらない一連の漫才を終え、礼於はため息をついた。
(平和なのはいいが、前と比べるとやはり物足りない気もする。
魔導師‥‥じゃなくて速水の言うこともわかる気がする。
平和な時代に俺たちはもう必要ないはずだ。
魔力も英雄も力も要らない。
ここで俺達は何をすべきなのか。)