第8話:初恋……!(その1)
結局、今日も一度として授業に出ることもなく俺は学校を後にした。
あの悲劇の初登校から、早一月。
初めのうちは、もしかすると授業をサボッて屋上で昼寝をする不良生徒と、先生の言いつけで不良生徒をたしなめにくる、学級委員の飛びきり美人の女の子との運命的な出会いがあるかも……! なんて、こりもせず淡い妄想を繰り広げてみはしたが、やはり、現実は真冬の季節に冷水を頭からかぶるがごとく冷たかった。学級委員の飛びきり美人の女の子どころか、人っ子1人俺を呼びに来る人間などいやしない。それだけならまだしも、屋上に来た人間は俺と目が合うと
「ひい」
と短い悲鳴をあげて、きびすを返して逃げていきやがる。
なにか? 俺は檻の中に閉じこめられた凶暴なライオンなのか? お前等は、檻の中に放り込まれたとってもおいしそうなえさなのか?
どう見たって同じ人間だろうが!
――そうして、屋上は悲しくも俺のプライベートルームと化してしまった……。誰かが呼びに来てくれるかも……! などと、ドキドキしながら寝たふりして待っている俺のかわいいところなんて、この冷たすぎる現実の中では救われようもなかった。
――大体、俺は根が真面目な人間だ。
そこら辺にいる自ら勉学を放棄している不良どもと違って、できることなら高校生としてそれ相応の勉学に励むことを強く望んでいる。頭だって、自分で言うのもなんだが、いい。
中学時代も、まともに授業に出られなくても(出ないのではなく)テストでは平均80点以上を常にキープしていた。
分かりやすく解説されたノートもなく、どこが大事でどこがテストに出るというヒントも全くない状況で、だ。陰の努力を語り出すと思わず握り拳を作って力説してしまうほど、俺はがんばり屋さんなのだ。しかし、それもありもしないカンニング疑惑や、答案用紙盗難疑惑が持ち上がり俺は勉強をしないでいることを余儀なくされた。
それからは、成績ガタ落ちだ。親からもとうとう見放されたさ。
「勉強だけがあんたの取り柄だったのに……」
絶望して泣き出す母親のその台詞は、今も俺のもろくてとってもナイーブな心の真ん中に大きな風穴を空けている。あ、思い出すと今も涙がこみ上げてきた……。
――世の中は真っ暗だ。俺の歩いている道に、光はもう差し込みはしないんだ。ちくしょう! もうたくさんだ! そんなに俺を悪い人間にしたいなら、お前等の望み通り傍若無人な極悪人になってやろうじゃねえか! 目が合った人間片っ端から無差別に襲ってやる! こうなったのも、全部お前等のせいだからな! 俺はこの冷たすぎる社会の生んだ哀れなバーサーカーとして、人類全員に噛みついてやるんだ!
――と、自暴自棄のどん底につき落ちていた俺が、なぜこの一月の間毎日刑務所のような(なんの楽しみもないという意味)学校に通い続け、猛り狂った破壊衝動に身を委ねなかったのかというと……。
俺は携帯電話で時間を確認しながら、人で賑わう商店街を早足で抜けた。商店街を抜けた少し先にある交差点に着くと、そこで足を止めてもう一度時間を確認する。
もう、そろそろだ。俺は携帯の待ち受け画面をのぞきながら、とりあえず道路の端っこに突っ立っていても周りから変に見られない状況を作り上げた。もちろん、目だけは目と鼻の先にある交差点に集中している。
「……!」
来た!
目と鼻の先にある交差点を、いつものように急いだ様子で小走りに横切っていく、すばらしくきれいな美少女。充分に高鳴っていた俺の胸が、さらにヒートアップして俺の目はその美少女に釘付けになる。
彼女が俺の視界に留まっているのは、ほんの2、3秒ほどの間だけだ。そして、その2、3秒のためだけに、俺は毎日なんの楽しみも待っていない学校に通っているというわけだ。
これは、つまり……恋、というやつだ。俺は名前も歳も、一切素性の知れないその美少女に恋をしてしまっているのだ。
15年生きてきた中で、恋なんて一度もしたことがない(っていうか、俺に近づく女の子なんて全くといっていいほどいない)俺が、恋なんてもの話の中でしか知らないような俺が、恋をしている……。というか、多分これは恋というやつだ。恋というやつは、綿飴のようにふわふわして甘い、夢のような心地よさを感じさせてくれるものと、いつか春姉が言ってたからな。
あの時は、恋する乙女の演説に適当な生返事を返してひどい目にあった。ちょうど春姉の性格が歪みだしたのも、その後、恋する乙女が
「恋なんて2度とするもんか!」
と猛り狂ったあたりからだ。
あの時は、春姉の部屋に監禁されて、失恋のやけ酒に無理矢理つき合わされた上に、怒り兼八つ当たりの高速上段回し蹴りを側頭部に見事にきめられ、天国の階段を昇りかけたっけ……。おまけに、目を覚ますと知らないうちに自分の部屋に戻されて、空の缶ビールが10本以上俺の部屋に放置されていて、一滴もアルコールを摂取していないにも関わらず、両親にものすごい説教を受ける羽目になった。翌朝、春姉は体調不良で学校を休んだ。多分、ってか間違いなく二日酔いだ。――とまあ、そんなこんなで俺は間違いなく恋をしている。それも、初恋だ。
よく初恋は実らない、などという台詞を聞いたりするが果たしてそれは本当なのだろうか。もしそれが本当なら、確実に俺の人生お先真っ暗だ。ってか、破壊衝動を抑えてくれたこの恋が果てた時、俺は一体どうなっちまうんだ?
あの、無茶苦茶な破壊衝動プラス、失恋で絶望のどん底に突き落とされた俺が、その時この冷たすぎる社会に下す決断は――。
――だめだ……。
犯罪者になった未来の自分がありありと浮かんでくる。今はこれ以上深く考えるのはやめておこう。
俺の歩む真っ暗な道に、一筋の光が差し込んだ。
今は……うん。
そういうことにしとこう!