第7話:登校初日!(その4)
それから、情状酌量の余地もなく1週間の停学を言い渡され、午後の授業を残し俺は家へ強制送還された。
そして、停学が解けてからは、騒ぎを知った不良連中から毎日のように挑まれ、果ては、腕に覚えのある空手部の主将と名乗る人物までが、俺の極悪非道ぶりを見過ごせないと勝手に喧嘩をふっかけてくる始末だ。さらに悪いことに、その人は数日後に3年生として最後の公式試合を控えていたらしいのだが、俺にやられた傷が癒えず、涙を飲んで出場を辞退したらしい。
「聞いた? 桂木先輩、金常時に怪我させられて最後の大会出られなかったんだって」
「あいつ無差別に人襲いまくってるって噂だぜ」
「目が合った人間片っ端からやっちゃうんだって」
「見ろよ、あの目。おっかねー」
「あいつそのうち人殺しちゃうんじゃね?」
引っ越して来て一ヶ月足らず。俺の夢に描いた楽しい学生ライフは、儚く泡のように消え去ってしまった。そして、残ったのは学校に来るのはいいが、意味もなく恐れられるために屋上にしか居場所を見つけられないという、寂しくて切なすぎる現実だけだった。
「ちくしょう……」
確かに、俺は身長180センチ、体重70キロと恵まれた体格をしている。
顔だって細面ながら、鷹のように鋭い目をしており、穏やかな微笑みなどとは無縁のようなつくりだ。
さらに、口ベタで自分の意志をうまく相手に伝えることはできないし、極度の照れ屋な性格から、感情を表情で表すことも苦手だ。
これだけの悪条件がそろえば、一見して粗暴な人間に見られるのは仕方のないことだとは思う。
でも! でもだ! お前等の言うように、俺が一度だってむやみに人を傷つけたことがあるか? 確かに、身を守るためとはいえ、数多くの不良たちをけちらしてきた。
でも、それは俺が自ら望んでそうしているわけではないのだ。
なるべく穏便に済ませようとする俺の気遣いを無視して、不良どもの方から一方的に手を出してくるのだ。
迎え撃つほかしょうがないではないか。
第一、俺に粗暴さがあるにしても、いつだってその粗暴さは正義感という方面でのみ発揮されている。
そう、俺はサッカーに使われている供え物の花瓶を元に戻して、理不尽に絡まれている女子生徒を助けてあげただけじゃないか。それなのに、どうしてこうなっちまうんだ……?誰も俺の中身を見ようとしない。分かろうともしてくれない。見てくれだけで勝手な想像を膨らませて、知ったような顔をして俺を遠ざける。
どうして、俺だけがこんな目に遭わなければならないんだ……。
「なんで、俺だけ……」
ポツリと呟いてみると、ますます虚しさがこみ上げてくる。いっそのこと、ここから飛び降りて楽になってしまおうか。穏やかな青一色の空を眺めながら、軽く自殺願望にとらわれかけたとき
「ごるあ!」
と、どこかから突然怒鳴り声が響いてきた。自殺に向かっていた俺の意識は、自然とその怒鳴り声に引き寄せられた。それは、神様が俺の自殺を止めるために与えてくれた幻聴というプレゼントだったのかもしれないが、俺はすぐに思い直して身を起こした。
今度は複数の怒鳴り声が聞こえたからだ。
屋上からは校内のほとんどを見渡すことができる。
怒鳴り声の元を辿ってみると、老朽化が進み今は使われなくなった校舎の裏で、複数の不良たちが1人の男子生徒を取り囲んでなにやら楽しそうに暴行を加えているではないか。しかも、その不良たちというのが俺の中のもう2度と顔も見たくない人間ランキングベスト5に堂々入る、あの珍獣スキンヘッドとその連れ2人と判明した瞬間、俺の気分はブルーゾーンを越えて、憂鬱の渦の中へ放り込まれた。
一通り気の弱そうな男子生徒を痛めつけ終えた珍獣スキンヘッドたちは、彼の財布から有り金すべてを奪い取ると
「これだけかよ、おい。しけてんなあ。次会うときは10万用意しとけよ」
などと無茶な要求をしておいて、その場を去っていった。
俺はぼろ雑巾のようになり果てた哀れな男子生徒に目を留めた。
虚弱を絵に描いたような、鉛筆を連想させる細い体。中途半端に伸ばされた出来損ないのロングヘアー。目元まで伸びた前髪が、大きな黒縁の眼鏡にかかり、その合間から時々のぞく弱々しい瞳が、暗いイメージにアクセントを加えている。まさに、不良に絡まれる為に存在する人間が、たった今不良に絡まれて地面にうずくまっていた。
気のせいか、俺はその男子生徒を知っているような気がした。しかし、いくら考えてみても名前は浮かんでこない。やはり、ただの思い過ごしだろうか。
考え込んでいるうちに、けたたましいチャイムの音が響いた。ぼろ雑巾のようになり果てた男子生徒は、ゆっくり起きあがると、その場から立ち去っていった。