第5話:登校初日!(その2)
不慮のアクシデントに見舞われた俺は、それでも何とか生き延びて、無事(?)新たな高校のクラスメイトたちの前に立っていた。どうやら、春姉は実の弟に
「ボコボコに腫れあがった顔で自己紹介をさせるのはちょっとかわいそうかな」
とでも思ったのだろう。
そんなあるかないかの思いやりのおかげで、俺は腹だけを集中的に痛めつけられ、朝ご飯を食べるよう呼びに来た姉に朝ご飯を食べられなくされたのだった。そんなこんなで、俺にとって一世一代の大勝負は理不尽にも、最悪のコンディションで望まざる終えなくされてしまった。が、そんな不幸も忘れてしまうほど、俺は今感動していた。
自己紹介のため教壇の前に立つ転校生。そして、新しい仲間に向けられる興味と歓迎の込められたまなざし。そう、まさに夢にまで見たシチュエーションのまっただ中に俺は立っているのだ。
ああ……。人からこんな目で見られるのは初めてだ。陰口をたたかれる以外でひそひそ話をされるのも初めてだ。あ、おまけに
「けっこう、イケてんじゃない?」
なんて声まで聞こえてきた。おお! あそこの女子、俺と目が合うとウインクしてきたぞ! こ、これはもう――ムフフ……ってか!
「じゃあ、金常時君。簡単に自己紹紹介して」
担任の黒縁眼鏡をかけた冴えない男教師は、俺の簡単な紹介を済ますと教壇の前を俺に明け渡した。
俺は堂々と教壇の前に立ち、改めてクラスメイトたちの視線を一身に受けながら昨日徹夜で暗記した台詞を言葉にしようとした。が、カラカラにのどが渇いてしまって、うまく声を出すことができなかった。おまけに、いつの間にか足がガクガク震えだしてきたかと思うと、自分が今なにをしていてこれからどうすればいいのかということさえも、突如として分からなくなってしまった。
そう、俺は本来極度のあがり症であり、口ベタ、おまけに控えめな性格の持ち主だったのだ。すっかり舞い上がって忘れてしまっていたが、冷静に考えてみればそんな俺がこんな大勢の前で堂々としゃべるなんてできるわけがない。ましてや、
「よろしくね、ははは!」
なんてこと絶対無理だ。ってか顔固まってんのにどうやって笑えってんだ。
「どうしたの? 金常時君」
担任の教師が怪訝な顔をして俺の顔をうかがう。クラスメイトたちがどうしたのかとざわめきだす。マ、マズイ……! 早く何か言わないと、このままじゃ夢に描いた俺の楽しい学生ライフが本当に夢のままで終わってしまう!
俺は意を決して、声を絞り出した。この際、もう笑顔も台詞もどうだっていい。とにかく一刻も早くこの窮地から脱出しなければ、俺の人生お先真っ暗になっちまう!
「……よろしく」
しかめっ面から放たれた短すぎる自己紹介の台詞に、返事を返そうとするクラスメイトは誰1人としていなかった。おそらく、無愛想な一言だけでクラスメイトたちは俺がどういう人間であるかを理解したのだろう。多分みんな、俺の一言を
「夜路死苦」
と受け取っている。
確かに、こういう場で
「よろしく」
としか言えないような人間は、シャイで恥ずかしがり屋というかわいい性格の持ち主か、粗暴な性格の持ち主ぐらいだが――俺は決して後者に当てはまる人間ではないのだ。なのに、この見慣れた反応は何だ? さっきまでの歓迎ムードが一転して険悪なムードに押し包まれているのはどういうことだ?
「……え、えー、じゃあ、金常時君は席について。君の席は、桂木君の隣だから」
空いた席を見つけて、俺は隣の席の女子生徒に目をやった。その女子生徒は、まさにさっき俺にウインクをしてきた女子生徒だった。俺は、かすかな淡い期待を胸に、彼女の目をじっと見つめた。が、ウインクどころか彼女は俺と目が合うと気まずそうに目を伏せてしまったではないか。
俺の背中を冷たい汗が流れ落ちていく。俺の夢に描いた楽しい学生ライフは、始まって5分もせずにもろくも崩れさろうとしていた。