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虹色の明日へ  作者: Yu-Zo-
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第3話:金常時隼人(後編)

春姉が俺を使っての金儲けを頼んできたのは、その後家に帰ってすぐのことだった。

先日この町に引っ越してきて、右も左も分からないがとりあえず学校までの道のりを覚えよう! と少しドキドキワクワクの探検気分を始まって5分で無惨に、おまけに理不尽に打ち砕かれた弟の切なすぎる心境を知りもしないで、あの暴力二重人格女は……!

ふ……。まあ、いい。この際そんなことはもう今の俺にとってはほんの些細なことに過ぎない。まあ、俺の心の叫びを本人にお知らせしたいという自殺行為に及ぶ自分が頭をよぎったりもしたが、冷静になりさえすればもうこっちのものだ。

――思い返せば、長い道のりだった……。

つぶらな瞳の可愛らしい少年時代。その少年の前に広がった道が、苦難と苦痛とに彩られた並の修業僧なら裸足で逃げ出すほどの苦行の道であることを一体誰が想像できただろうか。

小学生時代。

極度のあがり症と口べた、無口な性格が災いしていじめの標的にされてしまった、あの頃……。

当時から周りより少し体格のよかった俺だが、その心優しさから悪質な嫌がらせをしてくる連中を

「ふざけんな、コラア! てめえら、そんな俺にぶっ殺されてえのか、ああ?」

なんて言って、ぶちのめすなんてことはできるはずがなかった。だが、そのいじめは始まってたった三日で幕を閉じることになる。どこからか、俺がいじめられているという情報をかぎつけた春姉が、いじめの実行犯八人を容赦なく叩きのめしてしまった(文字通り)のだ。

当時からもう周りの大人も目を見張るほどの空手の才能を見せていた春姉の実力は、ルールなしの喧嘩にこそ、その真価が発揮された。相手が年下だったとはいえ、男子八人を相手に無傷で勝利を飾った春姉の武勇伝は、今でもその小学校で語り継がれていることだろう。春姉も、小学生の頃は俺にとっては弟想いの優しい自慢の姉だったのだ。が、その強すぎる姉を持ってしまったがために、俺は悪ガキだけでなく普通のクラスメイトたちからも恐れられる存在になってしまった……。そして、だめ押しが

「あんた、弱いからなめられんのよ。でも、安心しなさい。私があんたのこと強くしたげるから」

の春姉の言葉だ。

俺が空手を習い始め、しかも伝説として祭り上げられている強さを持つ姉に鍛え込まれているという噂は、あっと言う間に学校中に広まってしまった。そして、とうとう俺に近づく人間は誰1人としていなくなってしまった。

もちろん、そんな状況の中で友達なんてできるはずもなかった。

本来、控え目な性格の俺が冷たい目を向けてくる人間に自ら話しかけるなんて真似ができるはずもない。クラスの席替え、様々な行事ごとのグループ決め、果ては毎日ある給食での自由席……。そのたびに俺はつまはじきに――。だめだ。思い出しただけでも、胃の辺りがキリキリと痛くなってきそうだ……。

中学生時代なんて、それよりもさらに悲惨だった。

「新入生の中に、百戦錬磨の鬼神のごとき強さを誇る怪物がいる」という、一人歩きした噂に踊らされた顔の怖い先輩方が入学間もない新入生の教室に、しかも授業中にも関わらず乗り込んできた。

「こらあ! こん中に金常時隼人って奴いるかあ!」

鬼のように怖い顔をした、明らかに喧嘩上等の先輩方がみんなお揃いの短ランにダボダボのズボンというファッションをして、ズカズカと教壇の前に並んで怒鳴り声をあげた。その瞬間、クラス全員の視線が俺に集中した。おまけに、席の間をぬって歩きながら教科書を片手に朗読をしていた教師までもが、離れた場所から俺に無表情な顔を向けているではないか!

「お前か、こらあ! ちょっと面かせや!」

こうして、俺はクラスメイトにも教師にも見捨てられ、怖い先輩方に人気のない体育館裏に連れ込まれた。そして、その10分後、1人残らず気を失って地面をなめている先輩方は駆けつけた教師の手によって保護され、1人歩きした噂に裏付けをしてしまった俺の辿った道は、もう説明する必要はないだろう……。

――だが、そんな悲惨な俺の人生もここまでだ! なぜなら、そう!

引っ越しだ! 先日、俺は15年慣れ親しんだ町を捨ててこの町に引っ越してきた、つまり! 誰も、俺のことなんて知らない! 人生やり直せるということだ!

親の仕事の都合で、引っ越しをしなければならない。

その朗報を耳にしたとき、俺は歓喜に打ち震えた。

嬉しさのあまり思わずその場にいた春姉に抱きついたりして、危うく命を失いかけもした。

ふ、ふふふ……。

ここからだ。ここから、俺の人生は輝きだす。これから、夢にまで見た楽しい学生ライフの始まりだ。なんせ、転校生がクラスの人気者に、なんてパターンはわりとよくある話だし、うまくいけば俺も――ってか!

よっしゃあ! 新しい学校では数え切れないほど友達作るんだ! 休憩時間には絶えず仲のいい友達と談笑して、意味もなくつつき合ったり、ふざけ合ったりするんだ! 部活なんてのにも入って、仲間と青春の汗を共に流したり、できればその……彼女なんてのも作ってみたりして!

待ってろよ、青春! まだ見ぬ仲間たち!俺の人生、ここからが本番だ!

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