第21話:ドキドキの放課後!(その2)
その瞬間、明らかに場の空気が凍った。クラスメイトは一様に俺に視線をくれた後、まるで「2秒以上目を合わすと速攻殺されます」とでも言いたげに俺から目をそらす。あまつさえ、授業の解説をしながら板書をしていた女性教師まで、俺と目が合うと、手にしていたチョークをポロリと落とし、文字通り固まってしまう始末。って、ちょっと待て先生。私これから犯されますみたいなその涙目はなんだ! ちくしょう! 教師のあんたまで俺に怯えてたら、こいつら(クラスメイト)まで余計俺を怖がっちまうじゃねえかよ! などと思いながらも、もちろんクラスメイトの前で堂々と吠え立てる度胸のない俺は、無言で自分の席にかばんを置いて、悠然と教室を出て行くしかない。教室を出ると、クラスメイトたちの安堵のため息が聞こえ、俺は軽く傷つきながら屋上へ向かった。
ちくしょう……。ちょっと、遅刻してきただけなのに、何だよあのリアクションは。こっちは、気を使って後ろの入り口から、なるべく音を立てないようにそっとドアを開けたんだ。遅刻の言い訳どうしよう、なんてかわいいこと考えてた俺が馬鹿みてえじゃねえか。
無言でとぼとぼと階段を上り、屋上のドアを開ける。いつもどおり、備え付けのベンチに腰を下ろして、ため息をついてから俺はその異変に気づいた。
「うお……!」
いつからか、屋上が俺のプライベートルームと化していたのでまったく警戒をしていなかった。少なくとも、今日の今日まで、俺以外の人間が屋上に足を踏み入れるなんてことはありはしなかったのだ(坂本以外)。そう、今日の今日までは。
屋上に備え付けられたベンチは、ちょうど三人がけ程度のサイズのものだ。それが二つ横に並べられてフェンスに向かい合うようにして置かれている。そして、そのベンチの一つを、見慣れない男子生徒が仰向けに寝転がって一人で占領しているではないか。
ちょうどベンチの背に隠れて見えなかったので、腰を下ろすまで気づかなかった。いや、しかし……誰だろう、こいつ? まさに猛獣の檻と化し、不良連中さえ近寄らなくなったこの屋上で、こうも無防備に惰眠を貪っているあたり、どうやら只者でないことだけは確からしいが(自分で言ってて悲しくなるな)。
「ふんわあああー……あああ……あぅ?」
そんな間抜けな大欠伸といっしょに、伸びをしながらベンチから起き上がる男子生徒。俺と目が合うと男子生徒は、目を丸くした後、数度目をしばたかせて、今度はきょろきょろと落ち着きなく周りを見回しだした。やはり、その辺の連中とは明らかにリアクションの種類が違うな、と思いつつ、俺は無言で男子生徒の様子を伺った。
ずいぶん、長いこと落ち着きなく周りをキョロキョロしていた男子生徒は、ようやく俺に目を留めると(その間約1分ぐらい)、第一声を発した。
「ねえ、俺なんでこんなとこにいるんだっけ?」
「……あ?」
「あ、そっか。ここで噂の転校生を待ってたんだった」
そう言って、ポン、と手のひらにグーを当て、思いついたように声を出す男子生徒。何かよく分からないが、とにかく、絡みづらそうな奴だな……。
「で? あんた誰?」
「……金常時……隼人……1−Bだ」
「1−B? あ、俺も1−Bだった。でも、何で俺こんなところにいたんだっけ?」
「転校生を待ってたんだろ……」
「あ、そっか。えーと、なんて名前だっけ。確か、金閣寺……なんとか」
「もしかして、金常時隼人……じゃねえか」
「ん? あ、そうそう、金常時なんとか。もしかして君、知ってる?」
もしかして、こいつは俺のことを馬鹿にしているのだろうか。しかし、細長の目の奥にのぞく、ぼへへーとした能天気丸出しの瞳からは、悪意はまったく感じ取れない。おまけに、無造作にぼさぼさに伸ばして、手入れのまったく行き届いていない髪型も、何かこいつの人間性を物語っているようだ。男子にしては華奢な体に身に着けたカッターシャツのすそも、だらしなくズボンから中途半端にはみ出しているし、まあ、分かりやすく表すと、能天気と無頓着がいい感じにくっついて肩を組んでる、というような人間だな。
とにもかくにも、本人に悪気はないようだったので、俺は親切に教えてやることにした。
「金常時隼人ってのは、俺だ」
「え? 君が金常時なんとか?」
「隼人だ」
「ふーん、君が噂の死神さん? ずいぶん人間っぽいね」
「……」
ケンカ売ってんのか、こいつ。とは思いながらも、俺の素性を知ってもひるみもせず口を利いてくれることが密かにうれしかったので、スルーしておいてやることにした。なんか、因縁つけてきてるって雰囲気でもなさそうだしな。
「……俺に何か用か」
話題を変えるため俺がそう言うと、男子生徒はまたもや思いついたように、ポン、と手のひらにグーを当てた。
「そうそう。実は、クラスのみんなに頼まれたんだっけ」
「頼まれた?」
「うん。えーと……なんだっけ?」
「……俺が知るか」
「あ、そうそう。3年の何とかって人がなんか君に用があるらしくて、同じクラスのクラスメイトに言伝を頼んで、その言伝を俺が頼まれたんだ」
「……」
なんか、話がよく見えねえな……。
「言伝……って?」
「ん? えと……なんだっけ。忘れた」
「どこまで、なあなあなんだよ、お前……」
「うーん。なんか、女の人がどうとか言ってたような……」
「お、女?」
「うん」
ま、まさか、あれか。この話の流れからすると……密かに俺に思いを寄せる3年の先輩。そして、恥ずかしくて、俺のクラスメイトに言伝を頼む彼女。しかし、クラスメイトはみんな俺を恐れ(ここだけ現実的)近づけないため、この男子生徒にその言伝を頼んだとか、そういうことか? い、いや、いや、しかし、そんな奇跡的な展開があるわけ――。
「あ、そうそう。確か、放課後に体育館裏に一人で来てって言ってた」
あったーーーーーーー!!!
「ま、ま、ま、ま、マジか……?」
「え? うん。それ以上は思い出せないけど」
「じ、じゅ、じゅ、十分……だ……」
「そう? じゃ、せっかくだから俺もう少し寝るけどいい?」
「お、おう……」
ま、まさか……ここに来て、こんな奇跡が起ころうとは……。
俺は、予想外の事態に、感動に打ち震えながら握りこぶしを作った。
どこのどなたかは存じないが、俺の内面をしっかりと見ていてくれたエンジェルがこの学校にもちゃんといたってことじゃないか。そんなことに気づきもせず、俺って奴は心のどこかで、理想の学生ライフをすでにあきらめて……。
だが、しかし! こうなったからには、俺の理想の学生ライフ再臨だ! 体育館裏! 呼び出し! 愛の告白! 漫画やテレビでしか見たことのない憧れの展開が、今まさに俺の手の内に……ってか!
いよっしゃああ! やってやる! こうなったら、とことん、どっぷりと青春の膝元で甘えまくってやるぜえ!
待ってろよ、青春! まだ見ぬ、彼女! 俺の学生ライフ、ここからが本番だ!