第19話:弟子入り志願!(その4)
「おい、坂本! この子がお前の妹だと? にしちゃお前らぜんっぜん似てねえじゃねえか(人のことは言えないが、とりあえず)! ってかお前、妹にちゃんづけって明らかにおかしいだろ! 微妙に丁寧語なのもなんか変だぞ! それに明らかにキャラかわってんじゃねーかお前! さんざん師匠呼ばわりされてきた今までの俺の苦労はなんだったんだ! この人は金常時隼人君。僕の……友達だよ――って、なにはにかんでんだよこの野郎! それができんなら初めからやれってんだ!
ってか、いきなりビンタかまされて、いきなり謝られたってどうすりゃいいんだよ! こちとら、気にしてないよ、ははは! なんて即座に対応できるほど器用にできちゃいねえんだよ! 無言で睨み返すことしかできねえじゃねえか、こらあ! ってああ……絶対、怖い人だって印象与えちゃってるよ。どうしてくれんだよお(坂本のせいではないが)!」
――と、その場でつっこみと文句を全力でぶつけてやりたいのはやまやまだったが、好きな女の子が半径5メートル以内にいる状況で、俺にそんな真似ができるはずがなかった。というわけで、これから家の仕事の手伝い(実家が花屋らしい)をしなければならないという彼女とはその場で別れ、成り行き上、俺は自宅に坂本を招く羽目になってしまった――。
――というわけで坂本を部屋に招き入れ、俺は今リビングの冷蔵庫で見つけた缶コーラを2つ手に持って、自分の部屋へ向かっていた。
部屋に入ると、坂本は物珍しそうに俺の部屋をきょろきょろと見回していた。別に見ても楽しいものなどなく、どちらかといえば気分を害する(とっちらかっているということ)風情なのだが、まあ、あえてそこはつっこまないでおいた(おそらく、こいつも友達1人もいないな)。
「ほらよ」
手に持っていた缶コーラを手渡してやると、坂本は「ありがとう」と言って、口元に落ち着きのある薄い笑みを浮かべた。やはり、妹との接触後から坂本のキャラは180度変わったままだった。もし、1時間前までの坂本なら「ありがとう、師匠!」なんて言ってすがりついて来るし。――絶対。
「どうかした?」
まじまじと坂本の顔を見ていると、俺の視線に気付いた坂本が、そう言って俺に目を向けた。
「い、いや、別に……」
――どうやら、本人にその自覚はないらしいな。
俺は、坂本から視線を逸らして、缶コーラのフタを空けた。
「――ごめんね、金常時君」
「……別に、気にしてねえよ(うそだ。ってか、好きな娘にビンタされれば誰だってへこむ)」
俺は心にもない台詞を吐きつつ、コーラをぐっと一口飲んだ。
「きっとさなちゃん、君のこと僕をいじめる不良連中と勘違いしたんだ。余計な心配かけたくないから、さなちゃんには僕が不良連中にいびられてることは隠してるんだけど、そういうのって、どうしても隠し通せるものじゃないからね」
「なるほどな」
「え?」
「妹に余計な心配はかけたくない。それが、お前の変わりたい理由ってわけか」
ってか、クラスの人気者になりたいとか言ってたけど、今は人格変わってるしな。
「さなちゃんは――」
そう言って、坂本は虚空に目を留めた。
「僕の本当の妹じゃないんだ」
「ってことは、お前ら血はつながってないのか」
「うん。まあ……ね」
なるほど。それで、さなちゃんか。
「でも、さなちゃんはこんな情けない僕にも、すごくよくしてくれる。僕のことを本当の兄みたいに思ってくれてる。
だから、僕にとって、さなちゃんは本当の家族以上に大切な存在で――。
だから、さなちゃんに心配をかけさせたくないからかって言われれば、もちろん、そうだって僕は答える」
「……」
「でも、それだけじゃないんだ。あの時、君が僕に投げかけてくれた言葉は、君が周りが噂するような人じゃないって教えてくれた。
――僕は僕自身のために変わらなきゃいけない。それを気付かせてくれた君と一緒なら、僕は本当の意味で変われるような気がするんだ」
「坂本……」
お前……もはや完全に別の生き物と化してるな……。でも、今のお前となら、俺――。
「ただいまー」
心の中で感動に浸っていたまさにその時、階下から響いてきた姉の声により、俺の感動は強制的に醒まされることとなった。
「家の人、誰か帰ってきたみたいだね――って、金常時君?」
「あ、あ……? な、なんだ?」
「いや、どうかしたの? なんだか、顔色が悪いけど」
「い、いや……。なんでもねえよ」
「そう?」
「あ、ああ」
落ち着け。とりあえず、落ち着け。俺は自分にそう言い聞かせながら、一気にコーラをあおった。
「あー! 私が昨日買っといたコーラ! なんでなくなってんのよ!」
そして、一気に噴き出した。
「う、うわ! き、金常時君?」
「ご、ごほ! な、なんでもねえよ」
「そ……そう? でも、もしかして、このコーラって――」
「……」
「僕、まだ空けてないから返そうか?」
「……余計な気使うなよ」
「でも――」
「いいって」
ありがとう、坂本。でも、もはや手遅れなんだよ。
――と、そうこうしてる間に、静かな足音は確実に俺の部屋へと近づいていた。この静けさ=春姉の怒り。つまり……そういうことだ。
トン、トン、ト……。
やがて、死神の足音は俺の部屋の前まで来るとぴたりと止んだ。まっすぐ俺の部屋へ来たということは、どうやら、死神は初めから俺を刈るつもりだったらしい。
――コンコン。
あくまで、穏やかなノックの音色が、俺を優しく死の世界へ誘っていた。
「隼人? ちょっと、いい?」
100%作りものの優しさを帯びた春姉の声。おそらく、玄関で坂本の靴を目にしているので――というわけだろう。そうじゃなきゃ、今頃ドアは蹴破られ、死神の鎌はとっくに俺の首を切り落としているはずだ。
俺は重い腰を上げて、部屋のドアを開けた。
優しく微笑んだ春姉が、部屋の外に立っていた。が、その目がまっさきに2つの缶コーラに向けられたことを俺は見逃さなかった。
「あら。もしかして、隼人のお友達?」
そう言うと、春姉はニッコリ笑って坂本に軽く頭を下げた。
「初めまして。隼人の姉の金常時春香です。よろしくね」
……そうか。坂本の前では、そのキャラでいくつもりか。まあ、初対面の人間の目の前でいきなり弟を半殺しにはできないわな……。
しかし、本性を知られている人間の目の前で、こうも堂々と上品で優しい姉を演じるとは、さすがは二重人格女。悔しいが、どこからどう見ても、非の打ち所が見あたらねえよ。
坂本も、春姉の演技に見事騙され、あんぐりと口を開けて茫然自失としてるし――って、坂本。お前、それはちょっとオーバーだろ。
「おい。どうした、坂本」
「ま、まさか……き、金常時春香?……ほ、本物?」
「? お前、春姉のこと知ってんのか?」
「知ってるもなにも! ピーチ姫コンテスト!」
「は?」
ピーチ姫コンテスト? なんだそりゃ。
「ええ? 金常時君、もしかして、知らないの!」
俺の反応を見て、坂本は信じられない、と言いたげに顔を歪めると、自分の鞄から、一冊の雑誌を取り出した。
「これだよ、ほら。月刊、キャピキャピ萌え萌え〜娘!」
いや、自信満々に言われても知らないから。そんな雑誌知らないから。ってか、お前もしかして、それいつも鞄に入れて持ち歩いてんのか?
「それの30ページを開いてよ」
「あ? ああ……」
俺は坂本に手渡された、メイド姿の女の子が表紙を飾る「月刊、キャピキャピ萌え萌え〜娘」たるものの30ページを言われるがまま開いた。
「第8回ピーチ姫コンテストグランプリ発表!」
でかでかと載せられた活字が俺の目に飛び込んでくる。
これか……。
ぽりぽりと頭をかいて坂本にちらっと目を向ける。坂本は血走った目を俺に向けていた。無言のプレッシャーに、俺は続きを読むことを余儀なくされた。
「な、な、なぁんとおおぁぁ今回の投票総数は過去最高の記録を3432票も上回る18643票だあああぁぁブラボーイエイフウフウオッケ〜盛り上がってきたところで早速ぅぅぅぁあ順位の発表だぜええぇぃやっほうグランプリの栄光は誰の手にいぃぃぃやちなみにぃぃぃ個人的には萌え萌えレベルメイドコスプレの左京ちゃんかあぁぁもしくはレベル猫耳ローブの春香ちゃんかあぁぁぁもしくはレベルピンクレンジャーのエリちゃんかあぁぁぁもしくはもういいか坂本?」
いい加減、ハイテンションな台詞をローテンションで朗読することに疲れたし。ってか、読んでて分かったのは数字だけだったな。
「じゃあ、最後のページを開いてよ」
「あ、ああ……」
少しいらつき気味の坂本に気を使いつつ、俺は急いで最後のページを開いた。そこに、衝撃的な事実が載っていることを知りもせずに。
「第8回ピーチ姫コンテストグランプリはああぁぁぁ!! ダントツの8295票獲得ぅぅぅぅあああああ!! ジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャジャン!!!
エントリーナンバー42番んんんんんあ! 金! 常!! 時!!! 春香ちゃんどぅぅわああああああは〜〜(ソプラノ)」
「第8回――以下省略――……きん、じょう、じ、はるか……?……きんじょうじはるか……って、金常時春香!!」
そして、グランプリ受賞の文字の下には、でかでかと春姉の写真が掲載されていた。
……猫耳ローブ姿の。
「お、おい……?」
さすがに、この事態は想定外だったようだ。春姉はなんらかの説明を求める俺から、気まずそうに目を逸らした。
「か、か、感激です! ぼ、僕、一目見た時からあなたの大ファンで……サ、サインいただけませんか!」
――そして、状況が分かっていない男が1人……。
「ありがとう。うれしいわ」
って、開き直りやがった!
俺は2人のやりとりについていけず、ため息をついて雑誌に載っている実の姉の猫耳ローブ姿に目を落とした。
……確かに、可愛い。文句なく可愛いが……8295票獲得ってことは、この写真に8295人の男がまんまと騙されたってことだよな。だって、プロフィールの特技の欄に「空手ハートマーク(記号)」とは書かれているが、補足(世界3位でーす。変な気起こしたらぶっ殺すわよ。うふ。)はなされてないみたいだからな。
――にしても、なんでまた春姉はこんな雑誌に……。
「いよっしぃぃぃぃやっはあ! 見事グランプリ獲得の金常時春香ちゃんにはぁぁぁぉおー! ッホウ! 賞金30万円あげちゃうよほっほっほっほい! おめでとぉほ〜〜(ソプラノ)」
……なるほどな。ほんとに分かりやすい行動パターンしてやがる。
俺は雑誌から顔を上げて、しつこくねちねちと質問を繰り返す坂本と、そのあまりのしつこさに少し引き気味の春姉に目を戻した。
「ちょっと、あんた! いい加減こいつ何とかしなさいよ!」的な目を坂本の質問に苦笑いで答えながら向けてくる春姉。いい気味だぜ、とその視線に気づかない振りをしてやるのも一興だな、とは思いながらも後が怖いので俺は坂本を止めにかかった。
「へええ! コスプレが趣味なんですか! 実は僕も――」
「おい、坂本。もういいだろ」
春姉のいい加減な返答の結果、話はわけの分からない方向へ突き進み、最終的には坂本の隠された趣味をも暴こうとしていたので、俺は慌てて坂本の言葉をさえぎった。
まあ「実は僕も――」の続きがどういう類のものであるかは大方想像がつくが、一応坂本の名誉のために伏せておこう。ってか、坂本。お前、春姉の登場からまたキャラが変わったな……。
「ええ! もう少しいいじゃない!」
坂本は情けない声を出して、俺に向き直った。
「いや……昨日から春姉少し風邪気味なんだよ。だから――よ」
「そ、そうなの? じゃあ、仕方ないね。風邪引いてコスプレのりが鈍っちゃ大変だもんね……」
「……」
……春姉は、こいつが俺の友達だと認識してんだよな。
「……じゃ、じゃあ、私はこれで失礼するわね」
「あ、はい! じゃあ、また」
「え? え、ええ……」
おそらく、二人が接触することはもう二度とないだろう。
坂本は、部屋を出て行く春姉の後姿を名残惜しそうに見つめていた。もはや、妹に心配をかけたくないだとか、俺と一緒なら本当の意味で変われるだとか言ってたこと完全に忘れてるな、お前……。
「いやあ、うらやましいなあ、金常時君……」
そう思うなら、変わってやろうか。とは思いつつも、こいつの夢を壊すのも気の毒(もう、二度と春姉には会えないんだよ、坂本)だったのでやめておいた。
結局、うちに来るまでの経緯を完全に忘れ去った坂本は、その後、ピーチ姫コンテスト応募者すべての写真の良し悪しを事細かに解説した後、満足そうに帰っていった。
その五分後、俺の部屋を訪れた春姉は沈痛な面持ちで俺に言った。
「あんた……気持ちは分かるけどさ……友達はもっと選んだほうがいいわよ……」
俺は何も言い返せず、半ばやけくそ気味に呟いた。
「……ほっといてくれ」