第18話:弟子入り志願!(その3)
「で、なんでお前は俺についてくんだよ」
俺はすぐ横をぴったりついて歩いてくる坂本に目を向けて、ため息まじりに呟いた。どうやら、終業のチャイムが鳴ると同時に坂本は俺より先回りして、校門の前で俺が来るのを待っていたらしい。下校する生徒が無数にひしめき合う中、いきなり「師匠!」なんてこいつに親しげに、かつ大声で声をかけられれば、誰だって気が滅入ってしまうだろう。
ってか、知り合いに声かけられてんのに他人の振りして素通り、なんてベタなコントみたいな真似をまさか自分がやる羽目になるなんて思ってもみなかった……。
実際やってみると、周りの目は無視された方じゃなく無視した方に向けられるのだ。
え? なに? あいつあんな奴に親しげに声かけられてんぞ。ってか師匠! 師匠ってなんだよ! ――的な目だ。そんな中で「待ってよ! 師匠!」なんて無邪気な台詞とともに後をついてこられては、もはや俺の下手な演技程度では、どうしようもないことは言うまでもないだろう……。
というわけで、俺のテンションはこれでもかというほど下がっていた。今坂本に投げかけた質問も遠回しの「ついてくんな」的なものだ。が、そこは下校者ひしめく校門の真ん中で「師匠!」なんてなんの恥ずかしげもなく叫ぶことができる坂本のこと。
「なんでって、師匠のお供をするのは弟子として当然のことじゃないか」
――とまあ、そんなわけで、俺のテンションは更に下降線をたどることとなった。
「お前、師匠はよせって何度言ったら分かんだよ」
「そんなこと言ったって、僕もう君に弟子入り済ませちゃったし――」
「いや、勝手に都合よく済ませんな。ってか、承諾されてもないのになんで、迷いもなく弟子になりきってんだよ、お前は」
「そんな! だって、あれだけお願いしたのに!」
「したのになんだ! お願いに対する答えの決定権を持ってんのは、する側じゃなくてされる側だろが! それ無視して勝手に決定権行使してんじゃねえ!」
「そ、そんなあ……」
坂本が、情けない声を出してがっくりと肩を落とす。その様子は確かに同情をせずにはいられなかったが、その肩に手を置いて、同情するなら弟子にしてくれ、と言われても困るので、俺はただ、足を止めてその場に立ち尽くす坂本を黙って見守った。
「き、金常時君……」
やがて、坂本はぶるぶると肩を震わせながら、かすれるような声で俺の名前を呟いた。
「――僕……僕……本気で変わりたいって思ってる。変わらなきゃって思ってるんだ……。だから――」
「だから、他人を頼るのか? 他人をあてにして、そいつの弟子になれば本当にお前変われんのか」
「……」
「俺には、どうしてもそんな風には思えねえ。少なくとも、誰かを師匠呼ばわりしてはしゃいでる奴が、なにかを成し遂げられるとは思えねえよ」
なにも言い返してこない、坂本。
――よし。これで、もうこいつに師匠呼ばわりされないで済むだろ。
俺は無言でその場に立ち尽くす坂本に「じゃあな」とだけ言ってそこから離れた。
悪いな、坂本……。俺に弟子入りしたとしても、お前の望む未来は100%叶わないんだよ(まあ、誰に弟子入りしたとしても結果は同じであろうことはおいといて)。
坂本を置いて、俺は商店街を抜け、いつもの交差点の前で足を止めた。ポケットから携帯を取り出し、時間を確認する。
なんだかんだで、結局昨日は彼女を見ることができなかったのだ。今日こそはこの目にちゃんと彼女を焼き付けておかねば――というわけで、坂本。お前につきまとわれちゃこっちも困るんだよ。
「金常時くーん!」
って、思ってるそばから……。
俺は背後から迫ってくる坂本の叫び声を聞いて、がっくりと肩を落とした。が、事態は
俺の予想(坂本にすがりつかれ、涙ながらに師匠を連呼される)を遙かに通り越し、さらに悲惨な展開へと突き進んでいた。
坂本の大声が背後から響いてきた次の瞬間、なんとこれ以上ない絶妙のタイミングで、彼女が交差点を通りがかってきたではないか!
「……!」
俺は声にならない声(うわおおおおー!)をあげつつ、完全にフリーズしてしまった。
――こ、こうなったらもう、彼女がこっちに興味を示すことなく無事通り過ぎてくれることを祈るしかない。俺は、瞬きをすることも忘れて、彼女の姿を見守った。
――1秒でも長く視界の中に留まっていて欲しくもあり、1秒でも早くこの場を通り過ぎて欲しくもある。相反する思いに悶々と葛藤する俺に気付かずに、なんとか彼女は無事交差点を通り過ぎ――。
「金常時くーん!」
――ることはなかった……。
彼女が順調に通りの真ん中までさしかかったところで、本日一番の坂本の大声が彼女の耳に届いてしまったのだ。彼女は坂本の大声にビクっと肩を震わせて、少し当惑気味に強ばらせた顔を俺に向けた。坂本ではなく、あくまで俺に。
彼女が足を止めて俺を見ている。もちろん、俺も見つめ返す(彼女を見つめたままフリーズしているので)。
見つめ合う俺と彼女。
こ、この状況は――……ちょっと、いいかも。
「金常時くーん!」
って言ってる場合じゃなかった。
彼女の瞳に見とれる暇もなく、背後から坂本の声が迫ってくる。俺はヒートアップした危機感(つまり坂本と知り合いだとか思われたくない)に手を貸してもらい、なんとかフリーズを自力で解いた。がまあ、緊張のあまり俺の取れた行動と言えば、彼女からそっと目を逸らして、うつむくというかわいいものだけであり、現状は何の変化も見せることはなかった。
「き、金常時君……」
とかしてるうちに、追いつかれたし……。
ああ……。俺の人生今度こそ終わったな……。ってか、なんだよこの間の悪さは。なんでいつも小走りですぐ通り過ぎちゃう彼女が、今日に限ってゆっくり歩いてんだよ。あれか? 女の子1人のために必死にすがる友達(?)を切り捨てる薄情な輩へのこれは天罰かなにかか? これは、神様の粋なはからいというわけか?
「き、金常時君……」
「……」
俺に追いついた坂本が、膝に手をついてハアハアと肩で息をしながら苦しそうにあえぐ。その隙に恐る恐る彼女の様子をうかがうと――。
「……!」
またもや俺は声にならない声(げえええぇぇぇ!)をあげつつ、フリーズしてしまった。
なぜかは知らないが、なんと彼女は本来進むべき道を歩まずに、あろうことか俺と坂本へ続く道へと足を踏み出してきたではないか!
「……」
……いや、大丈夫だ。落ち着け。きっとこれは幻覚か何かだ。そうでなければ、彼女が俺と坂本の元へ歩み寄ってくるわけがないではないか? そう自分に言い聞かせているうちに、彼女はゆっくりと俺と坂本との距離を詰めてきていた。
俺と彼女との残り推定距離――5メートル。
俺の心臓が悲鳴をあげだす。
――4メートル。
全身の筋肉が勝手にひきつりだした。
――3メートル。
こ、呼吸がうまくできな……。
――2メートル。
ち、ちょっと、待……。
――1メートル。
「……」
バシッ!
……え?
「いい加減にしてください……!」
突然頬を走る衝撃。目に涙をためて俺をにらみつける彼女。俺はなにが起きたのか理解できず、ただ、目の前にいる彼女の敵意向きだしの視線を受け止めることしかできなかった。
「あ……さ、さなちゃん?」
背後から当惑したような坂本の声が響く。が、彼女はその声に反応することなく、依然俺をにらんだままだった。
「兄さんがなにをしたって言うんですか! これ以上兄さんにひどいことするのはやめてください!」
「ち、ちょっと待って……さなちゃん……」
まだ体力の回復しきっていない坂本が、それでも乱れた呼吸を整えながら、俺と彼女の間に割って入る。彼女は怒りに強ばった顔を俺から逸らすと、一転して心配そうな顔を坂本に向けた。
「兄さん。大丈夫?」
「う、うん。でも、違うんだよ」
「え……?」
「はは……。紹介するね。この人は金常時隼人君。僕の……友達だよ」
「え……。じゃあ――」
「うん。僕のことを心配してくれるのは嬉しいんだけど……この人はさなちゃんが思ってるような人じゃないよ」
坂本の言葉を聞くやいなや、彼女は顔を赤くして俺に向き直った。
「ご、ごめんなさい! 私、勝手に勘違いしちゃって――。ほ、本当にごめんなさい!」
申し訳なさそうに何度も頭を下げる彼女。苦笑しながらも、どこか嬉しそうな坂本。
――駄目だ。まったく状況が把握できねえ……。
いきなりビンタされたかと思ったら、今度は謝られてるし。いや、そんなことより、坂本と彼女の一連のやりとりから感じられるこのただならぬ親密さは一体なんだ。坂本の奴は、彼女のことをさなちゃん、なんてかわいい愛称で呼んでやがるし、彼女も坂本のことを兄さん、なんてかわいい愛称で――……。
――って、兄さん!
「ごめんね、金常時君。この子は、坂本早苗ちゃんっていって、僕の妹なんだ」
ま、まさか……こ、この2人が……。
き、兄妹いいいぃぃぃぃ!