第17話:弟子入り志願!(その2)
とりあえず、今日は塾があるからと言って、一方的に弟子入りを済ませた坂本は、満足そうに来た道を引き返していった。その後ろ姿は、未来の自分を想像してか、ルンルンと鼻歌が聞こえてきそうなほど弾んでいた。
おそらく、坂本は喧嘩に強くなりさえすれば、人気者になれると思っているのだろう。だが、それは大きな間違いだ。喧嘩が強い=人気者、なんて図式が成り立つのなら、今頃俺は楽しい学生ライフを満喫しているはずなのだ。
ってか、気付よ坂本。俺に弟子入りして喧嘩強くなったって(喧嘩の強い坂本など想像できないが)、意味もなく他人に恐れられる不幸な人間が生まれるだけだぞ。――なんてことを心の中で呟きつつ、俺はその場を後にした。
「……でも、あんまり悪い気はしないんだよな」
とりあえず、これは友達ができた、ということでいい……のか?
「……」
分かんねえ。分かんねえよ……。
翌日の昼休み、誰も寄りつかない屋上に入ってきた人間は、もって生まれた天性の暗いオーラにはそぐわない笑顔を俺に向けていた。
「あ、ありがとう! ありがとう! 金常時君!」
「……いや。いいよ、別に」
俺の言葉が耳に入っていないらしく、坂本は何度もありがとう、ありがとうと連呼しながら、俺に感謝の気持ちをうざったくなるまで表していた。
まあ、簡潔に説明すれば、昨日坂本が珍獣スキンヘッドたちに巻き上げられていた10万円を昨日のうちに取り返してやり、たった今、それを坂本に返してやったというわけだ。
もっとも、5千円はすでに使われてしまっていたので、戻ってきたのは9万5千円なのだが、坂本は全然そんなことは気にしていないようだった。
とにかく、坂本にとって大事なのは奪われた金ではなく、俺が奪われた金を取り返してくれたという事実なわけで、その既成事実が作りあげるものは俺と坂本の美しき師弟関係なわけで――……。分かっていた。金を取り返してやれば、自ら墓穴を掘ることになることは……!でも――って、もう、説明するのもおっくうだ。ほっとけないもんはほっとけないんだから、しょうがないだろ……。
「ねえ、金常時君」
「あ? な、なんだよ」
坂本は、満面の笑顔を俺に向けて声を出した。
「これから、金常時君のこと師匠って呼んでいい?」
「いいわけあるか、この馬鹿」
即答する俺に、坂本は
「ええ?」
と間抜けな声を出した。まるで、どうして断られるのか分からないみたいに。ってか、ほんとに分かってないな、こいつ……。
「ど、どうして?」
「……どうしてもだよ」
ああ……。ここまでくると、いちいち理由を説明する事自体が、なんかもうウザイ。
「だって、昨日僕を弟子にしてくるって言ってくれたじゃないか」
「お前、あの状況で交わされた約束が本当に実行されると思うなよ」
「そ、そんなあ! ひどいよお!」
「……」
「じゃあ、昨日僕に言ってくれたことは全部嘘だったの!」
「……」
「このままじゃいけないって、教えてくれたのは師匠じゃないか!」
「師匠はよせ!」
シカトを決め込んでいたのに、あまりにもベタな坂本のボケ(本人はいたって真剣だが)に思わずツッコミを入れてしまう。坂本は俺の切れツッコミに
「そんなあ……」
と呟いて、しゅんとうなだれてしまった。
「……」
「……」
……だめだ。この、俺が一方的に悪いみたいな空気に耐えられねえ……。
俺はうなだれた坂本に、仕方なく声をかけた。
「――なあ、坂本。お前……俺が怖くねえのか?」
「え?」
坂本は短い声を出して顔を上げた。
「俺が周りから死神とか呼ばれてんの知ってんだろ?」
「う、うん」
「じゃあ……怖くねえのかよ」
「――確かに、こうやって金常時君と話す前までは、君のこと怖いって思ってたけど……。でも、今は君のこと――」
俺は眼鏡の奥で優しく光る坂本の目を、まっすぐ見つめた。――坂本。お前……。
「――頼りになる師匠だと思ってるよ」
「だから、師匠はよせっつってんだろ」
「そ、そんなあ! お願いだよお!」
……結局、こんなオチかよ……。
俺は情けない声を出して哀願してくる坂本を見つつ、ため息をついた。